3 真っ暗闇の昼下り
この星を襲ったのは、遠い、遠い銀河から遥々やってきたとされる宇宙生命体――〈
降り立った〈
奴らは、人間に寄生する事でしかその数を増やす事ができない。
その過程で生まれたのが〈
虐殺と同時に人への寄生も行われ、数え切れない数の人々が犠牲となった。
一四○億いた人口の約半分が、奴らに虐殺されたり、アルベルトのように、
しばらく僅かな道標しかない、薄闇の中を進んでいると、随分開けた場所へとやってきた。
行った事はないが、言うならば体育館のような広さの空間。
天井付近の壁には対になるように、小さな細長い窓が取り付けられている。
いまにも、白い顔をした老人が覗き込んできそうで怖かった。
やけに重いアタッシュケースを置き、辺りを見渡す。
駄々広い、なにもない部屋だ。動きやすそうで、運動にはもってこいだろう。
突然鳴り響く警笛に、彼女は全身を震え上がらせた。
ガラララ、と勢いよく前方のシェルターが開き、真っ赤なランプが壁や天井に絶え間なく軌跡を描き続ける。
「……ワルド……やっぱり居るのね」
思わず呟くアルベルト。彼女の碧眼に写るのは、二体の〈
赤黒い鱗で覆われた身体、血走った眼に、強靭な四肢。
血に飢えた狼そのものである化け物が、彼女を視界に捉え唸っていた。
ビーストワルド。MTではそう呼称される、個体の一種である。
一斉に遠吠えを上げる。
四肢で床を踏みしめ、恐ろしい勢いで彼女に向かって突っ走ってきた。
戦闘態勢に入る。脇を締め、後ろへ踏みしめた脚へ渾身の力を込めた。
寸前まで近づけた所で、ぐるん、と回転を掛けながら飛翔。
吹き荒れる旋風のように、華奢な脚で薙ぎ払い、狼の顔面に足先を叩き込む。
ミシミシと食い込んでいき、彼女が身体をぐい、と捻れば、顔面を変形させながらぶっ飛んでいった。
もう一体による、振り下ろされた斬撃を軽々と回避。
その反動を利用して、足裏を狼の脇腹へ突きつけた。メキメキ、と何かが砕ける音と共に魚人の身体は明後日の方向へとすっ飛んでいった。
華奢な身体と華蓮な見た目からは想像もつかない強烈な蹴り技で、狼達を近寄らせなかった。
〈
ただ、奴らへ完璧な損傷は与えられていない。〈
足元にあるアタッシュケースを開き、中に保管されている、鎖で縛られた鉄の球体を取り出す。
球体に掌が触れると、赤く発光し始めて、エンジンのような起動音を鳴らす。
赤き光を放つ球体を、上空へ解き放つ。
すると、鎖が弾け飛び、球体はバラバラに分裂。
散乱した球体の鉄片は、やがて中央を浮遊する赤い光の球体によって引き寄せられていき、巨大な剣を空中に形成していった。
形成された剣は、自重により落ちてきて、アルベルトの手へと渡った。
赤き巨剣は、何重にも重ねられた強固な合金装甲で覆われ、何かを噴出させるような細かな穴からは、仄かな熱気が放たれている。
禁断の武器、フォービデンギア。
その名も――アーサーブラスト。
彼女の愛用武器である。
むくっ、と起き上がる狼たち。
首をごきんごきんと鳴らしながら、矛を振りかざし、猪突猛進に突っ込んでくる。
アーサーを構える。グリップ部分にある引き金を力強く押し込めば、中で、何かが激しく爆ぜるような音が鳴り響く。
噴出孔から吹き出た灼熱の焔が、一瞬にして空気を焼き焦がす。
――刹那、焔が爆ぜ、空気が轟、と唸る。
彼女は地面から足を離し、そして――
まるで閃光が走ったようだった。それは、瞬きをする暇も許す事なく、狼の頭をふっ飛ばした。
焦げ臭い臭いが、辺りに充満する。
アーサーの噴出孔は、細々とした黒煙を吐き出していた。
ぐしゃ、と狼の頭が床に追突して赤い雫を散布させる。
あれ程に瞬間的な高速移動をしてもなお、彼女は涼しい顔をして、次なる獲物をその眼に捉えていた。
再度トリガーを押し、爆炎を噴出。
凄まじい推進力を得て、狼に向かって光の速さで突き進む。
回避行動を取ったのが仇となり、狼は空中で身体を真っ二つに斬り裂かれ、肉塊となって転がり、灰となって溶けた。
安堵していたアルベルトの背に降りかかる鈍い痛み。
仰け反りながらも姿勢を保ち、すかさず距離を取った。
首が消えてもなお、その狼は生きていた。
彼女の血が付着した爪を見せつけながら、今は無き瞳でこちらを睨みつけている。
アルベルトは、背中に走る、傷が再生する痛みで頭が回らなくなっていた。立っていられなくなるほどの激痛が、全神経を麻痺させる。
狼は、直立する彼女へ容赦なく襲いかかった。
爪による初撃を剣で防ぐも、二発目は防ぎ切れず、胸部の肉が縦に裂ける。
ぼとりと、大量の血液が床へと垂れ流れた。普通の人間ならこの時点で死んでいる。
そうでないのは彼女が〈
震える脚で、狼と再び距離を取る。
ぐわんと揺らぐ視界を正常に保ち、脚に力を入れた。
太腿に巻き付けたベルト。それに収納されている、小さな鎖で縛られた球体を取り出して、グリップ底の蓋を開けて、ギアの中へ装填する。
ジャラララ、と音を立て、刃の付け根から現れる二対の赤い鎖。
フォービデンギアに仕込まれたリレアチェインと呼ばれる特殊加工の鎖。普段は隠されてあるが、特定のエネルギーが供給されると解き放たれる。
アーサーをぶんと振り回し、チェインを前方へ放つ。
ギアから離れ、勢いよく宙を駆ける深紅の鎖は、首無し狼を縛り付け、身動きは疎か、脚一本さえ動かす事を許さない状態へ陥れた。
腿のベルトからもう一つ球体を取り出し、同じ要領でギアへ装填した。
紅の刃から、赤き光の粒が煙のように漏れ出してきては、空気に溶け込んで消えてゆく。
アーサーブラストが、これまでに無い甲高い音を掻き鳴らす。
噴出孔から蒼白い光が見え隠れし、次第に大きくなっていく。
カッ、と閃光が走ったのを境に、彼女はその場から消えた。
遅れて、空気が凄まじく轟く。斬撃の蒼白き軌跡が浮かび上がって、狼の身体を斬り裂いた。
破裂するのを鎖が抑制し、衝撃波を放ちながら現れる紅い光が外なる怪物の身体を、肉も、皮も、骨も、血すらも残さずに、跡形もなく消し去った。
衝撃波に煽られ、彼女の空髪が激しく踊り狂う。
それが収まると同時に、ギアを手放し、彼女はその場へ蹲ってしまう。
「っ……ぁあ……! ……うぅ……」
背中と胸、双方からやってくる激痛と、傷を再生される不快感に挟まれ、耐えきれなくなったのだ。
真っ赤な水溜まりを作り、その上にしょっぱい水で波紋を生む。
この身体になってから長いが、未だにこの感覚には慣れない。
自身の内に秘める〈
傷が完全に塞がった頃、まだ気持ち悪さが消えなくて蹲っていると、何者かの掌が背中へ乗ってくるのを確かに感じた。
恐る恐る、その正体を確認する。
「大丈夫?」
しゃがんで、こちらに寄り添ってくれている赤髪の女性――朦朧とした意識の中でも、それはスルトだと理解できた。
「……なんで」
「心配だから、ずっと着いてきてたのよ」
アルベルトの顔が青ざめる。
にっこりとして言う彼女からは、底知れない“狂気”すら感じられたからだ。
「酷い傷だったのね……服がこんなに破けて――帰ったら私の家に来て? 服を縫ってあげるから」
「いや……替えがあるから」
「いいの。そういうのはもっと、ここぞと言うときに消費しないといけないのよ?」
その“ここぞというとき”というのが“今”なのでは……? アルベルトは彼女の無茶苦茶理論に押され気味になってしまった。
スルトと接している内に、いつのまにか、残留していた気持ち悪さがすっかり消え去っていた。
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