第22話 戦の準備
日本国 東京都千代田区 警視庁地下
2025年3月某日 朝6時10分頃
信長は作戦室の椅子に座らず、画面の前に立ち、そこに映っているワトソン重工の日本支社ビルの映像をじっくり見ていた。そのビルには横浜港から夜中に不法入国した南米の誇大妄想小童がいて、その小童を入国させた権力の亡者である元首相もビル内にも留まっていると報告を受けた。
冬眠していた長い年月で日本は随分と変わった。今突入作戦に専念せねばならず、こんなことがなければ本当はこの94年の間に起こった様々な出来事についてゆっくり聞きたかった。
「成利、その南米から入国した小童について知りたいのだ。」
森警視監に質問した。
「お館様、あの男は南米の大国、大ボリバル共和国の元大統領で石油のおかげで豊かだったその国の経済を破綻させ、自分だけ利益を得るようにした、史上最悪の独裁者です。」
森は説明した。
「あの小童はいつ転生した?」
と信長。
「約12年前、2012年の大晦日の夜、転生した際、血を吸われた者の大半を屍(アンデット)化する現象を起こし、1時間足らずで大ボリバル共和国の首都圏を壊滅に追い込んだ。」
と森。
「屍(アンデット)か?以前成利が話した蘇り者だっけ、ゾンビだったかな。」
「いいえ、ゾンビより数段危険な者です。ゾンビは数時間から数日で変わるのだが、あの大統領が起こした屍(アンデット)化の感染爆発(アウトブレイク)では血を吸われた者、及び屍(アンデット)に噛まれた者は約6秒で変化する。」
「なるほどね。それで核弾頭ミサイルと呼ばれる兵器は投入されたわけ。」
「はい、信長様。日本でも核爆弾は合衆国の手により、落とされたことがある。」
「当時の軍部の暴走だね。冬眠中でもその威力を感じた。でも目覚めることは出来なかった。」
悲しそうな表情をしながら、信長は語った。
「はい。その通りでございます。軍にいた目つきの悪い禿げメガネとその仲間の暴走です。」
「成利よ。今回の不法入国にかかわった政府関係者はわかるか。」
「はい、信長様。全員は田森元総理が束ねていた自民自由党の派閥です。国土交通大臣と最近就任した入国管理局長官です。小物官僚数名もかかわっています。」
「拘束し、情報を吐かせてから速やかに処刑しろ、成利。国の乗っ取りを狙う外国の勢力を受け入れる裏切り者はこの日本には不要。今回の作戦を使って犠牲者に見せかけての処刑でね。」
「はい。仰せの通り我が主(マスター)。」
「現首相は?」
「調べたところ、田森派閥に対抗していたため、近々暗殺される予定でした。」
「あの田森は一体何者?」
「指導力(リーダーシップ)が期待されていた石川県選出の元衆院議員。後は日本国第83代内閣総理大臣。任期中の失言などで大変不人気でしたが、裏で自民自由党を21世紀に入ってから事実上支配していた。反対した党員は不運な事故、急病などで排除してきた。」
「何故野放しにした?」
「最近まで国益優先で動いていたからです。但し権力に飢えるあまり、国を売ってしまったようです。」
「ワトソン重工は何だ。1920年代で世界最大の企業だったワトソン商会の関係企業か?」
「ワトソン商会そのままです、お館様。製薬会社アンブレラ社、最先端技術のウェイランド・ユタニ社、ロボティクスのオムニ社、食種のソイレント・コーポレーション、遺伝子学のメリック・バイオテック社、そしてトライデントと呼ばれている兵器市場を操る高隅財閥、グラバーズ重工、キャンベルカンパニー合同3社を抜いて、世界最大の多国籍企業です。」
「ワトソン重工を追い出さねばならない、わが国から。」
と信長。
「裏で糸を引いているのはほぼ間違いないし、実際日本支社ビルで不法入国した元大統領をかくまっているが、あの企業は様々な分野でわが国と絡んでいるので一気に追い出すことは難しいと見ている。」
森は説明した。
昔なら自分の意見をやんわり否定されたら、烈火のごとくに怒ってたところだったが、世界は変わった、時代も違っていた、400数年存在している以上、短気や怒りで物事は進まないと信長は学んだ。
「ならば対策を取らねば。」
「それでも今回はワトソン重工の日本支社ビルに突撃しなければならない、お館様。」
「では突撃隊の準備は出来ているか?」
「はい。それから信長様、先ほど東京湾で密入国者を運んだコンテナ船が爆発しました。乗組員はその前におそらく死んでいたと思われる。」
「一度新聞屋たちはそこへ向かわせろ成利、野次馬なしで突撃をしたい。」
「承知致しました。手配します。」
「闇の評議会はこのことを知ってるか?」
「はい。ノスフェラトゥ卿の配下であるヘルムート殿も今回の作戦に協力している。合衆国在住のアーカード卿の眷属もこちらに向かっている。」
「戦士のヘルムートか?頼もしいな。この突撃を精鋭部隊で行きたい。」
と信長。
「ワトソン重工の日本支社ビル内に私設軍隊の精鋭部隊、牙(ファング)小隊(プラトーン)はいると思われる。一般戦闘員も。」
「100名に限定しろ、成利。我が精鋭部隊は出るところに負けはない。」
と信長は指示した。
「はい。仰せの通り、お館様。」
それから信長は森より専用アサルトスーツと武器の説明を受けて、出陣の準備を終えた。
東京湾で爆発したドイツ船籍でワトソン重工のコンテナ船デメテル号を取材するため、日本のマスコミはボートやヘリコプターで現場へ向かった。
ワトソン重工の日本支社長は各社や政府関係者にメールとファックスで今回の不運な事故について、帝国ホテルにて朝10時に記者会見を行うと発表した。
知らせを受けてすぐマスコミ各社はホテルで陣取って、会見を待っていた。
同日7時30分頃
転化人(インヒューマン)専用の仮眠室でヘルムートは椅子に座っていた。
準備は完了し、残すは敵がいるワトソン重工の日本支社ビルへ向かうだけとなった。
仮眠室のドアが開き、中山新一が入って来た。
「ヘルムート殿、実は森警視監より贈り物があります。」
「はい。何でしょう。」
彼は答えた。
「これです。開けてみてください。」
新一は細長い箱を渡しながら伝えた。
ヘルムートが箱を開けた。中身は肘から下の筋電義手だった。
「これは?」
とヘルムートは聞いた。
「わが国の技術力の結晶です。是非付けてみてください。」
新一は答えた。
ヘルムートは義手を付けた。そして動かしてみた。合衆国やヨーロッパ連合で使われいるものより非常によくできていた。内臓モーターは軽かった。
「本物の手より劣るかも知れませんが、この戦いでは必ず必要となります。」
新一は付け加えた。
「素晴らしいですよ。感謝する。」
ヘルムートは答えた。
「チタン合金で出来ていて、耐熱、耐寒、そして250キロの重いものにも耐えられる。まだ試作の段階ですが、実用化は近い。」
新一は説明した。
「こんな素晴らしいものは本当にいただいてよいのか。」
とヘルムート。
「それは我が主(マスター)の希望でもある。」
「ではありがたく頂戴します。」
ヘルムートは答えた。
同日7時45分頃。
西東京の福村市の在日合衆国空軍基地に本国よりチャーター機は着陸した。
専用の太陽光をカットする日焼け止めを付けた2名のアーカード卿の眷族が降りて来た。
一人は赤みのかかった金髪の20代前半の白人女性、ミナ・ハーカー、眷族一と言われている一流の戦闘諜報員。
もう一人の眷族はその座を争う背の高い筋肉質な30代後半に見える黒人男性の長寿者(エルダー)、マモールデ王子だった。
用意されていた専用装甲リムジンに乗り、警視庁に向けて出発した。
同日8時頃。
弥生は準備運動していた。
銀でコーティングされた日本刀で練習用的を猛スピードで切っていた。
主(マスター)は目覚めたのでこれから敵がいるワトソン重工の日本支社ビルへ攻め込む予定。
父親を滅ぼされてから久しぶりに身内と会ったのは嬉しかった。
信長は主(マスター)であると同時伯父上でもある。彼のためなら、命さえ差し出せると思った。
「田森め、覚悟しろ、自分の権力欲のために日本を裏切った代償は大きい。私が引導を渡してやる。」
つぶやきながら、準備運動を続けた。
同時間
公安部の面々は国土交通大臣、入国管理局長官と数人の官僚の住まいを同時に一斉に入った。
今回の不法入国にかかわった田森派全員は逮捕され、密かに警視庁へ移送した。あらかじめ、監視カメラ、近隣の注意を逸らしなど、公安部は隠密に作戦を実行した。
同日・警視庁
朝9時55分頃
植田緑分析官はデスクについた。自宅から戻り、信長が目覚めたことを知った。
それと同時にこれから信長が率いる精鋭部隊がワトソン重工の日本支社ビルへ突撃することも。
「これはやばい。少なくても後1日間はかかると思ったのに。」
と密かにつぶやいた。
隙を見て、急いでトイレへ駆け込んだ。田森先生の使いからもらった暗号化回線の携帯電話を取り出して、ワトソン重工役員の小島純次に連絡した。
「小島さん、例のあの人が目覚めた。」
植田は伝えた。
「そうですか。これから来るのかな?」
小島は質問した。
「はい。おそらくすぐにそちらに向かうと思う。用意してください。」
「わかった、ありがとうね。」
小島は言った後、電話を切った。
植田が女子トイレから出たら、黒岩弥生と森警視監が待っていた。
「植田分析官、君に仕事がある、付いてきてくれたまえ。命令だ。」
と森は命令した。
彼女の後ろに弥生は回り、逃げられないようにした。植田緑は絶望のどん底に落とされるのを感じ、恐怖で体が震え出した。
「私は、私。。」
とつぶやいた。
「もたもたしないで、急いで歩いて、主(マスター)がお呼びだ。」
と後ろにいる弥生は彼女に強く言葉をかけた。
彼女は警視庁地下シェルターの特別牢獄区へ案内された。
そこには主マスターの信頼を裏切り、国を滅ぼしかけた罪人がいると聞いたが、来るのは初めてだった。これは最初で最後と強く感じた。
主(マスター)、織田信長は牢屋のドアの前で待っていた。
「君は田森の息がかかった者なのか?」
と威厳のある声と覇王のオーラ全開で彼女に言った。
植田は恐怖で失禁し、気を失いそうとなった。
「女よ、答えろ。」
と信長は怒りを表しながら彼女を怒鳴った。
「はい。ごめんなさい、申し訳ございません。お願いです、許してください信長様。私は転化したかっただけです。お願いです。」
と必死に泣きながら許しを請いだ。彼女の顔は恐怖で歪み、黒い髪の毛は一気に白髪となった。
「女よ、お前は許すとも、転化もさせてやろう、牢屋の中にいる者どもに勝ってたらな。」
と信長は彼女に急に優しく話した。
「中にいる者ども?」
と植田はオウムのように繰り返した。
信長が牢屋の重いドアを開けると、そこは滑り台になっていた。
「家康、光秀、遊びの時間だ。楽しめ。」
と軽蔑な口調で言った。
「嫌だ、死にたくない、助けてください。信長様!!」
と植田は叫び出した。
「勝ってたら、お前の望みを叶えてやろう。」
信長は冷たい目と声で彼女に約束した。
「嫌だ!、嫌だ!ご慈悲を!!信長様!!」
植田は狂乱しながら叫んだ。
弥生は彼女を滑り台に投げて、信長はまた重いドアを閉じた。
滑り台に落とされた植田緑は柔らかく、異臭するものの上に落ちた。薄暗い部屋だったが、感触で落ちたところは腐敗臭する肉片と骨で出来ているに気付いた。
部屋の奥、二組の赤い目が彼女を見ていた。
信長がドアを閉じる前、森警視監と黒岩弥生は銃、銀コーティングされた警棒と短剣を中に投げた。
急いでそれを拾い、勝ち目のない戦いに植田は挑んだ。
家康と光秀だった者たちは今じゃ喰種(グール)と呼ばれている吸血鬼の出来損ない種が彼女に襲いかかった。
ワトソン重工の日本支社ビルへ出発する前の車内で森は信長に聞いた。
「信長様、恐れ入ります、もしあの女密告者が屍食鬼(ししょくき)どもに勝ったら、どうしますか?」
「約束は守る。あの不可能な戦いに勝つなら、あの女を転化させて、我が軍へ入れる。」
信長は真剣に答えた。
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