転生編

第2話 赤い棺

現代。

ドイツ連邦共和国・ハンブルク港

2025年2月某日


ライモンディ船長は不安だった。

夜明けの数時間前、急にコンテナ1台を積むと会社から指示が届き、出発当日未明に5人の黒服の役員と作業員は大急ぎであの特殊なコンテナを積んでから特にその不安が強まった。


船乗り歴40数年の大ベテランで、15歳で故郷のパレルモを出てから今まで乗って来た船で様々な奇妙な積荷を見てきたが、今回は不安を感じた。不安よりも恐怖に近い感覚、それも原始的な感覚、細胞から来る恐怖であり、人類はずっと昔から得体の知れないものに対して抱く原始的な恐怖。


身長185センチの巨漢で屈強そうな顔面、禿げた頭、深く刻まれているしわときちんと手入れされた髭のこの男が恐怖を感じていると全く見えないが、本人は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

その気持ちが一層強まったのはあの不気味なコンテナを見た時。全体的に赤いペイントが施されていて、どこか不自然な感じは恐ろしかった。コンテナだが、赤く、大きな棺を表現した方が正しいとさえ思った。


安いタバコに火を付け、今感じている恐怖と不安を忘れようとした。


「嫌な時に荷物を増やしてくれるものですね。」


と1等航海士のリコは元気なく話しかけてきた。


「ああ、確かに。」


とライモンディ船長は返事した。


「寒気がする。気のせいならいいけど。」


と更にリコは付け加えた。


このフィリピン人1等航海士は調子者でこのコンテナ船のムードメーカー的な役割を担当していた。イタリア人のライモンディ船長よりも10歳若く、小太りで船長より20センチ身長も低かったが、クルーに好かれていた、港での停泊の時、クルーは下船する際、皆を飲み食い、女と遊べるところを連れていってくれた。


「俺も同じように感じている。きっと気のせいだろうな。」


とライモンディ船長はリコに話した。


親会社のワトソン重工5人の役員は虚ろな目をしていた、それに従っていた数名の作業員も同様な目だった。どこか冷たく、非人間的な感じを放っていた。作業が終わり、彼らはすぐに引き上げた。残ったのはあの不気味な赤い棺。

ライモンディ船長はすぐにそのコンテナの異常さに気付いた、外から施錠されているわけではなく、中から開くように細工されていた。それについて、親会社による指示は明白だった。


「ライモンデ船長、コンテナについて何も言うな、見るな、触るな。日本へ無事に運べば、特別ボーナスを全員に支給する。」


ボーナス額も今まで貰ったことのない大きな額だったので指示に従う他ない。但し恐怖に関しては別だった。


ハンブルク港を出る準備にかかり、少しの間、仕事で恐怖を和らげた。


「久しぶりの日本は楽しみですね、船長。」


とリコはいつもの調子で話かけてきた。


「ああ、そうだな、こんな仕事終わったら、クルー全員で思い切り羽を伸ばそう。」

と恐怖を隠しながら、不安そうな笑顔で答えた。


彼らのコンテナ船、デメテル号、コールサインNOS4A2番、ゆっくりと欧州大陸から離れて行った。


デメテル号は出発した数時間後にハンブルク港で南米の大グラナダ連邦共和国から来た、荷下ろしのため停泊していたワトソン重工の大型コンテナ船、オクタヴィウス号に火災が発生し、乗船していたクルー全員、犠牲になったと報道されていた。

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