12 審判の焔
「なん……だ、あれは」
施設内から出てきたラファは、空を見上げて驚愕した。
パイプを梯子のように利用し、工業プラントの施設をさながら己の道のように移動している、目を疑う程に巨大なヒューマンタイプの〈
あれ程の巨大な存在が潜んでいて気づかなかったのは、小さい方と同じように”姿を消せる“からであろうか。
『ラファ! 早くギアを持ってきてくれ! あれさえあればすぐ終わる!』
「す、すぐに行く! 持ち堪えるんだ!」
先程よりも焦った声で通信してくるミカ。
それに呼応するよう、ラファも冷や汗をかいてどんどん緊迫した表情へなっていく。
空を見上げるアルベルト。時折、巨大な〈
身体が消える――。どんなからくりがあるのか、想像もつかなかった。
三人が出発しようとした時、怪物の物ではない――それでいて、よく似た気配を察知し足を止めた。
振り向けば、パイプまみれの路地裏からよぼよぼと歩いてくる〈
「おいお前! どうしてこんな所にいるんだ! 早く逃げろ!」
男に詰め寄ったノアは、直ちにこの場から去るよう促すも、彼に起こっている異変に気がついた。
「うゥ……痛いィ……苦しいィ……だすげ……でぇ……」
頬にだけあるはずのひび割れは、顔全体に広がっており、真っ赤に発光を繰り返している。
「まさか……」
男が唸り、悶え苦しむ。
両腕を広げ、天に向かって絶叫した、その時だった――。
男の身体が血に染まったかのように赤く発光し、粒子となってそこら中に散らばった。
散らばったそれは、渦を成しながら密集していき、禍々しい衝撃波が迸ると同時に、人型の〈
「……!!」
突然の出来事に対応しきれず、狂乱状態の敵が攻撃する寸前まで近づいてきても、防御の体勢を取ろうとしなかった。
一瞬にして彼の前に立ち、アーサーの刃で敵の攻撃を受け止め、即座に
がら空きになったボディへ、加速による凄まじいパワーの斬撃を思い切り叩き込む。
豪快に切り裂かれた人型は塵となって消えていき、儚い一生を終えた。
理解が追いつかないノアは、ぶはぁ、と息を吐き、アルベルトを見つめた。
「お前……なんで……」
ただ湧き上がってくる疑問を、言葉足らずだったが彼女へとぶつけた。
その意味を何となく理解できたアルベルトは、微笑みながら答える。
「……結構、痛かったから」
◇
「うわぁぁぁぁッッ!! 隊長!! 助けてくださッ――」
上空から降ってくるパイプが、負傷し、身動きの取れない隊員の腹を貫いた。
鮮血が空気を汚し、噴水のように飛沫を散らした。
ミカが戦っている中央の開けた広場には、大量の人型が集結しており、ネクロムと防衛隊が乱戦を繰り広げていた。
トシミツは怒りに身を任せたまま、渾身の力をサツマの刃に乗せて人型をぶった斬る。高周波ブレードという事も相まってか、相手にとっては手痛い一撃となった。
「トシミツ隊長! て、撤退しましょう! これ以上は我々には手に負えません!」
「ふざけんなァ!! お前らが招いた惨事だろうが!! 自分らで始末つけやがれ!!」
ギアでも何でも無い、ただの鉄の大剣を振り回し戦うミカは、撤退しようとする防衛隊へ怒りをぶつけた。
任務中の防衛隊が、眠っていた大型のワルドに気づかず、小型に気を取られ射撃を繰り返した結果、流れ弾により目覚めさせてしまったという始末である。
「隊長! 〈
「……!! いいや!! 私達は残って戦う!! 今下手に撤退すれば、あの化け物が市街地に出るかもしれん!!」
責任か意地か、トシミツはその場に残ることを声高々と宣言する。
「ミカ!! 受け取れ!!」
広場に駆け込んできたラファが、鉄の球体を渾身の力で投球した。
空気を押し出し、何人足りとも寄せ付けない勢いで突き進む球体は、待ち侘びていたミカの手に渡る。
「ナーイス……! 相棒!」
『Release……』
朱く輝いた球体は弾け、エネルギーが灼熱の劫火を放出し、パーツと焔を一点に集中させた。
形成されたハイマージャッジは、
「さァ快進撃だ!!」
ハイマーから放たれた灼熱の業火。
それは球体となり空中へ浮上。カッ、と発光して地上に焔の雨を降らせた。敵味方関係なく、大地を跡形もなく焼き払わんとする焔が爆ぜた。
「アベル!」
すっ飛んできたスルトは、真っ先にこちらの心配をしてくれる。何だか、彼女が愛おしく思えてくる。
ノアもそこへやってきて、三人は上を見上げた。
「いない……?」
「いや“隠れてる”だけ」
「何?」
アルベルトは既に気づいていたのだ。
否――賭けといった方が正しいか。
「“光学迷彩”……色を変えて、周りの景色と一体化する技術」
「それを、生物が?」
「えぇ。肌の色を変えるとなれば、膨大な“電気”が必要になる、って聞いたことがある」
全身電気に覆われていれば、電気で敵を探知するSOBの反応からも逃れられる。理に適った考えだったが。
「それが分かった所で、奴の居場所をどう暴く?」
「……その能力を打ち消せる……かもしれない」
「んな……」
そう、これは“賭け”だった。
あるかないか。単純な賭けだ。
「これ、使って」
太腿のポーチから取り出した小さな球体を、彼に手渡す。
「……“解放”のコア……」
「一度に凄まじい電気を浴びせれば、一瞬でも能力を解除できる――かもしれない」
「ちっ。やっぱり信用できない……!」
ノアはそう言いながらも、コアを受け取る。
ギアの能力を引き出す鍵、それがコア。基本的に全ギア共通で使用可能。使用すれば、その効力に応じた力をギアから引き出してくれる。
「巻き込まれても、文句は言うなよ」
コアの装填が完了したカンウブレイバーは、一時的に粒子へ変換され、空中を漂い、新たな形へと変化する。
刃が無くなった、ただの棒。一見すると弱体化したように思えた。
地面を蹴り、空高く舞い上がるノア。パイプに乗り移って、金属の不協和音を奏でながら疾走する。
パイプを伝って上へ、上へ、上へ。空に限りなく近くなった時、パイプから身体を投げ出して全身を捻る。
カンウの両端から飛び出てくるのは、雷を迸らせる大量のSBO。それは探知装置ではなく、“電導装置”へと化していたのだ。
落下していく最中、カンウブレイバーが閃光を纏う。
蒼く、空気を切り裂く刃のような雷撃を地上で戦う兵士達の頭上で迸らせる。
稲妻は無数の球体の間を駆け巡っていき、四方八方へ広がり、轟音を置いてけぼりにして空で煌めいた。
ほんの一瞬の出来事だった。
凄まじい雷撃が大地を轟かし、天を斬り裂いて咆哮する。
雷撃が消える直後、その真下から巨大人型が出現する。不本意に自身の姿を晒したからか、動揺を隠し切れていなかった。
「やった……!」
アルベルトが歓喜したのも束の間、戦っていたスルトやラファが、死物狂いな形相でこちらに走ってきた。
「アベル! 逃げるよ!」
「え、なんで――」
「ミカの“アレ”が来る!」
彼女に腕を引かれ、状況を把握しきれないまま撤退していくアルベルト。
辛うじて見えたのは、パイプが張り巡らされた鉄孤城の頂上。空に少し手を伸ばせば、届きそうなくらいの位置に、太陽を背にして立っているミカの姿であった。
『全員撤退したな?』
「えぇ。ガツンとやっちゃって!!」
スタコラサッサと逃げていくガブが、遠くの彼にウインクを差向けながら、そう合図を送った。
ハイマージャッジが、朱く、朱く、煮え滾る溶岩のように鈍く光り輝く。
その鈍い光は、本物の太陽ですらも掠めてしまうような、紅蓮の華と比喩しても異論はない、狂いそうな美しさであった。
ハイマーの銃口へ膨大な熱が、球体状へ徐々に徐々に凝縮されてゆく。
それは、もう一つの太陽。中でめらめらと燃え盛り、渦を巻く焔は、神秘と恐怖を同時に感じさせる、不思議な物であった。
トリガーが、引かれた。
太陽は銃口から射出され、凄まじいスピードで地上へと解き放たれる。
大地に直撃する寸前で、太陽は爆ぜた。
耳を劈く轟音。否、音かどうかすらも分からない、耳の感覚を麻痺させてしまうような衝撃が迸り、悍ましい熱風と風圧が白銀の鉄孤城を全て薙ぎ倒していった。
やがて一帯は焔の球体に包まれ、全てが消滅してしまった。音もなく、ありとあらゆる存在が、この世から消え失せてしまったのだ。
あれだけ巨大だった人型も、大量にいた人型も。パイプの張り巡らされた鉄孤城も、まだいたかもしれない〈
そこにはもう居ない。
残されたのは、焼け焦げた大地だけであった。
◇
あれ程の激闘であったが、実に到着してから一時間程の出来事だった事が、終わってからようやく分かった。
焼け焦げた大地を見るミカの背中は、とても恐ろしい思えた。何か“強大”な力を秘めた、恐ろしい化け物の背を見ている気分だ。
「なんだぁ? 司令の妹でも、この光景を“やばい”って思うんだな」
「……思うよ」
ミカは鼻で笑ってくる。
「俺のギアを持ってしても、あのデカブツを仕留めるのは無理だった。長引かせれば、当然市街地に影響が出るかもしれない。“ジャッジメント”は、最後の手段だった」
細々と昇ってゆく黒煙。焦げた臭いを嗅ぎすぎて、鼻が麻痺してしまいそうだった。
「……ミカ。質問、いい?」
「なんだ」
「私、あれを浴びたら死ねる?」
自分でも馬鹿な質問だとは思ったが、唇から滑り落ちるように口走ってしまった。
「何を馬鹿な事を。めちゃくちゃ痛くて、めちゃくちゃ熱いだけだ」
こちらを哀れむような嘆息を挟んで、彼は続けた。
「あのなぁアベル。教えといてやる」
人差し指を突っ立て、ミカは声を張り上げた。
「未来へ歩むという事は、自分自身と闘う事だ。
死ねなくても、冷たくされても、絶望しても。時間の流れは止まらないし、未来は勝手に訪れる。
変わりたいってなら、何よりも、自分と闘う“覚悟”が必要だ」
焼け野原の中心地で、何かが弾け飛んだ。火薬か何かが、未だに反応し続けているらしい。
ぱちん、ぱちん、と弾ける音を響かせる。
「――で。やめてもいいんだぜ。いつこうなるな分からない戦場で戦う事になるんだ。お前みたいなのが、耐えられるか?」
彼女の桜の唇が、僅かにひくつく。確かに口を結んでから、アルベルトは言葉を紡いだ。
「……私はネクロムで戦う。そして…………“自分自身”に勝ってみせる」
微かに視線をこちらに寄せたミカの後ろで、今度は激しく、脈動するように火薬が弾けて凄まじい音を木霊させた。
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