14 孤立
ドクタロプ第六区の大型ショッピングモール跡地。未だ解体作業が続くそこは、いつの間にか〈
向こう岸に滞在する、こちらを追う存在から目を離さないようにしながら、全力で駆け抜けた。
ガラスを突き破って、戸惑う作業用ロボを地面へ落とし襲いかかってくる蠍型の怪物。
悍ましい針による刺突を刃で防ぎ、一歩退いてから、もう一度
黒い灰が、空気に溶けていく様を横目に見届けた。
一匹倒そうと、埃のように湧き出てくる蠍型の〈
何とか姿勢を保っている間に、二体に挟み撃ちにされ、逃げ場を絶たれてしまう。
視界が揺らぎ始め、絶体絶命の中、目の前の怪物に鉛玉の雨が降り注いだ。
ピッピッピ――と切羽詰まった電子音が連なって木霊する。
降り注いだ鉛玉は一斉に破裂し、中にあるエネルギーがチェーンソーのように蠍を切り刻んだ。
僅かに視線を逸した先には、純白の二丁のサブマシンガン――ジャンヌレインを構えたガブの姿が見えた。
すかさず振り向き、もう一体を倒そうとすると、またも抑揚のない機械音が鳴り、蠍が上から降ってきた巨大な鉄の拳により柱ごと潰される。
アルベルトはすぐさま
辛うじて生き延びた蠍は、空中に散乱した小さな鉄球から解き放たれる、四方八方からの光線の雨によりトドメを刺されてしまった。
一部分をまるまるへし折られた柱の先端に立つは、鋼の拳――アケチノアグリスを右腕に装着したウリであった。
サングラス越しに冷たい視線を送られ、アルベルトは肩をビクン、と震わせた。
ここ最近の任務で、彼女は実感させられた。
自分が、傭兵として、戦う者として。
このネクロムの隊員達とは、対等な存在ではないということを。
◇
ついこの間、カイがセトの為に、可愛らしい服をプレゼントしてくれたようだ。
セトはわくわくした様子でその服に着替え、小綺麗な赤髪を翻しながら服を見せてくれた。
少し高そうなふりふりとした白いブラウスと茶色の半ズボンを着た彼女は、一気に大人びて、随分と可愛らしかった。
「えへへ、どう? 似合うかな」
ふと、アルベルトは自分の子供時代を思い出してしまった。
彼女くらいの年の頃は、反抗期真っ盛りで、服なんて気にかけていなかった気がする。そもそも、服そのものに興味が無かったというべきか。
「うん。似合ってる」
とりあえず、肯定する言葉を投げかける。
――なんだ。変わってないじゃないか。
戯れ言が聞こえた気がするが、アルベルトは気にしなかった。
(私はもう……子供じゃないんだから)
ルルワの前で、くるくる回って新しい衣装をお披露目するセト。
満面の笑みの彼が拍手する音が、何重にもなって響き渡ってきた。
気分が悪くなり、思わず部屋を出てしまった。
扉にもたれて、大きなため息を漏らす。
事ある毎に、こんな事ばかり考えてしまう。まるで他人に無自覚に“嫉妬”でもしているようで、心がどんどん疲弊していく気分だ。
部屋の前を通りかかったノアに心配されるも、アルベルトは笑ってやり過ごした。
パーカーを羽織った彼は、何処かに行くような様子であったため、素朴な疑問を投げかけてみる。
「どこか行くの?」
「任務だ。緊急のな」
言われてみれば、拠点に騒々しさを感じない。みんな既に準備を終え、出発しようとしている事を物語っていた。
声を掛けてくれたのは、ノアだけだ。
「す、すぐ準備するね!」
「……いや。お前は来なくていい」
ノアにそう言われ、扉に掛けた手をぴたりと止めた。
「此処に居てくれ。ミカが……そう言うんだ」
彼は何か言いたげな顔をしたまま、廊下を歩いて拠点を出ていった。
急にそんな事を言われ、彼女は放心状態となり、しばらくその場に立ち尽くしていた。
自分は――戦力外という事なのか。
確かにノアやラファのフォービデンギアは安定した性能で、反対にアルベルトのギアであるアーサーブラストは特出して強い点がその圧倒的なスピードくらいであった。
拳を握りしめて、爪を掌に食い込ませる。
何気なく剣を握っていた手が、こんなにも憎くなる日が訪れるとは。
◇
少し余裕のある、浮遊装甲車の車内は緊迫とした空気が走っていた。
今回の任務は、ドクタロン第二区で発見された地下研究施設の捜索だ。アルベルトとスルトに探索経験があるが、以前として何の施設なのかは分かっていないとの事。
その調査をするのが、任務の目標であった。
「あいつがいないから、好きなようにやれるな」
ウリがサングラスをくいっ、と上げながら渋い声で淡々とそう呟く。その隣に座るラファが続けて「清々する。あんな奴を置いておく事自体危険だ」と吐き捨てた。
スルトは物言いたげな顔をしていたが、ノアは瞳を閉じて、車体の壁に身を任せたままじっとしている。
「……よくよく考えたら怖いよね。だって……あの総司令官の妹なんだよ……いつ酷いことされるか」
ガブのその言葉に、とうとう我慢ができなくなったのか、スルトが覚悟を決めて一言言ってやろうと顔を上げた瞬間、ミカが口を開いた。
「今回の任務は、地下での戦いが主となる」
愚痴と悪口で満ちていた空間は、一気に静まり返り、車から発生する小さな機械音だけが鳴り響く。
「アベルのアーサーブラストは、地下で使用するにあたって極めて危険な武器だ。
俺たちにも、あいつ自身にも危険が及びかねない。それを踏まえた上での待機命令だ」
「アベルの生まれや身分だけで決めた、差別的な命令じゃないって事を、みんな分かってくれよ」
ミカがそう言い終えてからも、静寂はしばらくの間続いた。彼が内心、アルベルトの事をどう思っているのかはスルトには分からない。
此処にいる誰もが現総司令官に対し敵対心を抱いているのは紛れもない事実。しかし、その矛先が彼女に向くのは、あってはならないのだ。
ノアは依然として目を閉じて、もたれかかったままであった。
小声で、彼の耳元で囁く。
「ねぇ、アベルにちゃんと伝えてくれた?」
白い瞼から、僅かに翡翠の瞳を覗かせた彼は、ぼそりと一言だけ呟いた。
「……ミカが言っていた、とだけ」
◇
ドクタロンの街は、八つの区に分けられている。拠点があるのは第七区だ。全ての区はモノレールでひと繋ぎになっており、街中の道路には浮遊自動車が走行できるよう、電磁誘導レールが張り巡らされている。
そんな大都会にも、人気の無い場所は存在する。このロボット技術が発展し過ぎた国では、店をほぼロボットにやらせる所が殆ど。都市部から少し離れた場所には、僅かな民家と売れない店があるくらいで人気が少ない。
セトとルルワを連れ、気分転換も散歩に出掛けたアルベルト。
こういうところが〈
『ヨッテラッシャイ。ミテラッシャイ』
抑揚なく客引きする、いかにも売れなさそうなレストランのロボットがモーターの鈍い音を鳴らしながら近づいてくる。
「こ、こんにちは」
『イラッシャイマセ』
セトがぺこりとお辞儀する。そう返しても、このロボットが話すのは同じ言葉だよ、と教えたかったがやめた。
しばらく歩いて、ルルワがある店のショーケースの先にある物に釘付けになって、歩く足を止めてしまった。
アルベルトも覗き込んでそれを見てみると、そこにあったのは物凄く古い型のカメラ。色はピンク色で、縁は黒かった。
「……欲しいの?」
うんうん、と言わんばかりに、目を輝かせながら首を縦に振りまくるルルワ。
財布を確認して、アルベルトは二人に待つよう命じて店へ入る。
この時代に合わない、レトロな景観の店で、ありとあらゆる雑貨が売られてあった。
人の姿は見えない事に安心し、カメラを手に持ってカウンターへと向かう。
『イラッシャイマセ』
カウンターに会計ロボがおり、それにカメラを手渡し精算してもらう。
『二十セル ニナリマス』
二十セルを払い、人が来る前にさっさと店を出た。カメラといえば高い物だが、このレベルの古い型となれば驚く程安い。
人が戻らぬうちにさっさと店を出た。抑揚のない『アリガトウゴザイマシタ』という声が、やけに冷たく聞こえる。
店を出ると、二人に一人の男が近づいており、子供相手に高圧的な態度を取っていた。
その男の頬をよく見てみれば、狼の紋章がはっきりと刻まれており、彼が〈
「お前ら、いい服来てるなぁ? 俺より年下の癖に、俺と同じ身分の癖によぉ」
やせ細った男は口だけは達者であり、嫌味ったらしい言いがかりを彼女達にひたすら振り掛けていた。
烈火の如く怒りが湧き上がってきたアルベルトは、大きめの歩幅で男の背後に近づき、その腕をがっしりと掴んだ。
「私の連れです。離れてくれますか」
「――その服。はっ。MTの犬か」
男の標的は二人からアルベルトに早変わりした。どうやら、アルベルトが羽織る紫と黒を基調としたパーカーの意味が分かるようだ。
男はぐるぐると彼女の周りを歩き、品定めするように見つめ回った。不快感と怒りでおかしくなりそうだったが、ぐっ、と堪える。
「いい身なりだな。お嬢さん。俺の体たらくを見てみろよ」
言われた通り、男の全貌を見てやる。
ボロボロの服に痩せこけた身体。唯一人間味を感じられるのは、その意地の悪そうな気味悪い顔のみ。
確かに、彼女と比べれば酷い体たらくだ。
「俺もお前も同じ〈
細い手で、彼女の華奢な首を鷲掴みにする。全く力が入っておらず、圧迫感すら感じない。
「なんで!! なんでお前らだけがそんないい思いして!! 俺だけがこんな絶望を味合わないといけないんだ!!」
怒声を浴びせ、彼女を左右に揺する男。
――子供っぽい考えだ。
結局この男は、己一人の事しか眼中にないのだろう。――こっちの苦しみも知らないで、好き勝手言い散らかす様に腹が立ってくる。
首を掴む腕を肩に乗せて、羽毛のように軽い男の身体をそのまま地面に力強く叩きつけ、足で押さえつける。
先程までの威勢が嘘のように、情けない悲鳴を上げた。それを聞いたルルワとセトが、涙目になって退く。
「二度と近寄るな」
そう吐き捨て、二人を連れ、その場を颯爽と去った。
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