第16話 父親

 武を失った山村家は、大事な灯火を失ったかのように暗く、寂しく、不安になった。子供達にとっては "一番頼りの武兄ちゃん" がどこを見渡しても見えない心細さを抱き、タケ子は心配と同時に誠助に申し訳ない気持ちを抱き、誠助とフミは心配と同時に "話すべきではなかったのだろうか" という葛藤を抱えた。 

 そして、一ヶ月が過ぎ、三ヶ月、半年と武のいない月日は流れた。そのうち帰ってくる、いずれ帰ってくる、いつか帰ってくる、本当に帰ってくるのか?もしや武に何かあったのでは?日を追う毎に不安が募る。

 武が家を飛び出した一年後、誠助の元に「武かもしれない」という情報が入った。誠助は急ぎ単身で情報のあった場所へ向かった。

東京へ。


 連絡をくれたのは知人を介して依頼していた探偵だった。案内されるまま、ある古本屋へ入った。店の中から窓の外を伺うと、正面のビルの入り口に暴力団らしき看板ある。探偵は、そこに出入りする人物を確認するよう誠助に言うと、店を出た。誠助は、どんな現実でも受け入れる覚悟で、立ち読みをするふりをしながら外を監視した。三十分程経った頃、まだ幼さが残るような若いチンピラが、数人のヤクザ風の大人に捕まれながら向かいのビルに入っていくのが見えた。

「武!」

若者は間違いなく武だ。誠助が育て、愛した息子だ。誠助は急いで店を出て、向かいのビルの入口目指して走った。

 ビルの戸を開けながら

「御免ください!」

と、声をかけた。奥から二十代と思われる男が現れた。誠助は「息子を迎えに来た」と言いながら、止める男を押し避けながら男が出てきた部屋へ向かった。追いかける男の怒号も、部屋の中のヤクザ達の威嚇も罵声も、誠助の耳には届かなかった。ただ、武を探す自分の目に集中していた。

 部屋の中心に膝をつかされ、押さえ込まれている武が目に入った。ハッとして周りを見ると、部屋の壁には武器が沢山立て掛け、置かれてあり、武の正面には、一段と貫禄のある七十代と思われる男が座っていた。

「誰やオッサン」

周りの一人が凄んできた。

「そこにいる武の父親です。息子を返してください」

誠助のその声に驚き、武が振り向いた。誠助は武と目が合った。武は目尻を青くして頬は腫れていた。武を押さえ込んでる男は、更に強く力を入れた。歯を食いしばった武の目には涙が滲んだ。

「親父さんかい。こいつは俺の大事な仕事をしくじった。ケジメをつけなきゃ、周りに示しがつかねぇ。大体、こいつはあんたから逃げて来たんだろ?」

正面の頭らしき男が誠助に言った。

「それは年を重ねた私の、勝手な思い込みのせいだ」

誠助はじっとその男の目を見て答えた。

「ほう。俺も年を重ねてはいるが、間違ってるつもりはねぇ」

男はそう言うとドスを抜いて見せた。誠助はキラリと光った刃が目に写った瞬間、壁に立て掛けてある武器の中から日本刀を掴み取り、すらりと鞘から抜き、刃を頭の男へ向けて構えた。

 周りの子分どもは一斉に武器を取り、誠助を取り囲んだ。武を押さえていた男もそれに加わった。

「お願いです!父ちゃんに手ぇ出さないで下さい!悪いのおらです!父ちゃんにはやめて下さい!」

武が必死に懇願した。が、その武の声よりも更に大きな声で、誠助は戦争時代の自分の軍の所属、部隊名、位、姓名を名乗った。

 周りに緊張が走った。

「ここは戦場とみていいんだな?一度はお国の為に捧げた命。兵士にとって国とは、そこに生きる家族や大事な者のことだ。それを守るために命を懸けた。息子を守るためなら命なんか惜しくない。生き残った軍人なめるな!!」

誠助の落ち着いた声とは裏腹に、武は誠助の静かな物腰の中に宿る獣のような鋭い目付きに身震いした。子供の頃に見た、細い棒の付いた白くて丸い小さな綿のようなもので、刀の刃をポンポンと優しく叩きながら、穏やかに日本刀の手入れをしていた誠助とはまるで違う目の前の姿に、武は息をのみ、見入った。

「下がれ!」

頭の男が子分達に命令し、武器を下ろさせた。頭の男は抜いたドスを鞘へ戻すと立ち上がって、誠助と正面から向き合った。

「軍人さんでしたか。ご苦労さんでした。武は親父さんに免じてお返し致します。ですが、そちらの社会があるように、うちの世界にも決まりがあるんですわ。ケジメつけさせたら返します。安心してくだせぇ。命までとらん」

そう言って頭の男は誠助に外で待つように言った。誠助は男の目をじっと見つめた後、刀を鞘へ戻し、近くにいた子分へ渡した。

「失礼しました。あなたを信用して、外で待ちます」

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