第20話 藤井 たゑ
矢野刑事が時計に目をやると夜の10時を回っていた。独りポツンと署内の自分の机に座り、思いに耽っていた。
フミを殺すとしたら可能性があるのは志津だろう。だがフミが受給している恩給が必要なのに実際に手をかけるだろうか?どうせ管理され自由に使えないお金なら関係ないのか?他に可能性があるとしたら誰だ?誠一は体のわりに気優しい様子が伺える。母親に対して殺意を抱くほど憎んでるとは思えない。だが志津の指示だったら?志津に言いくるめられたら可能性はどうだろうか。他の兄弟は誠次も誠も緑も清子も母親を殺しても何も利するものがないと見える。誰もが親の事より自分の事の方が重要という感じで、関心が薄い。長女の緑も母親を心配しているようにして自分のプライド重視に見える。肝心なところは人任せだ。そしてフミと山村家の金銭管理している人物、フミの孫であり誠一と志津の娘、百合はどうだ?親の借金に悩まされ、百合こそフミの恩給を当てにしていた当人だ。銀行取引を調べた結果、誠一、志津共に年金担保借入までしていた。二人は年金収入もない。山村家はフミの恩給が頼みの綱だった。
では青酸カリを手に入れることが出来た者は誰か?出稼ぎへ行っていた誠一、都会に住む誠次、船乗りの誠、夫が単身赴任の緑、看護師の清子...
ふと、昼間平蔵から聞いた話を思い出す。
「武は何を失敗したんだ?...」
昔の事で掴めるかどうかわからないが、武の過去を洗ってみよう。その前に藤井たゑに会う必要がある。
青空が澄みわたり、清々しいいい天気だ。藤井たゑの家は旧山村商店の道路向かいにある古い木造の大きなトラックの車庫の隣。道路側は駐車場になっており、そこから敷地へ入った。家の周りを半周し南側の玄関に向かう。玄関へ向かう途中、敷地内には昔使っていたと思われる風呂場が今は物置として使われていた。玄関に着くと前には畑が広がっていた。明るく日の光が降り注ぐ。思わず手を額に当て日差しを防いだ。サラサラと水の流れる心地好い音がする。音に誘われ畑の向こう側に行ってみると、小川が流れていた。このままこの先の海へ流れ出るのだろう。何とも言えない美しい風情を感じる。
気持ちを引き締め、二人の刑事は玄関前へ並んだ。古い表札がいい雰囲気を出している。玄関チャイムはない。そっと引き戸の玄関扉を開けながら桜井が声をかけた。
「ごめんくださーい。こんにちはー...」
奥の方から小さな返事が聞こえた。パタパタという足音がだんだん近づいてくる。
「あら、誰だい?...」
タエは見たことのない男二人の急な訪問に驚いたように、少し手前で動きが止まった。
「警察の者です。フミさんについてお話をお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
タエは納得したように微笑んだ。
「ご苦労さんです。どうぞ中さ入ってけらいん」
刑事二人は玄関から居間へ通され、座卓テーブルの前に並んで座った。タエはお茶を入れ、不意の客人の前にそっと差し出した。
「あらら、何かなかったけか」
タエはそう呟きながら立ち上がり台所へ姿を消した。
「どうぞおかまいなくー」
年配の矢野が台所に向かって声をかけた。少しするとお盆を持ったタエが戻ってきた。
「田舎のもんだからこんなのしかなくて。口にあうべか?」
テーブルの上には漬け物、煮しめ、おひたし、ミカンに干し柿が並べられ、来客二人の前に取り皿と箸が用意された。
赤らんだ手は分厚く、太い指は長年の水仕事のためだろうか。腰が曲がり猫背になった背中は丸誠での仕事のためか畑仕事のためなのだろうか。数多く刻まれた顔のシワは全て笑いシワのようで、いつも微笑みを絶やさなかった人生を思わせる。
「あら、おらなんかおかしいカッコしてだいが?」
タエは二人の刑事がタエの様子に見いってるのを察し、自身の体を見回した。
「いえいえ、すいません。やっと会えたタエさんなので、この人かと思い見とれてました」
「この町の皆さん、フミさんの事になると口を揃えてタエさんの名前を出されるので。特別な関係なんだろうと思ってました」
矢野と桜井が口をついだ言葉に、タエはまた微笑んだ。
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