第7話 容疑者 平野清子

 二人の刑事は神奈川に移動した。そこには山村兄弟の一番下の妹 清子がいる。清子は看護師として働いている。こちらも職場に程近い警察署で話を聞くことにした。


 次女 平野清子の聴取

「お疲れのところ、恐れ入ります」

仕事帰りの清子は疲れの色が見えた。清子も誠次と同様に色白で痩せており、誠次程ではないがフミに似ている。

「時間かかりますか?子供に夕飯作らなきゃないので」

そう言って清子は携帯で時間を確認した。

「お手間はとらせません。では早速...フミさんの死亡の原因である青酸カリの出所について心当たりはありますか?」

清子は目を開いて驚きを見せた。

「私を疑ってるんですか?私が看護師で、病院勤務だから?私が持ち出したと?」

清子は憤慨して正面にいる刑事を睨んだ。

「違いますか?」

正面にいる矢野刑事が凄んだ。

清子は呼吸を整え、冷静を心掛けるように返答した。

「ええ、違います。どうぞ病院を調べて下さい。この事が知れてから、病院の方でも劇薬や他の薬品についても管理とか保管とか調べられました。異常がなかったから今も私が働けてるんです!」

矢野刑事が清子をじっと見てから

「そうですか」

と言った。清子はフンと鼻を鳴らし正面で腕組みをした

矢野刑事が例の写真を取り出し机の上に置き、清子の目の前へ押し出した。

「これに見覚えがありますか?」

清子は写真の中の黒い小瓶を見下ろした後、写真を押し戻しながら答えた。

「ありません」

矢野刑事が続けた。

「フミさんが亡くなった日の夜七時頃、ご兄弟で代わる代わるフミさんの様子を見たようですが、看護師の目から見てどうでしたか?」

清子が眉間にシワを寄せた。

「私だって他の兄弟と同じ様に戸の隙間から覗いただけです。暗かったし、寝てると思いました。看護師なのにおかしいですか?その後、何かあったかも知れないじゃないですか!」

清子は"看護師" を強調されることにイライラしているようだ。

「フミさんは認知症でしたか?」

「そう聞いてます」

「あなたから見てそうだと思いましたか?」

「認知症は家族以外の人に会うとそう見えない場合もありますし、私もほとんど実家に帰らないんで。実家に帰ってもほんのニ、三日なのであわただしくて母と二人でゆっくり話するのもなかなか...…」

矢野刑事が質問を続けた。

「二人きりで話すことがなかった?」

「お墓参りに行ったり親戚や近所に挨拶したり、人に会ってばかりで。姉に言われてあちこち出掛けてばかり...」

「ほう。姉とは志津さんのことですね?志津さんがあえて二人きりにしないようにしてたとは思いませんでした?」

「え?...」

清子はスッと血の気が引いたようだった。

「志津さんはどんな方ですか?子供の頃一緒に暮らした経験もあると伺ってます。子供の頃の印象でもいいですので...」

清子は目を伏せうつ向いた。

「私は嫌われてたので...」

矢野刑事は柔らかい声で聞いた。

「どうして?」

「末っ子なので、父親に可愛がられていたから」

「何か意地悪な事でもされましたか?」

清子は少し迷ったようだが、意を決したように話し出した。

「子供頃、私が怪我をするように仕組んでるんじゃないかって思うことが何度かありました。私が通る所に熱い味噌汁の入った鍋を、蓋を開けて床に置いてたり、食器棚を開けたら頭の上から食器が雪崩落ちて来たり。私はその度に怪我をしてました」

二人の刑事は固い顔になった。

「同じことがフミさんに起きてるとは思いませんか?」

清子は首を振り

「でも、だって一緒に暮らす人に託すしかないじゃないですか!私だって心配だけど十年前に離婚して、母親をどうにかする余裕なんて無いんですよ。自分の生活で精一杯なんです!」

と絞り出した。

「離婚した時、ご実家を頼ったりは?」

「出来ませんよ!姉が何て言うか!」

清子は涙を浮かべながら今までの鬱憤を晴らすかのように訴えた。

「子供抱えて離婚した時、アパートの保証人になってくれお金を出してくれたのは千葉の兄です。仕事が決まっても初給料が出るまで力になってくれたのはI市の姉です。実家の姉は別れた夫からの慰謝料を自分に渡せと要求してきたんです!親の面倒見てるんだからって!でも慰謝料なんか貰ってない!」

頬を伝った涙を手で拭い、戸惑った顔をした清子は

「まさか...姉が?」

と呟いた。

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