第33話 本社

タウレッド王国、首都・トレード市

2025年3月某日 夜22時30分頃

多国籍企業・ワトソン重工本社ビル


会長は巨大な本社ビル地下にある特別研究所にいた。

6時間ほど前に東京からのチャーター機がトレード市国際空港に着いた、

グレイ監査官と小島隊長が待ちに待った「物」を届けてくれていた。


複数の電極装着していて、培養液たっぷりの透明なタンクに入っていた【物】は目開けて、

周りを恐怖の眼差しで見ていた。


「【物】の状態はどうですか、モロー博士?」


会長が質問した。


モロー博士と呼ばれた40代後半の背が低く、細身の男性が振り向いた。


「自我がまだある状態でして、次のステップに進むため、これから消去措置します。」


モロー博士が回答した。


モロー博士は円卓のメンバーであったが、研究に没頭するあまり、滅多に自分の席に座らなかった。

彼は助手たちに声をかけた。


「モンゴメリー君、プレンディック君、用意はいいか?」


「はい、モロー博士。」


2人は同時に答えた。


「消去措置をちょっとの間止めて、【物】と話してみたい。」


会長は命令した。


「はい。失礼しました、どうぞ。」


モロー博士が返答した。


会長はタンクの表面を軽く叩いた。【物】は恐怖の目を向けて、会長を見た。


「田森さんだっけ?声(テレパス)使えるでしょう?」


と会長は質問した。


「貴様は何者?」


と弱い声(テレパス)で田森が答えた。


「あなたに投資した者だよ。まさか田森さん、私の顔知らないの?」


田森は彼の顔を思い出した。会長は表向きには著名なフランス人の一族出身の天才経営学者だった。

黒のタートルネックはトレードマークでフォーブス誌、タイムズ誌などの表紙にもなり、世界有数の億万長者。


「ワトソン重工の会長の。。」


と田森。


「はい。そうです。流石元日本の首相ですね。」


と田森を遮るように会長が話した。


「私はどうなるのか?主(マスター)になったはずなのに、どうしてここにいる?」


「人工的に主(マスター)にしたのはわが社の研究部門ですよ、田森さんよ。」


「人工的に?」


「まだわからないのかな?あの薄汚い下品な元大統領が主(マスター)に相応しくなったし、制御も利かなかったのであなたのような扱いやすい主(マスター)に替える必要があった。」


「扱いやすい?」


「制御が利いて、人格消去が簡単な人だよ。わが社の研究者は人工的転生は可能と理論上でわかっていたし、あの元大統領の代わりになれる人物を2年間探したよ。あなたを含めて世界で3人の候補がいたけど、成功したのはあなただけだよ、田森さん。」


「私はどうなる?」


「主(マスター)となった体がもちろん生き続けるよ。精神はここで死んでもらうけどね。」


と心から喜んでいるようと同時に無慈悲な笑顔で会長は田森に告げた。


「嫌だ!私は死にたくない!しもべを呼んで、お前を滅ぼす!」


パニックになった田森が声(テレパス)で叫んだ。


「無駄、無駄、無駄だよ。特別な防止装置が作動しているのでこの部屋の外にあなたの声(テレパス)は漏れないよ。」


と笑顔で会長が田森に伝えた。


田森は声(テレパス)で叫んで、泣き出した。彼は日本を強くしたかった、世界の覇権国家にしたかった、発展、影響力と豊かさを取り戻したかった、それだけだった。ワトソン重工の幹部、小島と接点を持った時点で彼の人生の転落が確実なものとなった。


「人格消去しろ。」


笑顔を浮かびながら、会長はモロー博士たちに命令した。


電力が流れて、薄れていく意識の中で、田森は深い悲しみに打ちのめされた後、急に全てが黒くなって、何も感じなくなった。

田森だった【物】が生気の消えた目となり、だらしなく口が垂れていた。


「ヴィクター、接続ヘルメットの用意はいい?」


会長が貴族風の若い学者に声をかけた。


「用意済みです、会長。」


ヴィクター・フランケンシュタイン博士が答えた。


彼も円卓に席が置いてあるものの、普段、モロー博士同様、研究所に入り浸っている。

背骨の曲がった男性で彼の助手をしているイゴールが接続ヘルメットを会長に渡した。

会長はゆっくりと特別に設置された椅子に座った。


もう1人のフランケンシュタイン博士の助手、彼から【息子】と呼ばれている身長2メーター以上の大男は会長の手と足の電極装着と椅子に繋がっているケーブルの接続確認作業をしていた。


会長は思った。ジョン・ワトソン博士、グリフィン博士とジキル博士が空港で【物】を受け取り、研究所に持ち帰り、検査などした後、措置の準備をし、モロー博士とフランケンシュタイン博士には2時間前にタンクに入れた状態で【物】を渡した。この最終段階まで来るとあの下品な男の転生劇から12年の長い年月がかかっていた。


会長は電極とケーブルが装着している接続ヘルメットをかぶり、最終確認を済ませてからフランケンシュタイン博士にテストを始めるように手で指示した。

特殊な小型クレーンでゆっくりと電極が外れないように、精神が空となった【物】を持ち上げ、タンクから取り出した。大男はもう一度【物】の電極装着確認をした。

確認が終わって、フランケンシュタイン博士は手に持っていたタブレット端末の画面に表示されていた開始ボタンをタップした。


10数秒が過ぎると、【物】の目にまた生気が宿り、笑顔となった。

席に座っている会長と田森だった【物】は同時に話し出した。


「皆さん、実験は成功です。」



時は同じくタウレッド王国、

トレード市内某所。


高級タワーコンドミニアムの最上階で大きな窓に向けたソファに座って、ドリアン・グレイが外に映る市内とピレネー山脈の夜景をワイン飲みながら見ていた。

近くのキングサイズのベッドで飛行機に乗ってきた日本人女性が裸のままで横になっていた。


「ね、ドリアン、こっちに来ない?」


植田緑はグレイに話しかけた。


「今行くよ。君が寝ていると思ったからこちらに座った。」


グレイは答えた。


「ウトウトしていただけだよ、私。」


といたずらっぽい笑顔で緑がグレイに向けて言った。


グレイはソファから立ち上がり、着ていたガウンを脱いでベットで待っている緑のところへ行った。


遡って6時間前


グレイは飛行機を下りて、【物】を空港で待っていた博士たちに無事渡した後、実験の立ち合いは会長から免除されたので自分のスポーツカーに乗って、コンドミニアムに帰ろうと考えていた矢先、植田緑にじっと見られていることに気付いた。


円卓のメンバーとのビデオ会議が終わった後、彼女は小島とヨーロッパへの飛行中でずっと治療室に籠っていたのは知っていたが、転化した影響なのか元々本人の魅力なのか、欲がそそると感じた。

隊員たちは会社が用意したコンドミニアムに向けて出発する直前、グレイを注意深く見ながら彼女が小島に近づいた。


「小島隊長、グレイ監査官のところへ行ってもよろしいでしょうか。」


緑が小島に許可を求めた。


小島はあの蝋人形のような嘘の笑顔でゆっくり答えた。


「どうぞ、朝方4時に車を回すので、それで隊員たち用のコンドミニアムに戻ってくださいね。」


「ありがとうございます。」


植田緑は小走りでグレイのところへ行き、腕を組んだ。


「許可下りたので、あなたの家に連れてってね。」


更に欲をそそる笑顔でグレイに話した。


「では、行こう、かわいいお嬢さん。」


グレイは答えた。

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