第15話 本当の父親

 丸誠商店は、運送業兼O町唯一のスーパーマーケット型の何でも揃う店として繁盛した。末っ子の清子も生まれて、山村家は誠助、フミ夫婦に五人の子供達と、住み込みで働くタケ子と武親子の九人家族となり、賑やかながらも忙しく、それぞれが自分の出来る子守りや店番、配達など、仕事を見つけ手伝いながら頑張って働いた。誠助も町議会議員の仕事と掛け持ちながら、町民の信頼を裏切るまいと、精一杯仕事をした。

 武は中学卒業式後、誠助にお金の心配はいらないから進学するよう言われたが、「これで精一杯この店のために働ける。忙しい父ちゃんの代わりになれるよう頑張る」と、進学を固辞し働くことを宣言した。

 しばらくして、武が車の運転免許を取得しようと準備をしていたある日、誠助が「話がある」と武を呼んだ。察したフミは子供達を集め、別の部屋へ移動させた。武は「仕事の話だろう」と思い誠助の待つ部屋へ行くと、そこには既にタケ子もいた。部屋へ入ると後ろからフミが一人で戻ってきて部屋の戸を閉めた。武は何か様子がおかしいのに気付いた。

(一体なんだろう。おらは何かやらかしただろうか?これから何か怒られるのだろうか?)

「武、こっちさ来て座れ」

誠助が煙草を灰皿にギュッと揉み消しながら言った。母のタケ子も緊張した面持ちで武に頷いた。武はフミの顔を見た。フミは口元に笑みを浮かべたが、緊張した目をして武に頷いてみせ、武の背中にそっと手をあて、誠助のそばに座らせた。

「何したの?父ちゃん?」

武は叱られる時の子供のような顔で、誠助の顔を覗いた。誠助は武の方に体を向け、しっかり目を見て話し出した。

「武、お前の本当の父親のことが分かった。藤井正という人だ。戦争で亡くなってはいたが、間違いない。分かった以上、これからは "山村" ではなく、"藤井" を名乗れ」

誠助が町議会議員になった本当の理由は、まさにこれだった。武に本当の名前を見つけてやることだった。そのために議員になり、タケ子のおぼろ気な記憶を元に、手を尽くして探した。手掛かりを見付けると、あとは自分でお金と人を使いながら探した。そして、ようやく見つけ出したのだった。しかし、タケ子とその男は結婚していた訳ではない。タケ子を追い出した奉公先に出入りしていた行商で、「迎えに来る」と言ったまま、二度とタケ子の前に現れなかった。

 武は頭が真っ白になった。訳がわからない。言葉にならない言葉を出そうとするも、声がでない。父ちゃんの話なんか聞きたくない。そう思っていても、誠助の言葉が耳に入ってくる。

「いいか、武。お前の本当の父ちゃんは戦争で死んだ。おらよりもずっと前に徴兵され、おっかぁと武を迎えに行けなかったんだ。お前はその人の血を引いている。本当の父ちゃんのためにも " 藤井" を名乗るんだ」

突然、武の顔が真っ赤になり、怒りに歪んだ。

「おらを育ててくれたのはここにいる父ちゃんだ!この父ちゃん以外いらない!おらは" 山村" がいい!他の名前なんかいらない!」

武は立ち上がり、ずりずりと足を引き釣り誠助を向いたまま後ろに下がった。武の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「父ちゃんの子じゃダメなのか?それなら、おら、ここ出てく」

ハッとした誠助が急いで立ち上がったが遅かった。抱き止めるフミを振り払い、武は山村家を飛び出した。

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