4 薄明るい夕暮れ時

 スルトを加え、アルベルトは研究施設の探索を再開した。 

 体育館のように大きな空間を抜ければ、次に待ち受けるのは狭い通路。頭から天井まで、自分の頭一つ分くらいしかないし、二人が両腕を辛うじて広げられるくらいの幅しかない。



 事ある毎に、彼女が抱きついてくる。でも、味方がいるというのはこの上なく心強かった。


 彼女もまた、アルベルトと同じように“フォービデンギア”を扱う事ができる。


 そもそもフォービデンギアとは、この国の資料室に眠っていた、あまりに危険過ぎる為に没にされた兵器の設計図を元に、新たに造られた武器の総称だ。

 普段は鎖に縛られた鉄の球体として存在しているが、使用者の指紋を感知すると、鎖から解き放たれ、本来の形へ変形する。


 アルベルトのアーサーブラストは、剣の内部で膨大な炎を巻き起こし、それを噴出する事で、爆発的な推進力を得ることができる。

 普通の人間が使えば、内臓が潰れたり、骨が折れたり、まずまず、姿勢を保ったままにする事も難しいだろう。

 だが常軌を逸した怪物をその身に秘めるアルベルトであれば、卓越した身体能力を活かし、使いこなす事が可能だ。彼女自身、使い慣れるのにはかなりの苦労を要したが。


 〈外怪物アウトワルド〉は、今や何処にでもいる脅威。

 街中でも普通に出会うことがあるだから、こんな人気の一つもない地下など、何処かに潜んでるに決まってる。


「アベル。もしこんなとこで敵と出くわしても、それ、使ったら駄目よ」


 アルベルトはぎくり、と肩をピクつかせた。

 彼女のアーサーブラストの長所でもあり短所でもあるのは、その爆発的な推進力による高速移動。

 この狭い通路でそれをやれば――考えたくもない。

 できれば、敵と遭遇したくはなかったが――。



 その不安が的中したのか、突如、天井のダクトが落ちてきて、穴から狼の〈外怪物アウトワルド〉が降ってくる。――しかも三体。


 戦おうとしたアルベルトを制し、スルトは鎖で縛られた球体を手に取った。


「下がっててよ。かわいいお顔が傷つくの、見たくないの」


 取り出した球体に触れ、スルトは蒼く輝くそれを地面に向かって落とす。

 ギアを起動し、彼女とは正反対に、蒼い光が球体となって、分裂した大量の鉄片を呼び寄せ、銃の形を作り出していく。


 形成が完了し、落ちてゆくそれをキャッチする。 

 蒼く輝くラインが入った、白銀の重装甲で構成されている散弾銃、レーヴァガン。

 彼女の扱う、禁断の兵器だ。


 狼の一体が、狭い通路にも関わらず、全力疾走で四肢を踏みしめて、こちらへ向かってきた。


 されど、スルトは怯まず、奴へ銃口を向け続けた。


 冷徹な顔つきで、引き金を引く。


 刹那、闇を斬り裂く真紫の閃光が走り、銃口からエネルギー弾が射出された。


 狼目掛けて突き進むその弾は、やがて破裂するように弾け、無数の小さな弾丸となり、壁を天井を、床を反射して、縦横無尽に駆け巡った。


 狼は至る所を貫かれ、蜂の巣のようになり、塵となって消えていく。


 その塵を掻き消し、荒れ狂う二頭の狼。


 再び放たれたエネルギー弾が爆ぜ、無数の閃光が薄暗闇を乱反射する。

 間髪入れずもう一発放てば、もはや狼達は原型を留めないくらいに撃ち抜かれ、弾が消え去る頃には、既にその姿は無かった。


「――アベル、怪我はなぁい?」


 途端にこちらを振り向き、無邪気な笑みを見せてくるスルト。

 そんな彼女に、アルベルトは「え、えぇ」と何とも言えない反応を返すほかなかった。




 ◇




 だいぶ奥まで進んできたと思われる頃、二人は小部屋を見つけ、そこに入っていた。


 その部屋は何かを研究しているような設備が沢山揃っており、まだ起動する、一台のコンピューターも放棄されたままであった。そんな部屋が、ここら付近にはいくつも並んでいる。


「……映った?」

「うーん、どれもデータが破損してるわ」


 スルトが前屈みになりながら、キーボードを操作していた。

 展開されたホログラムには、怖い文字列で埋め尽くされており、どのデータも見れたものじゃなかった。


「まぁ……何かの研究データって事は確かでしょうね」

「ふーん……私は、そういうのよくわからないから……何とも言えないけど」


 アルベルトは彼女の隣に立ち、同じように前屈みの姿勢を取った。

 そして、邪魔な髪を掻き分けて耳へかける。


 覗く白い首筋に、スルトの目は釘付けになっていた。


「アベル……」

「?……」


 何故か緊迫が走り、アルベルトの表情が引きつった。



「その仕草、もう一回やって?」



 その空気を破ったのは、そんなしょうもない頼みだった。


「……」

「おねがい! さっきの仕草色っぽくてアベルがやるとすっごく映えるの!」


 肩を捕まれ、前へ後ろへぶんぶん揺らされる。アルベルトは硬直し、ただ揺られるだけであった。

 止まらない彼女を制し、一旦動きを止めた。


 早く済ませてしまおう、とアルベルトは少し上目遣いになりながら、髪を掻き分けて、耳にかけた。


 すると、スルトの顔が、ぱぁっと明るくなって、悶絶しながら顔を俯かせる。


「たまんない……! 最高……! そのふてくされたような表情が最高に唆る……!」


 早口になり、足踏みをして凄まじい音を響き渡らせながら、スルトは感想をひたすらに吐き出した。

 アルベルトは苦く笑っている。


「ほ、ほらスルト……もう少し、探してみてよ。まだ残ってるデータがあるかもでしょ」

「うん! アベルのあれが見れたから、私、もっと頑張れちゃう!」


 そう意気込んでから、スルトはキーボードを物凄い勢いでタイプしていく。

 なるまでの過程が異常なだけで、その気になれば彼女はなんだってできる。


 ――異常。

 果たしてそれは、アルベルトにとっては“異常”であるかもしれないが、スルトにとっては“正常”であるかもしれない。


 そうした考えの間に生まれるのが“違い”だ。


 自分たちヘレティクトは、それのせいで今まで全世界の人間から蔑まれ、虐げられ、疎遠されてきたのだ。


 今の事を、口走らないで良かった、とアルベルトは正直安心した。


「お? アベル、これみて」


 呆然でしていたアルベルトを、スルトが引っ張ってホログラ厶の前へ強引に固定させる。


 映し出されているのは、まともな文章であった。


「……“第六地下研究施設”レポート」


 第六、という事は、第五があり、第七があるかもしれないということ。


「こんな施設が何個もあるって事かしら……政府の物でもMTものでもなさそうね」


 下へ下へスクロールしていくと、ピタリ、とその動きが止まった。

 不審に思ったアルベルトが、その文章をよく眺める。



「……! 〈異端者ヘレティクト〉の被検体番号……?!」



 そこには、ずらっと並んだ三桁の数字と共に、驚くべき事が記されてあった。


「被検体……って、まさか……ね」


 スルトは、その文章をなにかの冗談だと思っているようだ。否、正しくは、そう思いたいか。


「人の名前まで……」


 アルベルトは、画面へ釘付けになっていた。その表情は、まさに、危機感に押し潰されている顔そのものであった。


 政府にはこんなことをしている余裕はないだろうし、MTがこの研究をするなど――信じたくはない。


「ア、アベル。落ち着いて。き、きっと何かの間違いよ。誰かのいたずら……そうに違いないわ!」


 スルトは彼女の両手を、自身の掌で包み込んで、必死に宥めた。

 熱い、と感じるくらいに温かい白い手が、ぎゅっとこちらの手を握りしめてくる。その力加減と伝わる鼓動からして、恐れているのは、彼女も同じようであった。


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