第6話 老人
日本国 石川県某市
2025年3月某日・20時頃
老人はソファに座っていた。
齢89歳にして、体力は強かったし、頭もすっきりしていた。
総理大臣在任中に失言が多く、様々なメディアで総叩きを受けていた同一人物にはまったく見えないオーラを放っていた。片手グラスを持ち、ブランデーを飲みながら、ある電話を待っていた。
老人の携帯電話がなった。老人は出た。
「先生、明日の夜に例のコンテナが横浜港に着く予定です。」
と電話の男が報告した。
「ご苦労、わかった。手配は済んでいるでしょうかね。」
と老人が聞いた。
「ご安心ください先生。手配は済んでいますし、ワトソン重工の全面協力のおかげです。」
と電話の男が更に報告した。
「手厚く来賓をもてなすことを忘れるな。」
と老人は男に命令した。
「仰せの通り先生。ご指示の通り、数体を用意しました。健康な老若男女問わずに。」
「では明日報告を楽しみに待っているよ、国土交通大臣。」
「はあ、お任せください先生。」
と大臣が答えた後、老人が電話を切った。
老人がブランデーグラスを小さなテーブルに置いた。
そして考え事をした。首相だった頃、メディアに叩かれ、支持率が低かったものの、
その裏取引の才能は開花していた。その時どんどんと権力を自分の手に持っていき、
党内のライバルの弱みや政敵の弱みを全て握った。与野党で老人を恐れない政治家がいないほど。
老人は自分がもう長くないとわかっていた。幾らか力が強くても老いには勝てない、自然の摂理であるから。それでも老人がそれに逆らうように数年前から奮闘中だった。
死にたくない、もっと権力を自分の手に治めたい。そして日本を更に強固な国家にしたい。神州にしたいと願っていた、永久不滅繁栄のため。
老人はやっとその可能性に近づいた、そして今長い冬眠に入ったあの傾奇者(うつけ)を出し抜けるとさえ思った。太平洋戦争の英霊たちのように、あの傾奇者(うつけ)の数年の冬眠を使い、政権を握り、強国にしたようにね、だがあの英霊たちは失敗した。そして自分は決して失敗しないと思っていた。
「そろそろ来賓が来るね、小島さん。」
と老人は言った。
陰から一人の男性のシルエットが現れ、老人の向かいのソファに座った。
男は30代前半でキートンの高級オーダーメイドスーツを着ていた。
「はい、先生。もう間もなく入国します。」
と男は答えた。
「小島さんと知り合って今年で何年目ですかね?」
と老人が質問した。
「あれこれ10年になります、先生。」
男が答えた。
「ワトソン重工のおかげで89歳になっても肉体も精神もがすこぶる元気だ。」
老人は自慢気に話した。
「これからも末永く先生にこの国のために力をつくしていただきたいので微小ながら応援いたします。」
と笑っているようで笑ってない作り物の笑顔で男が答えた。
老人は男の笑顔にゾッとした。どうも、この男の得体の知れない何か好きになれない。
10年前にワトソン重工の日本支部の幹部であるこの男、小島純次が近づいてきた時、気味悪さを覚えたが、彼が持ってきたピンク色の液体を飲んでから老いから来る様々な肉体的、精神的負担を克服していた。それについてこの男に感謝はしていたが、男の虚ろな目、蝋で出来たような顔、笑っているけど決して笑ってない笑顔が怖かった。
10年前知り合った当初から30代前半に見えたし、現在もその姿が変わっていない。
「来賓は私に会いますかね、小島さん?」
と老人は男に問いかけた。
「我が主(マスター)と最後に連絡取った時、先生に会うことを楽しみにしていると仰っていた。」
と小島が答えた。
「ならば来賓は入国したら宴会だ。」
と老人が興奮しながら言った。
「そうですね。我が主(マスター)は大変な長旅をしましたからね。長旅と言っても、弁当持参と言いますか、あんまり栄養にならないものが軽めに食事を摂っているので先生が用意した良質なお供え物にはお喜びになることでしょう。」
と小島があの蝋人形のよう作り物の笑顔で言った。
「明日の入国は楽しみにしている。」
と老人が作り笑顔で言った。
「先生、我が主(マスター)を迎える準備がございますのでこの辺で失礼させていただきます。」
と小島が更に不気味な作り物の笑顔で言った。
「はい。では明日の夜に。」
と老人。
「では、また明日の夜、お会いしましょう、田森先生。」
と小島は言った直後そのままソファを立ち、陰に入ったかと思ったら、部屋から消えていた。
老人の額に汗が流れた、あの不気味な男に会うのは非常に疲れるし、精神的にも消耗する。
小島は置いて来たピンク色の液体の入った数本の小瓶のうちの一本を飲んだ。力がみなぎり、一気に数年若返ったような感じになった。
老人は携帯で電話をした。
「はい、先生、何かご用でしょうか。」
と若い男が電話に出た。
「加藤君、明日の夕方小型飛行機を用意しろ、東京に行く。」
「承知いたしました、先生。」
と加藤と呼ばれた男が答えた。
老人、先生と呼ばれている老人、田森喜男元総理大臣が大きなため息をした。
レクサスの運転手はドアを開けて、小島が乗った。
「東京の本社に戻るよ、田原君、夜のうちに着くようにしてね。」
と小島が命じた。
「承知しました。」
と田原と呼ばれる男が答えた。
小島純次、ワトソン重工日本支社幹部はレクサスの後ろ席に座っていた手足が縛らている恐怖の表情で彼を見ている少女に対して蝋人形のような嘘の笑顔を浮かべた。
「弁当をいただくとしますか。」と少女を見て、嬉しそうにつぶやいた。
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