第13話 フミとタケ子と飯屋
時雄のフミへの仕打ちに雪乃は泣いてすがり、謝っていたが、フミは雪乃に心配させぬよう笑顔で出て行った。そして、山村荘から200m程先の山村家の畑の道路に面した所に小さな小屋を立て、タケ子と共に小さな食堂を開いた。食堂の暖簾には"誠助の帰る場所" という思いを込めて "丸誠飯や" と描いた。店の裏には広い畑がまだまだ広がっている。その食材を活用して、フミとタケ子は武を交互に背負いながら懸命に働いた。朝はまだ薄暗いうちから畑仕事をし、それから店の準備をして昼時に間に合うように店を開け、閉店するのは毎日飲み客が帰った後。フミの色白の肌はすっかり色黒となり、手は皮が厚くなって冬になると指先の至る所が裂けて血を滲ませ傷んだ。それでもタケ子と二人、休まず店を続けた。元々、旅館で料理の腕を振るっていた二人だけに、店はすこぶる評判も良く、売上が上がれば魚も仕入れ、客に出す料理も増えていった。
村の男達は次々戦争に駆り出され、村はだんだん活気を無くしていった。女所帯となった家は、貧しくなるところも多かった。食べ物も少なくなり、店の前では料理の匂いに釣られ、立ち止まる子供が見られるようになった。すると、フミは戸を開け、ニコっと笑うと
「母ちゃんと兄弟で食べらい」
と言って惣菜や握り飯を、店の前で腹を減らし立ちすくんでいる子供に抱かせた。そうすると、すぐにその子の母親が店にすっ飛んできて「貰ういわれはねぇ」
と返しに来た。フミはニコっと笑うと
「うちは畑があるから大丈夫。父ちゃん帰ってきたらみんなで食べに来ざいん。それだけでうんと嬉しいがら」
と言ってのけた。すると、気を張り詰めていた子供の母親は力が抜け、涙を流しながら何度も頭を下げ、感謝した。フミがそうした子供は、一人や二人ではなかった。そして、フミのこの行いは、畑の野菜泥棒も防いだ。お金のある人からはきちんと代金をもらい、無い人へはこっそり分け与えた。村の人々は、この恩を忘れなかった。
タケ子の息子の武は、二人の母の元、すくすく育った。武は成長するにつれ、タケ子を「おっかぁ」、フミを「母ちゃん」と呼んだ。フミとタケ子は、まるで姉妹のように労りあい、支えあい、共に信頼し、喜びも悲しみも痛みも分かち合い、懸命に武を守りながら誠助の帰りを待った。
終戦となり、武が小さな手伝いが出来るようになると、誠助は幼なじみの平蔵と共に村に帰ってきた。フミとタケ子はやっと叶った願いに、心底喜び安堵した。フミは、誠助の頬がこけ、真っ黒になり痩せこけた姿に、国のため、大事な人々を守るために命を懸けた夫を誇り、また、無事に帰ったことが心底嬉しかった。
誠助はフミの元気な姿を見て安心したと同時に、ボロになった着物を繕い、色白の肌は失せ、自分と同じ様に痩せた姿に心を痛めた。と同時に、自分の新たな責任を覚悟した。
山村荘での事は、誠助は何も言わず受け止めた。そして、武の成長に目を細め、喜んだ。
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