20 乱戦
レーヴァガンのトリガーを引き、絶え間なくエネルギー弾を放ち続ける。
“分断”のコアで拳銃モードへ切り替えたはいいが、数が多過ぎて火力があちらこちらへ分散してしまう。
「あぁ! アベルがいてくれたらな……!」
蜈蚣を撃ち抜き、スルトは電磁誘導レール下へ身を隠す。
「スルト、これを使ってくれ」
そこへ飛び込んできたラファが、出会い頭にグレネードを手渡してきた。
「市街地で?」
「平気だ。使えば分かる」
冷静の裏に大きな自信が潜んだ表情だったので、スルトは物陰から身体を乗り出し、そのグレネードのピンを抜いて、蜈蚣渦巻く場所へ投擲する。
炸裂したグレネードの鉄破片が、真っ赤なエネルギーをその身に纏いながら、まるで意思を持ったように蜈蚣を切り裂き、一網打尽にした。
「新型?」
「君の証言を元に作ったんだ」
「……証言?」
「ほら、分断形態のアーサーブラストのさ――」
若干早口になるラファを見て、スルトは笑いを堪える。
上から降ってくる蜈蚣に、彼が振り翳したハイマージャッジの銃身が激突する。
ガン! という炸裂音と共に、蜈蚣の身体は破砕し、塵に返った。
「チッ……邪魔しやがって――スルト、一ついいか」
「何?」
「この蜈蚣、何かおかしいと思わないか?」
言われてみれば。
こんな市街地に、何の前触れもなく現れた。MTの外怪物検知システムは高性能だ。それも、こんな都会となれば、カメラに一ピクセルでも映っただけで即通報が行き届くのに。
「地下施設が関連してるのかな……」
「俺にも分からない。でも、今は兎にも角にも――敵を倒すしかねェだろォがァ!!」
突如急変し、レールの上から奇襲してきた蜈蚣を地面に叩きつけぐちゃぐちゃにする。
その手際の良さに感嘆すると同時に、スルトは少し身体を退かせた。
◇
「……また私を行かせないつもりか」
MTのオフィスで、トシミツはデスクを指で激しく突っついていた。被害報告の着信音が絶え間なく鳴り響き、それに対応するだけの仕事。街に被害が出ているのに、戦地に赴けない悔しさが、苛立ちを促進させる。
紅茶を啜り、気持ちを落ち着かせようとした。
「うげっ……不味っ……口が痺れるぞ」
舌を出して、思わず大声が出たトシミツ。着信音だらけの空間では掻き消されてしまったが、相当な音量であった。
「糞、ろくな事がないな……!」
唇を指で撫でながら、トシミツは煙上がる街を硝子越しに眺めた。
◇
電磁誘導レールに蔓延る蜈蚣を、一体一体、渾身の力で叩き切ってゆく。
敵が仕掛ける前に、
ただ、この通路が開ければ、増援の可能性が見込める。やめるわけにはいかなかった。
ウリの鉄球が頭上に展開され、光線で大地を焼き払う。蜈蚣達は一掃されて、活路はあっという間に開かれた。
「おーい! あんたら! 無事なのかー?」
歩道側から呼ぶ声が聞こえ視線をやる。
そこには、同じくギアを持つ傭兵の〈
「無事です」
「ならいいんだ! ここは任せて、大通りの方に行ってくれ!」
先へ急ぐ事を示されて、アルベルトとウリは電磁誘導レールの上を駆け、大通りの方へと向かった。
レール上に群がる蜈蚣共を蹴散らしながら、彼らの言っていた大通りを目指す。
大通りになると、電磁誘導レールの高度は上昇し、橋下を人が沢山通れるようになってくる。想像したくはないが、通勤通学の時間帯だ。地獄絵図であろう。
そこら中から黒煙が上がっていて、街は血生臭く彩られている。〈
再び襲ってくる蜈蚣の群勢を、加速を入り混ぜた回転斬りで蹴散らし、綺麗な純白の道路を汚らしい体液で汚した。
だんだんと坂道に差し掛かってきて、アルベルトらは気を引き締める。
左右から湧き出てくる蜈蚣はウリに任せ、彼女はとにかく前進する。
「ウリ! あんたもモテる男になったねぇ!」
坂道を抜けると、高所から狙撃を行うガブと鉢合わせた。付近には、他の傭兵や負傷した一般市民が複数いる。
市民の一人が血塗れの肩を抑えながら口を開く。
「お、お前ら〈
立ち上がった男は、声高々にそう宣言した。
典型的な異端者への偏見を持つ人間であった。視界に入れるのも腹立たしい。同時に、己の醜さを再認識させられる。
「まぁまぁ……死ぬなんか言わないの。あんたらは儚い命があるんだから」
「そりゃあ死ねないからな! 化け物になるまで! お前らがいる限り、この騒動は永遠に続く! さっさと滅びればいいんだ!」
男の言い分は、間違ってはいない。間違っていないからこそ、込み上げてくる屈辱と劣等が胸を灼いた。ギアを持つ手を震わせている傭兵達も、きっと同じ気持ちだろう。
突然、ウリが割り込んで、その男の首を鷲掴みにしてレールの外で吊るし上げる。
「俺達に助けられるくらいなら、死んでやるって言ったな」
「ひぃっ……! やめろ……! やめてくれ……!」
威勢の良かった男は、地上を一瞥するや否や、瞬く間に血の気が引き、口調も声音も、嘘のように弱々しくなった。
「ウリ。離して。その人をこっちに」
ガブがそう言うと、彼は大人しく従い、空中で晒していた男をレールの上へ放り投げた。
「いでっ」と声を漏らした男は、憤怒に満ちた傭兵達に見下され、その場で硬直する。
一連の様子を見ていた幼女が、クマのぬいぐるみを持ったまま二人の元へ駆けてきて、ぺこりと小さな頭を下げた。
「た、助けてくれたのに、お父さんが酷いこと言ってごめんなさい……!」
栗色の髪を垂らした幼女は、声を振り絞って謝罪してきた。まだ異端者を恐れる事を知らない、健気な女の子だった。
「こらっ! やめなさい!」
母親らしき女性に首根っこを引っ張られ、幼女は元の場所へと連れ戻された。女性は幼女を抱きしめたまま、こちらをギロリと睨んでくる。
幼女のように、〈
アルベルトは、自身の頬を指でなぞったこの苦しみを、彼彼女らは知らぬまま生きるだろう。
「ミカ、そっちはどう――んん? 不審な男を見つけた?」
通信を行うガブの口から漏れた言葉に、アルベルトは目を見開いた。
『あぁ、仮面を付けてて、“うぇるかむ”とか不気味な事言う男だ。地下施設と、何かしら関連があると思わないか?』
「不審者はほっときなよ……警備ロボが何とかしてくれるって」
ガブは呆れた様子だったが、特徴を聞いて、あの時出会った“仮面の男”と彼が遭遇してしまったことを確信する。
不意に、セトとルルワの笑った顔が頭を過ぎった。
もしも、二人欲しさに、ミカへ〈Eヘレティクト〉の事を口走ったりしたら……。
もしも、それが原因で二人が差別され、虐げられる事があったりしたら……。
耐えられなかった。あの子達が、自分と同じような待遇になることが。自分と同じそこしれない“劣等感”を抱えてしまうことが。
「ねぇミカ! その仮面の男って、どこにいたの?」
『あぁ? どこって……古い建設予定地を彷徨いてたぞ。怖いから、速攻逃げたけど――』
我慢ならなくなったアルベルトはレールの脇に立ち、高所から身体を投げ出した。
すかさずアーサーブラストを解放し、高出力で加熱した推進剤を噴出し続け、天を駆る彗星のように地上へ落下していく。
残された人々は啞然とし、理解が追いつかない様子だった。
『ん? どうした』
「ア、アベルが様子を見に行くってさ」
◇
司令室へ向かうトシミツは、未だ痺れる感覚のある口に苛立ちを覚えながら、大きめの歩幅で廊下を歩いていた。
窓の外を見やれば、遠くに見える、立ち上る黒煙の数々。この惨状と通報件数から考えるに、被害は甚大。防衛隊が出動しない理由が無かった。
「司令!! 何故防衛隊に出動指示を――」
司令室のドアを勢いよく開き、声を張り上げても、それは虚しく響き渡るだけであった。
部屋には誰もおらず、使われた形跡のあるチェアが異様な存在感を放っていた。
「司令……?」
カイが居ない事など珍しい。他の者から見ればそうであろうが、トシミツはあの製造施設の事を知っている。そこへ行っていると考えられるが、納得はいかない。
あの惨状を目にして、何故のうのうと席を外していられるのか――いや、もしかしたら、この惨状を目にしたからこそ席を外しているのか。
どちらにせよ、防衛隊が出動しない理由にはならないが。
「……司令が不在だと言うなら仕方がない」
トシミツは拳を握りしめる。
そして懐から、通信機を取り出して、通話を始めた。
「防衛隊へ告ぐ。司令不在により、これは私からの命令だ」
「第七区へ急行せよ。市民を守れ、〈
◇
電池が切れ、動かなくなった作業用ロボットが道の至る所に横たわっている路地裏を進む。薄暗く、足元がよく見えない。一縷の光を頼りに、ひたすら進んだ。
開けた場所の地面を踏んだ時、全身に悪寒が走った。
綺麗に塗装された、だだっ広いコンクリートの上。積み上げられた鉄骨や工具に囲まれたその空間に、奴は立っていた。
にやりとしたまま、表情一つ変えない電子の顔面。黒尽くしの格好。気持ち悪いくらいに華奢な体つき。
仮面の男が、そこへ立っていた。
『よぉアベル。元気にしてたか?』
男からミカの声が聞こえてくる。
アルベルトは耳を疑ったが、驚く気にはなれなかった。
「上手でしょう。通信機器のジャックも、変声の調整も」
「……じゃあ、ミカとは会ってない……と」
「会いはしましたよ。でなければ声を真似できない」
「そんな事はいい!!」
アルベルトは叫ぶ。
震える矛先を奴へ向け、碧眼を尖らせてこう言う。
「あの子達は、絶対に、お前には渡さない……!!」
仮面の男は唸る。「理解不能だ」などと吐き捨てた為、アルベルトの碧眼が更に尖り、眉が釣り上がる。
「きっとあの子達は苦しみますよ。自分が永遠と〈
「黙ってればいい……!」
「それがあの子達の為でしょうか?」
「黙れ……!」
剣を握るが手が震える。標的が目の前にいるのに、矛先が定まらなかった。
「分かりましたよ……貴方、“愛されたこと”はあれど“愛したこと”はないんでしょう?」
うるさい。
――そのとおりだ。
頭の中を巡るのは、かつての記憶。
「した事がない、方法が分からないから、“見様見真似”で愛しているに過ぎないんでしょう?」
黙れ。
――図星だ。
頭の中で打ち付けるようにして、ガンガンと響き渡る。
「空虚ながら、気高い人ですね、貴方は」
お前に。
「何が分かるんだッ!!」
トリガーに指を掛け、噴出孔から爆炎が空気を焼き焦がしながら燃え上がった。
まるで彼女の憤怒を模倣するように、激しく、爆発的に。
反対側の路地裏からやってきた傭兵達が、その光景を見て驚愕する。
「お前……! ギアをしまえ! 人に向けるものじゃねぇぞ!」
その傭兵は、先程戦場を任した二人組であった。
仮面の男は二人を認識すると、ぱちん、と指を鳴らした。
凄まじい音を立てて、蜈蚣の〈
傭兵はすぐに武器を構えるも間に合わず、奴らへ先手を許してしまった。
一人に蜈蚣は悍ましい牙を胸元へ突き立てて、男の肉を布のように引き裂いていく。
絶叫する男に見向きもせず、開いた傷口へ頭を突っ込み、大量の血を浴びながら体内へ侵入した。蜈蚣の身体はみるみる内に小さくなり、男の体内へと収まってしまった。
もう一人も同様の方法で寄生された。
――既に先客がいるにも関わらず。
二人は喘ぎ始め、手に持っていたギアを落として地面に蹲る。
頬のひび割れが広がっていき、顔全体を覆い尽くした時、眩い光が辺りを包み込む。
光が晴れる頃、そこには六体の〈
四体の蜈蚣、一体の人型に、一体の狼。
〈
「もし、外怪物が寄生の対象とした者に“先客”がいた場合……その〈
「貴方も、ぜひこの感覚を味わってみなさい」
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