第17話 藤井家
武と誠助は故郷のO町へ帰る汽車の中にいた。武の左手には白い包帯が巻かれており、否応なく小指を失くした現実を突き付けた。
武は、組のビルに押し入り、自分を連れ出しに来た時の誠助を思い出していた。刀を抜いて構えたあの姿が、脳裏に焼き付いていた。
『そこに生きる家族や大事な者、それを守るために命を懸けた』
何度も何度も、その記憶が蘇る。すると、次第にあの時の誠助の姿が、会ったこともない父親の姿と重なっていく。武は窓の外の空を眺めた。
「父ちゃんの言っていた意味が分かった。おら、藤井武になる」
誠助は優しく微笑み、頷いた。
武が山村家に戻った。喜びと共に失った時を埋めるかのように家族皆が繋がった。
数年が経ち、武が誠助と共にトラックを乗り回すようになった頃、武の結婚話が訪れた。相手は同じ町の "たゑ" 。小柄で丸顔の、笑顔の可愛いその娘は、皆に "タエちゃん" と呼ばれる人気者だった。フミもタエのことはよく知ってたので、とても喜んだ。
誠助とフミは、武が結婚するのなら、藤井家としてきちんと嫁を迎え入れられるようにしなければと、丸誠商店の道路向かいにあるトラックの車庫の隣に家を建てた。タケ子と武は自分達のための家と知ると、「とても受け取れない」と拒んだ。しかし、誠助とフミは、これまで長年に渡って二人で山村家に尽くしてくれたお礼だと言った。
誠助とフミは、完成した新築の家にタケ子と武を連れて行き、玄関の脇に掲げてある表札を指差した。『藤井』と書いてあるその表札を目にしたタケ子は、手を合わせ涙を流した。武はこの恩を胸に刻み、新たな責任を感じたのだった。
武と夫婦となったタエは、タケ子と共に毎日丸誠商店へ通い、忙しいフミに代わって店の手伝いや台所仕事など手伝った。タエの母親が、昔フミに食料を分けてもらったことがあり、タエは母親からフミは恩人だ、と聞かされていた。タエは少々不器用であったが、素直さと一生懸命さでタケ子とフミに可愛がられた。タエは、タケ子とフミに料理や裁縫など教わりながら、山村家の子供達の面倒を見た。子供達は皆、"タエちゃん" と呼び、よく懐いた。
翌年、武とタエの間に長男の健司が生まれた。健司が言葉を発するようになると、タケ子とフミを「タケばあ」、「フミばあ」と呼ぶようになり、その呼び方は近所に広まっていった。
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