19 群衆
それから、セトと沢山の話をした。
楽しい話、可笑しい話、そんな話の種を探すうちに、やがて自分の過去を掘り出さざるを得なくなった。
けれど、自分の過去なんてろくな物がない。
幼い頃は、優秀な兄を見てきたからか、劣等感を抱えていた。
でも、成長するにつれて音楽と出会い、それが自分の個性となり、唯一の趣味となったのだ。
アディシーズ帝国では、小学校、中学と進み、高等専門学校で五年間、みっちりと工学技術を叩き込まれてから技術者として働くのが一般的な人生だ。
そんなレールに沿った人生が嫌で、何の個性も無い癖に、他人と違うことを願って博打を打った。その結果がこれ――
なんて話をしたら、せっかくの楽しい雰囲気が台無しになるため、虚構を混じらせながら面白可笑しい話に仕立て上げた。
二人は純粋に笑ってくれたが、それが嗤われてるみたいで、少し怖くなった。
まだ薄明るい早朝にも関わらず、外が騒がしかった。眠い目を擦りながら、カーテンを捲り、外の様子を伺う。
特に、何の変哲もない景色であった。浮遊自動車用のレールがあって、歩道があって、人が――倒れている。
異変を感じたアルベルトは、すぐさまベッドから飛び出て、いつもの服装に着替える。
騒々しさに誘われて、セトが布団から顔を出した。
「アベル……」
そう呟く彼女の声は掠れていて、顔はどこかやつれている。髪も艶がなく、ボサボサだった。
「頭がいたいよ……」
「大丈夫……?」
薬は打ったばかりだ。こうも早く効力が切れる筈がない。
ただ、セトの苦しむ様子を見ていると、こっちまで息が詰まる。頭を擦ってやることしか出来ない自分の無力さに、嫌気が差す。
ゲホゲホ、とシーツの中でルルワが咳き込む音がする。
〈
何れにせよ、今は何もしてやれなかった。
「ごめんなさい。少し、安静にしててね」
「お仕事……?」
「うん、すぐ戻るから」
微かに汗ばむ、冷たい額を撫でてから、アルベルトは彼女を一瞥して部屋を出る。
ルルワの咳き込む音が、不安感を駆り立てた。正直、外の様子よりも、この子達の方が何十倍も心配であった。
部屋を出ると、コートを羽織り、外へ向かおうとしているウリとすれ違った。
「……」
「ウリ、何かあったの?」
「〈
焦る彼女とは正反対に、淡々と質問に答えるウリ。まだ信用されていないようだった。
「お前も来い。ミカ達を援護しろ」
ギアを手にし、ウリは外に向かって駆け出していった。
近所に〈
アルベルトは不穏に思いつつも、彼の跡を追うのだった。
◇
「騒がしいですね……」
「第七区に〈
カイの女秘書は、ソファに座って紅茶を嗜みながらそう告げる。
「七区ですか、彼らが何とかしてくれるでしょう」
「では、防衛隊は?」
「必要があれば行かせなさい。異端者傭兵の戦場に赴かせるのはかえって危険だ」
紅茶を啜っていた秘書が、突然むせて、カップに入った液体の様子を伺った。
「……おや。不味かったですか?」
「いえ……何だか、口の痺れる感覚が」
カイは目を細めて「ほう……苦しくなる前に、医者に当たるべきですよ」とにこやかに告げた。
◇
浮遊自動車が渋滞を引き起こしている。その原因となるのは、道の真ん中で煙を上げる一台の車。
その車体に巻き付いている
轟、と唸る爆破の後に、黒煙と爆風が充満し、歩道を蜈蚣の群れが這いつくばった。
人々を次々絞め殺す蜈蚣の群れ。
その内の一体を、一本の鎖が貫いた。
「ひっ……異端者傭兵……!? も、もうおしまいだ!」
命拾いした男は、剣を構えるアルベルトを見て絶叫する。
路地裏へと逃げた事を確認し、トリガーを引いて
化け物の寸前まで迫り、剣を振るう。飛び散る汚しい液体をも切り裂きながら、蜈蚣型を一体塵に返す。
しかし、上から降ってくる新手に気づかず、身体へ巻き付かれてしまう。凄まじい力で締め付けられ、嗚咽が漏れ、唾液が口端から零れ落ちた。
胸元で構えたアーサーブラストのトリガーを引き、噴き出る焔で蜈蚣の甲殻を焼き払い、ようやく解放された。折れた肋骨と火傷が再生する痛みに悶えながら、再び
彼女が持つ形態変化コアは“解放”のみ。アーサーブラストに使うと、ただ鎖が伸びるだけの効果。
単体ではあまり強くない武器にとっては、ちっぽけな強化だ。
電磁誘導レールの上から、大量の蜈蚣が這い出てきて、アルベルトは絶句する。
更に推進剤を燃やして、上へ上へと上がっていくが、諦める気配はなかった。
屋上まで達すると、そこに居たのはウリであった。
彼を信じ、左へ転がった。
無機質な電子音が鳴り響き、彼のアケチノアグリスの装甲が音を立てて展開し、中から無数の鉄球が飛び出す。
その鉄球を渾身の力で殴り、蜈蚣の群衆へと飛ばす。
やがて鉄球は破裂。中に含んだ膨大なエネルギーを光線として放出し、蜈蚣達を藻屑のように一掃した。
ひとまずは落ち着きを得たアルベルト。ウリの方へ目を向けると、サングラスの後ろにある眼で、じっとこちらを見つめていた。
「お前……今俺を“信用した”のか?」
確信を突かれたため戸惑うも、嘘ではないため頷く。
――どうしても、消えないあの疑問が頭を過る。
「……教えてくれない? 私の兄が、ウリやラファ、ミカに何をしたのか」
誰も答えてくれなかった問いを、彼にぶつけた。
ウリはサングラスを外し、鮮やかな蒼い瞳を晒した。
「“実験”だ。カイ・エヴァプティ……お前の兄貴は、元々優秀な研究者だった――」
アルベルトは、息を呑みながらその話に耳を傾けた。
彼が言うには、カイの研究に参加させられたミカ達――つまりは現ネクロムの兵士は、“地獄のような苦しみ”を味わったらしい。
傷再生の過程、中にいる外怪物の反応、ましてや細胞……全てを確認するため、耐え難い行為に延々と耐え続けたのだという。
「信じられない……って顔だな」
顔を逸し、青ざめるアルベルトは、肩を震わせた。
「お前の目には“優しいお兄ちゃん”に写ってたのだろうな。でも、皆奴を恨んでる。俺もそうだ」
「正直言って、俺はお前が怖い。皆もそうだろう。ラファも、ミカも。司令の血を引くお前が、怖くて仕方がない」
思わず目を閉じた。目蓋が異様に重くて、ビクビクと痙攣している。
自分は何処までも異端者なのだと、痛感させられた。
泣きそうになるのを堪えて、歯を食いしばる。
「……まぁ。ガブはお前の事を怖がるのはやめたらしい。……だから、俺もお前の事を怖がるのはやめる」
微かに細まる蒼い眼で、彼女の事を見据えながら、ウリは言い、サングラスをかけた。
「立ち止まるな。まだ敵は大量にいる」
アケチノアグリスを構え直したウリは、癖なのか、サングラスを人差し指でくい、と上げた。
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