第4話 容疑者 山村誠夫婦

山村誠の聴取

 桜井刑事が質問する。矢野刑事は桜井刑事の隣で黙って観察している。

「あの夜七時頃、まずあなたがフミさんの様子を見に行ったと聞きました。フミさんは本当に寝てましたか?」

スラッとした高身長で若々しく見える誠は、緊張した面持ちだ。

「いやぁ、そう言われると自信なくなってくるんすけど...寝てると思ってたんで」

「近づいて確認しなかった?」

「はあ、年とってボケてきてたので、いったりかったり普段から寝てるので、すっかり寝てるんだと思って...その時はもう、死んでたんですか?」

桜井刑事は首を振りながら言った。

「いいえ、わかりません。その為にその場にいた皆さんにお話しを聞いてます。何か思い当たることないですか?」

「あ、そうですよね。何かあったかなぁ」

「誰かが訪ねてきたとか?」

「さあ、兄弟以外誰にも」

桜井刑事は何処と無く誠が他人事のように話す印象を持った。

「フミさんが認知症だというのは診断を受けてるのですか?」

誠は思いがけない質問のような驚いた様子で

「診断?え?わからない。いや、そう聞いてたんですよ、ボケてるって。女房からも姉ちゃんからも。あ、姉ちゃんは兄の奥さんですけど」

「では実際の認知症の症状は見たことがないのですか?」

「久しぶりに帰った時とかこっそり "カネ探してタンス開けられる"とか  "ご飯食べさせられない" とか言うんで、『ああ、これか』と思ってました」

「誰にそうされると?」

「姉にされる、と。でもそんなことするわけないじゃないですか。ボケて被害妄想になってたんですよ」

桜井刑事が腑に落ちない様子で誠に聞いた。

「どうして"そんなことするわけない"と言えるんですか?」

誠はムッとした様子で

「姉は俺の子供の頃に嫁に来てずっと一緒に暮らしてたんです。姉のことなら十分知ってる」

桜井刑事はメモを確認して質問した。

「誠さん、最近家を買ってますね、M町に」

「はい」

「ずっとO町に住んでて何故M町に?」

「女房の希望です。O町はもう嫌だと言うので」

「何故?」

誠は溜め息をつき、少し間をおいてから答えた。

「『マルセイの嫁』と言われるのが、もう嫌だと言うんで」

桜井刑事は続けて聞いてた。

「その "マルセイ" の経済状況は知ってましたか?」

誠はうつ向いた。

「誠一兄ちゃん、あ、兄が出稼ぎに行き始めた頃から、何となく厳しいのだろうと思ってました。でも俺が口を挟むことじゃない、と余計な事は言わないようにしてました。でもよく知らないんですよ、実際。普段俺は船に乗っててあんまり陸にいないんで」

「どのくらいいないんですか?」

「一度の航海で半年ぐらい。遠洋漁業なので」

「フミさんの預金や加入保険で知っていることはありますか?」

「さあ。全部兄夫婦に任せてあるんで」

桜井刑事が誠の目をじっと見つめた。

「え?俺、疑われてる?嘘ですよね?」

「誠一さん夫婦の他にフミさんについて詳しそうな人は?」

「多分百合かな、兄の娘の。あと妹の緑か、タエちゃん」

桜井刑事が再度メモに目を落としながら続けて聞いた。

「タエさんというのは親戚ですか?」

「親戚..そうですね」

「あの夜、親族会議の内容とは何だったんですか?」

誠は目線を落としたまま

「ただ、この先どうやって生活するんだということを聞きたくて...あの日はみんなで生活に必要なものを揃えてやったんです。俺や妹の緑は持ち寄ってやったりして。母さんが寝ていたコタツは、うちが...町営住宅...で使って...いたコタツで...」

最後は涙声で途切れ途切れ、やっと答えた。

桜井刑事は『やっぱり親子なんだな』と思い、落ち着くまで静かに待った。

「最後です。これに見覚えはありますか?」

小さな黒い小瓶が写った写真だ。誠は目を凝らして見た後、

「わかりません」

と答えた。そしてゆっくり天を仰ぎ呟いた。

「武兄ちゃん生きてたらなぁ...」


山村佳寿子の聴取

 「何なんですか?私まで。疑われてるんですか?」

矢野刑事がにこやかに対応する。

「あの夜いた皆さんにこうやってお聞きしてるんです。すいません、形だけの聴取ですので」

佳寿子は誠より随分と若い妻だった。パーマをかけた髪に赤い口紅の、少しツンツンした感じの女性である。

「早速ですがあの夜、あなただけフミさんの様子を見に行かなかったようですね?何故ですか?」

佳寿子はムッとした様子で答えた。

「帰る時のことですよね?旦那が見に行ったんで私が行かなくても別にいいかと。ただそれだけです」

「他に誰か来ませんでしたか?夜じゃなくてもお昼とか、午後とか?」

「来てないと思いますけど」

矢野刑事が佳寿子から目線を離さずに続けた。

「あなたがたがO町からM町に家を買って引っ越したのは三ヶ月前だそうですね。それまでフミさんの様子で思い当たることはないですか?」

佳寿子は嫌そうに答えた。

「認知症で被害妄想が酷くて、話を聞くのが大変でした」

「被害妄想というのはどういうふうに?」

「お姉さんにあーされる、こーされるっていう妄想です」

「妄想?」

「そうですよ!あり得ないですもん。そんなの」

「皆さん『フミさんはボケていた』と言うんですが、病院から認知症の診断を受けたんですかね?」

「それは、そういうのは聞いたことないけど、でも一緒に暮らしてる家族がそう言うならそうだと思いますけど。誰よりも母を知ってるんですから」

「志津さんを信用してると?」

「もちろん。"マルセイの長男の嫁" として頑張ってたましたよ。私も嫁だから分かります!」

矢野はメモに目を移しながら聞いた。

「"マルセイの嫁" というのは大変ですか?」

佳寿子が前のめりになって勢いがついた。

「大変ですよ!母の若い頃の仕事ぶりと比べられるし、親戚や近所、町内全部に何かあるとすぐ噂されてるしプライバシーが全然ない!」

矢野刑事がちょっと試してみた。

「だからフミさんが邪魔だった?」

佳寿子が顔を赤くして強い口調で答えた。

「はぁ?確かに私は母の訛りが強くて何言ってるかわからないのも、年寄り臭いのも、昔話も嫌いですよ!でもね、旦那の母親殺すほど落ちぶれてないですよ!私はね、田舎臭いのとすぐに噂が町内中に広まるO町が嫌いなんですよ!だから出たんです!」

矢野刑事が笑みを浮かべて言った。

「そうですか。質問を変えます」

佳寿子は『ふん』っと鼻を鳴らして腕を組んで背中を椅子の背もたれに預けた。

「誠一さん一家が引っ越したのはいつですか?」

「一ヶ月位前」

「その時手伝ったりしたんですか?」

「私、車の運転免許がないので引っ越しの時は行ってません。旦那もいなかったし」

「誠一さん達だけだったんでしょうか?」

「近所の人達が必要なものを持ち寄ってくれて手伝ってくれたそうですよ。あと、布団を持って緑さんが来てたようです」

「あ、妹さんですね?」

「私が来てないって文句言ってたそうなんで。張り切ってたんじゃないですか?」

佳寿子が面白くなさそうに言い放った。矢野刑事が一呼吸おいた。

「"マルセイ" の借金はご存じでしたか?」

「噂はいろいろ。でも直接聞くことなんて出来ませんよ。兄弟と言えども別の家庭なんで。だんだん店の品揃えが減ってきたのは、お客さんが減ったからと思ってたし」

矢野刑事が黒い小瓶が写った写真を取り出し質問した。

「これがフミさんの遺体の側にありました。心当たりはありますか?」

佳寿子がちょっと面白そうに口に手を当てながら写真を見た。

「えー、わかんないです」

矢野刑事が続けた。

「フミさんの預金や生命保険のことは何か知りませんか?」

「へー、そういうことも聞かれるんだ。私は知らないけど」

佳寿子は噂話でも聞いてるかのようにニヤニヤしながら答えた。

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