第21話 藤井 たゑ の聴取
「フミさんは志津さんに、いわゆる虐待行為をされ、度々ここに逃げて来たというのは間違いないですか?」
「あらあら、知ってるの?」
タエは笑顔で答えた。
「フミばぁはウチでよくご飯食べさせたの。志津ちゃんに食べさせてもらえねぇがら。自分で作ろうとすれば怒られるし。ボケてねがったんだよ、フミばぁは」
「暴力行為もあったとか?」
矢野の問いに一瞬戸惑ったが、タエは決意したように話した。
「警察の方に喋ったらいいのかわかんねぇけんど、頭叩かれたり、体叩かれたり。泣きながら杖ついで逃げで来た。何で年寄りにこんなことすんだいって。フミばぁここさいらいんって言ったんだ。んでもいっつも最後に『い(家)さ帰る』っつって…」
タエは寂しそうに言った。
「暴力はお金のためですか?」
「んだ」
タエはいたって冷静だ。
「フミばぁ通帳探されっからって、見つかったら取られっからって、胴巻きに通帳と印鑑くるんで腹さ巻いてたの。服の中さな。んだからおら、体に巻いてんの見つかったら無理矢理とっぺどって何されっかわかんねぇどって。緑ちゃんに預けらいって言ったのさ」
「それで一時期緑さんが通帳を保管してたんですね?」
「んだ。おらが言ったの。娘の方がいいべ。志津ちゃんおらの家さも来て『通帳ねぇが!』って怒鳴って来てたから。んだから前まで鍵かけるようにしてたの。この辺は田舎だから鍵かける人いねぇんだけど」
刑事はタエの様子を観察しながらゆっくりと質問を続けていった。
「旦那さんの武さんは昔東京にいたことがあったそうですね。」
「よく知ってるねぇ」
タエは驚いた様子で微笑んだ。
「東京では何をされてたんですか?」
矢野の質問に桜井は緊張した。
「さぁ、おらと一緒になる前のことだがらわかんねぇねぇ。うんと若い頃だもの、フフ」
笑顔でかわすタエに続けた。
「暴力団に入ってたとか?」
タエは微笑みを絶やさない。
「若気の至りだべ。フフ…やっぱり警察だなぁ。何でも知っていなさる」
「武さんの暴力団時代の失敗というのはご存じですか?」
矢野の問いにタエは驚いた顔を見せた。
「失敗?失敗…さぁ、なんだべ。ヤクザになったこと事態失敗だべさ。フフフ…」
矢野はこの暖簾に腕押しのようなタエの答えに真の強さを感じた。何か知っていたとしても、そう簡単に口にはしないと見える。
「青酸カリという毒薬を持っていた可能性のある人に心当たりはないですか?」
タエはまた、微笑んだ。
「そんなおっかないもの持ってる人なんて、おら知らねべさ」
「例えば、昔の武さんだったら手に入れることは可能だったと思いますか?」
矢野は冷静かつ厳しい態度で質問を繰り返す。しかしタエの態度は変わらない。
「ほんたらごと出来ねと思うよ。あの人の性分は優しがったもの」
矢野は『優しい』という言葉に引っ掛かった。
「フミさんが亡くなった日、フミさんに会いに行ったり届け物をしたりしましたか?」
「行かねぇがったよ」
「そうですか。これに心当たりはないですか?」
そう言って例の黒い小瓶の写真をタエの前に出した。タエはテーブルの脇に置いてあった眼鏡をかけ、写真を手にとってまじまじと見た。
「これ、六神丸でねぇの?」
「えっ!?」
桜井が思わず驚き声を出した。
「六神丸?それって何ですか?」
「フミばぁ、動悸すっとって飲んでだ薬だ。これは瓶の面さ貼ってあるシールみてぇなのねぇげっと、六神丸の瓶でねぇべか?違うすか?」
「フミさんがその薬を飲んでいたことを知ってるのは他にいますか?」
桜井が慌てて聞いた。
「志津ちゃんや緑ちゃんは知ってたんじゃねぇべか…」
桜井は驚いた。
「二人とも薬の瓶だなんて言ってなかった!」
「あらぁ、んで違うのかねぇ」
タエは不思議そうに、自信なさげに呟いた。
矢野は最後にこう質問した。
「死なせてやりたい、と思ったことは?」
その質問に真顔になったタエは、ゆっくり矢野に目を会わせた。
「そんなこと、言うもんでねぇよ」
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