第6話 容疑者 山村誠次
二人の刑事は千葉県に降り立った。そして山村誠次の勤め先に近い警察署で話を聞くことにする。
次男 山村誠次の聴取
「仕事がありますので手短に願います」
と、面倒な仕事を片付けたいというように、誠次は愛想のない態度だった。肌が白く細身で、顔立ちがフミと似ている。
矢野刑事が誠次に向かいに座るように促し、自分も腰掛けながら質問を始めた。
「早速ですがあの夜七時頃、フミさんを見に行った時の様子聞かせてもらえますか?」
「帰り際、妹二人と代わる代わる部屋の戸を開けてその場から覗いた、それだけです」
「フミさんの様子はどうでしたか?」
「コタツに入ってるうちに寝てしまった。電気もついてなかったので、"つい" 寝てしまったのだろう、そう思いました」
「"つい"寝てしまった?」
「寒かったんでしょう。何もなくずっと布団にくるまってましたから。誠がコタツを置いてやった時は嬉しそうでしたよ。温かくなって寝てしまったのだと思い、そっとしておこうとしただけです」
「フミさんは認知症だったんですか?」
矢野刑事の問いに首を傾けた。
「そうだ、とも言えるし、そうでない、とも聞くし」
「そうでない、とは誰から聞いたんですか?」
「妹の緑です」
「緑さんはなんと?」
「母さんがいじめられてるから助けてくれと」
「誰に?」
「姉にと言うんですが、私に言われてもね」
矢野刑事が食い付いた。
「認知症の症状は『お金を取られる』『ご飯を食べさせてもらえない』『暴力をふるわれる』というふうだと聞きました。認知症ではなくいじめられていると?」
誠次は溜め息をついた。
「知りませんよ、直接見たわけでないし。実際、実家の事や親の事で "次男" だからって報告されるのは正直迷惑ですからね」
「迷惑?」
「私は何十年も前に実家を出てこの地で家庭をもち働いてます。今更実家に口を出して揉め事に巻き込まれたくない。私はね、六十五まで何がなんでも今の会社にしがみつきたいんです。今回の事だってリストラの理由にならないか心配で仕方ないんですよ!」
誠次は母親が死んだことよりトラブルに巻き込まれた事にイライラしているようだった。
矢野刑事が平静に続けた。
「兄嫁の志津さんはどんな方ですか?」
「面倒見のいい人ですよ」
返事をせず、矢野刑事がじっと見つめた。
「妹達には違うようなので後はそっちに聞いてください」
誠次はそっぽを向いてムッとした。
矢野刑事がじっと見つめた後、メモを見ながら何気なく聞いた。
「ご兄弟、三男の誠さんまで名前に皆『誠』の字がつくんですね」
誠次はフッ笑って答えた。
「跡を継いでもらう為ですよ。丸誠商店は父の名前、『誠助』からついてます。長男が継げなかったら次男。ところが私は体が弱く、子供の頃病気で危うく死ぬところだったと聞いてます。それで三番目も『誠』の字がついたんですよ。昔の人の考えることです」
「なるほど」
矢野刑事が納得したように相づちを打ち、質問を続けた。
「あの日、ご兄弟以外に誰か訪ねてきたりしませんでしたか?」
誠次は少し目線を上にして思い出そうとしている。
「誰も来てないと思います」
「一日通して誰も?」
「はい、タエちゃんも見なかったしな...」
まだ、上の方を見ている誠次に矢野刑事が言った。
「親戚だそうですね。その、タエさん?」
誠次が目線を正面に向けた。
「みんなそう言ってましたか?」
矢野刑事は眉をピクッとさせたが、頷いた。
「はい、そう言ってました」
誠次の表情に優しさが見えた。
「ずっと近くにいたんでね、家族みたいなもんですよ」
矢野刑事が深呼吸した。
「お兄さんの経済状況はご存じでしたか?」
誠次は首を振った。
「いいえ。むしろそういうことは見たり聞いたりするのも避けてきました」
「なるほど。ではフミさんの預金や生命保険の事は何か聞いてますか?」
「保険は知りません。通帳は前まで妹の緑が預かってたと聞きました」
矢野刑事が少し身を乗り出した。
「誠一さんの娘の...えっと、百合さんの前に持ってたということですか?」
「ええ」
誠次は頷いた。
矢野刑事は少し間を置いてから例の写真を取り出した。
「これはフミさんの側にあったものです。心当たりは?」
誠次は写真を見下ろして答えた。
「さあ、私は知りません」
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