25 巡り合う
セトは、ルルワに連れられて、街中をひたすらに彷徨い続けていた。
脚が痛くて、もう走れなかったけれど、止まったらいけない気がして、彼には何も言わなかった。
「ルルワ……アベルはどこにいるの?」
「探してるんだ……アベルの気配を……」
セトは耳を疑った。
遠く離れている筈の彼女の気配を、どうやって探すのだろう、と。心底疑問に思ったことだろう。
「僕たち〈Eヘレティクト〉は、〈
「つまりセト、君にもできるって事だ」
走りながら、苦し紛れに出した返事が、荒い息となって溢れ出していく。
自分にはそんなことできない、と伝えるように首を横に振る。
するとルルワは一度止まり、彼女の肩を掴んで語りかけた。
「目を閉じて。ゆっくり息をするんだ」
彼女の額に手を当てて、そう囁く。
彼の囁きに答え、目を閉じて、深く、深く息をした。
微かに頭へ入り込んでくる、異様な感覚。
それはやがて音として響いてきて、飢えた獣のような唸り声が、頭の内側をガンガン殴ってきた。
耐えきれず目を開き、一際荒く息をした。
「どう?」
「……いた」
セトは呆然としたまま、考えるよりも先に言葉が零れ出てきた。
「下……下にいる」
「……また地下に行ってるのか」
ルルワは顔を歪め、方向転換する。
「ここの地下施設なら道は分かる。もう少しの辛抱だよ、セト」
セトは何も、高望みをしてはいないつもりだった。ただ、普通の生活を送ってみたかっただけだ。
されど、〈
普通の生活など、またのまた夢の話であることが、たった今分かってしまった。
それに哀しみを覚えながらも、セトは走り出した。
毎日難しい顔をしていたアベルも、きっと同じことを思ってたのかな。
◇
アルベルトらは、研究施設に辿り着いていた。
そこは初めてきた場所とは違い、様々な研究サンプルが保管されており、気温も他の場所より明らかに低かった。
トカゲの尻尾のような物や、生物の内臓のような物。その全てがポッドに入れられ、冷凍保存庫に収納されてある。
これも〈
しかし、となれば妙であった。
今まで倒してきた〈
なのに、この部位や臓物は消えずに残っているのか。
データを元に作った模造品なのか――いや、だとすれば冷凍保存する意味がない。
考えれば考えるほど、謎は深まり、あの忌まわしい仮面が思い浮かんでくるばかりである。
「こいつは……トカゲの尻尾だな」
アルベルトが持っていたポッドの中身を見たラファが、耳元あたりで急に呟いてくる。
「え……トカゲなの?」
アルベルトは思わず聞き返した。
「あぁ。うん……? よく見たらヤモリ? きや、やっぱりトカゲ――……まぁ爬虫類なのは間違いないね」
「〈
碧眼を丸くして言うアルベルトをラファは一瞥してから「〈
もし仮に、これがこの星に元から存在する生物の物だとしたら。
何故“此処”に保管する必要があるのだろう?
「もう考えるのはやめよう……」
中学もまともに行ってない頭で考えるのは時間と労力の無駄だ。
トシミツを先頭にして、研究室を後にし再び薄暗い通路を進んでゆく。
「山のようにいた〈
「もしかしたら、外に出たのかもしれないな」
「なんだ、その目は。私が悪いとでも言いたげだな」
銀色の眼光と紅い眼光とが、暗闇の中で静かに衝突し合う。
「どいつもこいつも……真っ直ぐすぎる……」
ラファは急に不機嫌になり、歩幅を広めた。
理解の追いつかないトシミツは、苛立ちを覚えたのか眉間にしわを寄せる。
異国の者同士は、こうも分かり合えないようだ。そもそも、人と〈
きっと、自分は今、酷い悲壮面をしているだろう、とアルベルトは思っていた。
(あの子達に会いたい……)
セトとルルワの眩しいくらいの笑顔が、閉じた目蓋の裏に蘇ってくる。
彼女らは心の支えだった。今では、何よりも愛おしい。
「止まれ銀髪。何か感じないか?」
「……?」
トシミツがそう呟く。
しー、と人差し指を鼻先に当てれば、辺りが一気に静まり返る。
されど、その静寂を切り裂く、耳に障る音が微かに鳴り響く。
ブーン、と。何かが振動する音がたちまち近づいてきた。
「武器を取れ!!」
トシミツが刀を抜くと、三人は一斉にギアを解放する。
刹那、暗闇の中に、異形なる影が現れる。
そのシルエットは、形容するならば蜻蛉。
しかし、羽はギザギザで、脚は爬虫類のような形をしており、歪であった。
「こいつだ、我々を追い込んだのは!」
トシミツが矛先を奴らへと向け、勇ましく叫ぶ。
その轟きはやがて、気色の悪い羽音に掻き消され、戦いの火蓋が切って落とされる。
蜻蛉がアベル目掛けて飛来してくる。
応戦しようとしたが、スルトが放った光弾によってそれは打ち砕かれた。
「アベルは無理しなくていいからね!」
アーサーブラストを構えたまま、アベルは呆気にとられていた。
スルトは、彼女に近づく
蜻蛉は次々溢れ出てきて、アルベルトらを襲う。
近づいてきた一体を、
「糞!! 火力が足りん!! 銀髪、手を貸せ!!」
「指図すんなゴラァ!!」
刀を振り下ろしたトシミツは後退し、仕留めそこねた蜻蛉に、ハイマージャッジの鉄槌が下された。
まだ出てきそうな気配はあったが、蜻蛉はそれっきり姿を現さなかった。
「アベル、平気?」
「だ、大丈夫。どこも怪我してないよ」
「そう。良かった」
戦闘が終わり、すぐさま駆け寄ってきたスルトは、アルベルトの安泰を確認するや否や、この上なく幸せそうな笑顔を見せる。
蜻蛉の
「……怖気づいてはいられないよ。アルベルト」
「……!」
竦む脚にまとわりついていた嫌な痺れが、ラファの一声で蜘蛛の子を散らすかのように消えていく。
「俺たちは、いい加減知らないといけない。立ち向かわないといけない。“自分自身”とね」
彼は通り過ぎ際に彼女の丸い肩をぽんぽん、と叩いて、先に広がる永遠の暗闇へと、一歩、一歩と足を踏み入れていく。
ラファはきっと、
「大丈夫。私がいるよ」
呆然と立ち尽くすアルベルトの手を、スルトの手が優しく包容する。その温かさは、彼女に踏み出す勇気を与えてくれた。
「貴様ら
トシミツは刀を納めながら、口で憎しみを連ねる。そして、彼女らを一瞥してから、果てしない闇の中へ悠然と踏み込んでいった。
彼女と向き合い、そして頷き合う。
二人も彼らの後を追い、闇の中へと足を踏み入れていく。
ラファが灯すライトの先。一寸先にも闇が広がっていると、勝手に勘違いしていたアルベルトの軟な考えを一瞬にして打ち砕く。
「これはこれは、お客さんがこんなにも」
濁った光に照らされた先。
そこに立っていたのは、あの仮面の男――ヤハウェだった。
「アルベルト、改心はしてくれたかな」
無機質な電子板の顔は、嘲笑うかのように彼女を見つめ、幾つものノイズを走らせる。
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