第10話 何でも知ってる長老
二人の刑事はお礼を言って席を立つと、百合が出入り口まで送ってくれた。すると、出入り口に大きくて立派なこけしが飾ってあることに気が付いた。どうやらこちらに来た時は、緊張感と責任感で目に入らなかったらしい。こけしの脇の小さな木で出来た盾に『平蔵 作』とあった。二人はすぐにピンときた。缶コーヒーをくれた老人が "何でも知ってる長老" と言っていた人物だ。車に乗り込み走らせるが、どうも気になって仕方がない。二人はそのこけし職人の平蔵に会いに行くことにした。
平蔵は前に見かけた時と同じように、旧丸誠商店の三軒隣の作業場で、道路から作業しているのが見えた。二人は窓際で木を削る機械を動かし作業している平蔵に、外から声をかけてみた。するとそれに気付いた平蔵が室内を指差した。どうやら "裏から来い" ということらしい。早速二人は移動した。
「すいませーん。ごめんくださーい」
桜井刑事が呼び掛けると機械音と共に
「入って来い!」
という返事が返ってきた。二人は靴を脱ぎ作業場の方へ入って行った。平蔵は機械を止めると二人の方を見たので、自己紹介をしようとすると、平蔵が
「やっと来たか」
と言い放った。
「あんたら警察だろう?それ持って来てこっちさ座れ」
入り口近くの丸太で出来た椅子を指差した。
三人は向かいあった。平蔵は三人分のお茶を入れ、二人に差し出しひとつを口にした。あの日見たのと同じ様に、坊主頭に手拭いを巻いて眼鏡をかけていた。平蔵はこちらが話し出すのを待ってる。
「丸誠商店が傾いてきていると感じてましたか?」
矢野刑事の問いに、平蔵は鼻眼鏡の上から上目遣いでじっと見て答えた。
「皆気付いとる。フミばあが志津に身上譲ってから見る見る間だ」
「いつ譲ったんですか?」
「旦那の誠助さんに癌が見つかってからだ。看病するために。昔は二人で頑張ってうんと栄えてだ。あれ、何だかわかるか?」
平蔵はそう言って外を指差した。丸誠商店の道路向かいにある、道路に面する部分ががらんどうの木造の大きな建物である。
「あれ、気になってました。何ですか?」
桜井刑事が興味深そうに聞いた。
「車庫だ。トラックの」
二人の刑事は驚いて窓に駆け寄って眺めた。
「誠助さんが戦争から帰って来てからトラック買ったんだ。戦争でこの町が何にもなくて飢えてたから、トラックで山越えでいろんな物調達して来てくれだんだ。それが丸誠商店の始まりよ」
二人の刑事の表情が真剣さを増した。
「ここから見えたのは他にありますか?」
矢野刑事の質問に、また平蔵は上目遣いでじっと見て強い口調で答えた。
「フミばあが泣きながら『助けでけろー!』って道路渡ってんのは何回も見たぞ」
「えっ...」
桜井刑事の口から突いて出た。
「車庫の隣の家がタエちゃんの家だ。タエちゃんに助け求めて走って逃げてくんだ。何でだかわかるか?」
「...志津さんですか?」
「んだ。志津にやられんだ。この辺の者皆知ってる。聞こえてるし見てる」
「フミさんの家族や子供達は何で分からないんですか!?みんな何で本当の事、家族に言わないんですか!?」
桜井刑事が思わず大きな声で言った。しかし平蔵は静かに答えた。
「一度、志津に文句言いに行った者がいた。そしたっけ、志津がその人の家さ乗り込んでいってな。『おらに言ったこと忘れねぇからな!今に見てろよ!余計なこと言ったらただじゃおかねぇ!』って喚き散らしたんだど。その顔が恐ろしいのなんのって、鬼の形相だったって言ってた。それ聞いて皆、口つぐんださ。志津の策略よ」
平蔵は外に目を移しながら続けた。
「フミばあ、足悪かったの知ってるか?」
「はい、聞いてます」
「あれも志津がやったのさ。階段から突き落とされたんだと。夜に百合が来て病院さ運ばれた。骨折れてだのに、それまでほっとかれてだ。なんぼ痛かったべなぁ」
二人は胸が痛んだ。矢野刑事が気を取り直して質問をした。
「先程、丸誠の経営が志津さんに代わると『見る見る間に傾いた』とおっしゃいましたが、どうしてでしょう?」
平蔵は深刻な様子で話した。
「志津は、あいつは買い物狂いだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます