第22話 震災

平成二十三年三月


 タエは独り、仏壇の前に膝をついて座っていた。仏壇には夫 武と義母 タケ子の位牌と山村誠助、フミの写真が納められている。線香に火を付け、おりんを鳴らし手を合わせた。

「フミばぁ、みんなと会えだか?」


 警察署内で捜査報告が行われた。昼休みを終えた署員全てと言っていいほどの人数が狭い一室に集まっている。矢野が口火を切った。

「えー、山村フミ変死事件の捜査報告をさせて頂きます。ご存じの通り、死因は青酸カリ服用によるものですが、これの出所を探っておりました。そして亡藤井武が若い時分、東京の暴力団に所属していたことから、そっちの方を調べたところ、当時藤井武は敵対する組織との抗争に巻き込まれていた事がわかりました。敵対する組の幹部暗殺、これが藤井武の任務でした。しかしこれを失敗。その後、山村誠助の懸命な行動により命をもって帰ってくるわけでありますが、この暗殺計画に青酸カリが使われようとしたのではないかと考えられます。暗殺出来なかった藤井武がそのままこっそり毒を持ち帰りずっと秘めていた。そして藤井武が亡くなってからは妻の藤井たゑが武に代わり隠し持っていたのではないか、と推測します。山村フミの死亡日にはフミの長男の妻 志津が『誰も山村の家に来るな』と言っており、当日は山村フミの子供達以外の訪問はありませんでした。しかしその日の早朝、いつもは息子の藤井健司のタクシーで山村家に向かう藤井たゑは、別のタクシーに乗り山村フミに裁縫箱を届けていたことがわかりました。その裁縫箱に青酸カリが入った小瓶を入れ、山村フミが常用していた薬の六神丸だと思わせ、山村家の親族が集まるなか山村フミ自ら服用するよう促したものと推測します。よって、藤井たゑを殺人容疑の重要参考人として連行することをここにご報告します」


 バタバタと警察署内があわただしくなった。これから連行するに当たっての計画、予測を立て、皆が立ち上がった瞬間、足元が揺らいだ。

地震だ!

そう思うのも束の間、一気に激しい揺れがやって来た。戸棚はなぎ倒れ、書物は飛び散り、椅子や机は揺れに合わせて勢いよく前後左右へ迫ってくる。

「外へ出ろ!みんな外へ!」

一旦終息しそうにも再び強い揺れがやって来て一向に収まってくれない。方々から悲鳴が、破壊音が聞こえる。恐怖で震える。

こんな地震、初めてだ。



 その時、藤井たゑは畑の真ん中で地面にしがみつき這いつくばっていた。随分長い間耐えていたように感じるが、ようやく揺れが小さくなってきたようだ。静かに立ち上がり体に付いた土をほろう。きびすを返し家を見ると、外れた窓枠から中のタンスが倒れているのが見えた。

「オーイ!タエちゃん!大丈夫かぁ!?」

声の方に目をやるとこけし職人の平蔵の息子が走ってやってきた。心配して見に来てくれたようだ。

「タエちゃん!逃げろ!津波来るぞ!一緒に逃げっぺ!」

タエはチリ地震津波の経験がある平蔵の指示で来てくれたのだろうと察した。

「うん、わかった。先行っててけろ。すぐ行くがら」

「そうか?早く来いよ、タエちゃん」

平蔵の息子が行くのを見届けてからタエは家に入った。蛍光灯は落ち粉々、タンスは引き出しが開いたまま倒れ、戸棚からは食器が雪崩落ち、家の中のあまりの状態にどこをどう進んでいいかわからない。タエはサンダルのまま散乱した物を踏みつけながら進んだ。仏壇の前まで来ると仏壇から放り出された位牌と写真を探した。

「痛っ」

蛍光灯の破片で指を切ったが構わず探した。見つけた武とタケ子の位牌と誠助、フミ夫婦の写真を寄せ集め、開いたタンスの引き出しから引っ張り出したサラシに包んだ。そして服をめくり体にしっかり結び付け、その上に服を被せ服の裾をズボンに入れた。

 外では大騒ぎしている声が聞こえる。家族を呼ぶ声、必死に逃げている声、子供の泣き声も聞こえてくる。

 足元を確認しながら外へ向かう。サンダルで硝子の破片を踏みつけ、倒れたテレビを乗り越え、もう少しだと思った瞬間、家の高さを遥かに越える大きな海の壁が目の前に迫って来ていた。


 この日、O町一帯だけではない、東北沿岸部の殆どが大津波によって破壊され、大勢の犠牲を出した。

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