第5話 三人の町娘

 年が明けて平成二十三年

矢野刑事と桜井刑事は千葉に住んでいる次男 山村誠次と神奈川の次女 平野清子を聴取するための行動に移った。まず電車に乗るためにK町からI市へ出なくてはならない。そして電車から新幹線へ乗り換え関東方面へ向かう。

 I市へ向かう道すがら、山村誠一宅のすぐ裏の道路を通った。

「あれ?山村の家に手を合わせてる人がいますね」

桜井刑事が指差した先に、山村誠一宅の裏手で高齢女性が三人じっと手を合わせてるのが見えた。

「ちょっと声をかけてみよう」

刑事二人は車を止め、三人に近づいた。すると、二人の男が近づいて来るのに気付いた女性達は、そそくさときびすを返し足早にその場から離れようと歩き出した。しかし三人とも、どうやらかなり高齢らしい。腰を曲げて両手を後ろ手に組み歩くもかなりゆっくりで、優に追い付いてしまった。

「フミさんとお知り合いですか?」

三人の老人は怪訝な顔つきで

「あんだ、誰っしゃ?」

と聞いてきた。

「警察の者です」

そう言って笑顔で証明を見せた。三人は何やらゴニョゴニョしてからこちらを向いた。

「おら達、ただフミちゃんに手ぇ合わせてがったのさ」

二人の刑事は老人達の不安を拭おうと、できる限りの笑顔で対応した。

「これからどちらに?」

老人三人は困った顔をして

「O町さ帰るのにどうすっぺと思って...」

矢野刑事が自分達が乗ってきた車を指差した。

「O町まで送りますよ!ここで待ってて下さい。今ここまで車運びますから!」

老人三人はパッと笑顔になった。

「矢野さん、電車はどうするんですか?」

車に駆け足で戻りながら桜井刑事が問いかけた。

「一本でも二本でも遅らせればいいだろうよ!」

矢野が急いで車に乗り込んだ。

 

「あー、いがった、いがったー」

「んだ、んだ」

「あはは、どうすっぺど思ってだのー」

「んだ、んだー」

 車の中が一気に賑やかになった。先程の怪しい者を見る雰囲気が嘘のようである。三人の高齢女性は皆八十代のようで、紫なのかグレーなのかわからない柄のついた地味な割烹着をそれぞれ着ていた。三人とも襟巻きを首が見えないように巻いている。桜井刑事が正面を見ながら目を丸くしてる。矢野刑事が苦笑いしている。

「さっきはどうして中に入らず外で手を合わせてたんですか?」

矢野刑事が和やかに会話を始めた。

「んだって、志津ちゃんに見られたらおっかねぇもの!」

「怖い?」

意表を突かれた答えに問い返した。

「んだ、んだ」

矢野刑事と桜井刑事の顔が変わった。二人が正面を向いていて幸いだった。

「何が怖いんですか?」

「んだって、志津ちゃんに見られたら怒鳴られるもの」

「んだ、んだ。ホントに」

二人の刑事は世間話をするように話を続けた。

「志津さんって怒鳴るんですか?」

「んだ、おっかねぇよ。鬼みてぇだ」

「んだ、んだ。フミちゃんと話語りしてっと『何言ってる!』って物凄いんだ」

「んだ、んだ。フミちゃん可哀想だった」

桜井刑事が少し後ろを向きながら聞いた。

「フミさん可哀想だったんですか?」

「んだ、ホントに可哀想だった」

「んだ、いじめられて、いじめられてなぁ。いっつも泣いでだぁ」

「んだがら、皆こっそりいろいろ届けでやってだの」

桜井刑事が益々後ろを向いた。

「どうやって届けてたんですか?」

「街さ買い物に行く時とか、途中でフミちゃんの部屋の窓からおにぎりとかミカンとかパンとか渡してだの」

「んだ、んだ。食べさせられねぇから」

「んだ、んだ。」

「認知症じゃなかったんですか?」

「認知症?フミちゃんボケてなんかねがったよ」

「んだ、おらよりしっかりしてだ」

「んだ、志津ちゃんが自分がいじめてるの誤魔化すのに言いふらしてただげだ」

桜井刑事が言葉を失った。すると、矢野刑事が質問を繋いだ。

「近所の皆さん、それでこっそりフミさんに差し入れしてた訳ですね?」

「んだ、んだ。」

「フミさんが亡くなった日、誰か差し入れに来たりしませんでしたか?」

三人の老人は顔を見合せて、頷いた。

「志津ちゃんが 『その日は兄弟達来るから誰も来んな』って皆さ言ってたから誰も来てねぇど思うよ」

「んだ。見つかったら大変だから」

矢野刑事が眉を上げて続けて聞いた。

「誠一さん達はフミさんが志津さんにいじめられてるを知らないんですか?」

「知らねぇよ。何も」

「んだ、子供達の前ではしねぇがら」

「んだ、んだ。フミちゃんの子供達皆志津ちゃんの言うこと本当だと思ってる」

桜井刑事がキョトンとしている。

「そうなんですか...」

「んだがら、O町さいた時は、いっつもタエちゃんがフミちゃんかばってかくまったり、自分の家でご飯食べさせてだりしてたのさ」

「んだ、んだ。タエちゃん何回も志津ちゃんに怒鳴られでもな、フミちゃん守ってだ」

桜井刑事が深刻な顔押して

「タエちゃん、いい人なんですね...」

と言った。

矢野刑事が "はぁ" と息をついた。

「ところでタエちゃんの名前っていうのは正確には何ていうんですか?」

「『藤井たゑ』っていうんだ」

「んだ、んだ。藤井だ」

桜井刑事が呟いた。

「へー、あの辺では珍しいですよね。"山村さん" が多いですから」


 O町に入り、三人の老人の指示通り旧丸誠商店前で車を止めた。三人はそれぞれお礼を口にしながらお辞儀して、曲がった腰に手を乗せて、それぞれの家の方へ帰って行った。

 旧丸誠商店は道路沿いに横に広い店で、ペンキが剥がれ錆び付いた看板には、辛うじて店名が読める程度に傷んでいた。自宅は店の裏になっており、奥にかなり広い家だった。

「これ、何でしょうね?」

店の道路向かいに、木造の古い大きな建物がある。道路に面する方は壁も扉もなくがらんどうになっており、屋根が高く壁が板張りで地面が土のまま、コンクリートもひかれていない。壁の外側には昭和初期のオロナイン軟膏やキンチョーの鉄看板が、錆び付いたまま貼り付けられていた。

「スゲー!タイムスリップしたみたい。倉庫ですかね?まさか馬でも飼ってたのかな?」

桜井刑事が興奮して眺めていると、先程帰った三人の老人の一人が戻って来た。

「ほれ、コーヒーやっから」

そう言いながら、割烹着の左右に一本ずつ入れてあった缶コーヒーを取り出し、二人の刑事に渡した。

「うわ、あったかい!ありがとうございます」

桜井刑事の喜ぶ姿を見て老人は満足気だった。そしてどこへやら指を差した。

「あそこの家の、ハチマキしてるじーさん見えるか?」

老人が指差した先は、旧丸誠商店の三軒隣。なるほど、手拭いを頭に巻いた老人男性が窓際で何やら作業している。

「はい、見えます」

矢野刑事が答えると

「この辺の事や丸誠の事はあのじーさんみんな知ってっから。九十過ぎでるこの辺の長老だ。知りてぇ事あったら行ってみるといい」

と言いながら老人は帰ろうと歩き出した。

「あの、お、名前は?あの..」

急いで後ろから桜井刑事が声をかけた。

「平蔵さんだぁ」

そう言ってまたとぼとぼ歩き出した。

「いやぁ、聞いたのおばあちゃんの名前だったんだけど...」

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