落魄

佐藤柊

第1話 親族会議

平成二十二年

 田舎のある小さな平屋戸建ての借家では、親族会議が行われていた。この家に住むのは、山村誠一と妻の志津。そして、年老いた誠一の母、フミ。フミは今、奥の小さな四畳半の部屋に籠っている。

 居間に顔を揃えてるのはフミの五人の子供達。長男の誠一夫婦を始め、次男の山村誠次、三男の山村誠と妻の佳寿子、長女の相澤緑、次女の平野清子。

「父さん母さんの財産を全部失くしてしまって!こんなところに引っ越してくるなんて恥さらしな!誠一兄ちゃんがしっかりしてないから悪いのよ!」

興奮して誠一を責め立ててるのは長女の緑だ。誠一夫婦は父、母が築いてきた家や土地等、財産の全てを借金の形に銀行に取り上げられ競売物件となり、着の身着のまま隣町の借家に高齢の母を連れて引っ越していた。

「兄に向かってその言い方はないでしょう!」

誠一の妻の志津と緑の口論となってしまう。緑は志津に顔を向けながら声を荒げた。

「父さんが死んだとき『母さんの面倒見るんだから黙って判を押せ』って財産放棄させたの誠一兄ちゃんじゃない!私達一銭も貰ってないのに全部失くしたのよ!」

誠一は体格のいい大きな背を丸め、押し黙っていた。その代わり志津が大きな声を上げた。

「お義母さんから引き継いだ時には既に百万の借金があったのよ!そこから今にきてるのよ!」

「その頃は倉庫に商品の在庫が山のように積んであったわよ!ちゃんと回収できるだけの仕入れがしてあった!」

「今話すのはそういうことと違うだろ!」

三男の誠が二人を黙らせようと口を挟んだ。

「もう無いものを何だかんだ言ってもしぁないだろ。これからどうするか話すために俺もわざわざ千葉から来たんだからさぁ」

「そうよ、私も仕事無理に休みをとって神奈川から来たんだから、ちゃんと話そうよ」

次男の誠次と次女の清子が口々に言った。緑がどうしようもなく悔しげに呟いた。

「二人は遠くにいるからいいけど、私はO町の人に会う度に『マルセイの娘』って未だに言われるのよ。O町で "マルセイ" 知らない人いないもの」


 フミは奥の部屋で聞いていた。いや、聞こえていた。3Kの壁の薄い小さな借家である。嫌でも耳に入ってきた。フミは溢れる涙をちり紙で押さえていた。


 夜も七時を回った。

「俺らそろそろ帰るから」

誠と妻の佳寿子が目で合図しながら立ち上がった。

「どれ、母さん見てから行くか」

誠が暗い座敷を渡り、フミがいる部屋の戸を開けた。

「母さん俺行くから...あ、寝てるのか」

戸を開けるとフミはコタツに横になって寝ているようだった。

「母さん寝てたからこのまま行くわ」

戻って来た誠が皆に向かって挨拶し、佳寿子は小さな声で志津に向かって

「何か足りないものがあったら言ってね」

と声をかけ、誠夫婦は帰っていった。


 緑が誠次と清子に目配せをした。

「私達も母さん見て帰ろうか」

志津が思い出したようにハッとして三人を見上げた。

「誠次さん、清子ちゃん、ご飯は?泊まらないの?」

すると緑が厳しい口調で言った。

「こんな狭い家のどこに寝る場所があるの!二人とも私の所に泊まって明日の朝帰るの!」

誠次と清子はばつが悪そうに顔を背けながら上着を羽織った。


 急に皆がいなくなり、静かになった。

誠一は一人立ち上がり、フミの元に向かった。

「父さんが生きてた頃は実家だ、本家だと人が集まって、みんなでうちへ泊まって、いつも賑やかだったな...」

そう呟きながら座敷を通り、フミのいる部屋の戸を開けた。フミは電気も付けずにコタツで寝ているようだった。

「そんなんじゃ風邪引くぞ」

そう声をかけた誠一の目から涙が溢れた。

「母さんごめん。みんな無くしちまった」

誠一は部屋の入り口に立ったまま、手で顔を覆った。


 翌日、コタツに入ったままフミが死んでいるのが発見された。





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