11 白銀の鉄孤城


 工業プラント内部は、不気味な静けさで満ちていた。稼働はしているが、人はいない。それもそのはず、各設備を動かしているのも、管理しているのも、全てロボットであるからだ。


 彼女らが来たのは、ベルトコンベアが並べられた施設。流れていく金属が、天井から伸びるおびただしい数のアームの素早い手捌きで瞬く間に溶解され、加工されていく。

 それを小さなロボット達がきめ細かに確認し、ベルトコンベアの先にある暗黒へと送り届けている。


「俺のカンウで確かめる。待っててくれ」


 そう言ってノアは、ギアを――カンウブレイバーを振り回し、変形する刃から伸びた筒より小型の球体を数個空中へ散布する。


 球体は意思を持っているかのように飛び回り、小さな蒼き稲妻を迸らせる。


『signal.three』

「敵の反応はなし……ここには居ない」


 その球体はシグナルSBO。強力な電磁波を用いて周囲の生命体を察知する人工知能搭載型のデバイスだ。SBOが反応を示さなくても、それは真実であるのだ。


「次へ行こう。敵がどんな存在か分からない以上、油断しないように」


 ラファが先頭に立ち、奥へと進んでいく。

 その最中で、アルベルトは一つの疑問を彼へ投げかける。


「ねぇノア。それって……絶対に敵を察知できるの?」


 カンウブレイバーを指差しながら、彼女は尋ねる。

 ノアはこちらを睨みつつ


「俺のSBOは絶対だ。お前は信用できずとも、こいつらだけは信用できる」


 と、ブレイバーを振り回しながら答えた。


 数時間前に聞いた言葉と現状を照らし合わせ、湧き出す疑問に気づきながらも、今はとにかく、ラファの背中を追った。




 ◇




 しばらく歩いて、鼻につく臭いが充満している施設へとやってきた。

 この臭いの正体は不明だ。何せ、そこら中に鉄の浴槽に溜め込まれた液体があるのだから、どれが臭いのもとか分からない。

 臭いがきついだけで、静かだった。障害物も少ない。敵が潜んでいる様子はなかったが。


「頼んだ」


 ラファの指示で、シグナルSOBが展開され、蒼き稲妻で生命反応を探す。ビリ、ビリ、と数回迸った後、カンウの元へ戻る。


『signal.three』


 抑揚なく言い放たれるその言葉は、先程と何ら変わりのないもの。この人工知能は敵味方の区別まではできないらしく、“three”という反応はアルベルト達の事を指している。


 カンウブレイバーのグリップ部分に取り付けられたレーダー反応を見て、ノアは冷めた顔でこう言った。


「ここにも反応はない。本当にいるのか……?」


 ノアは不信感を顕にしながらも、先に進もうとした。

 こうも緊張続きだと、途端に解れる時が訪れる。敵がなるべく早く来てくれたほうが、助かるのだが。



 気を抜いた、その時――。


 背中がふと、熱くなる。やがて紅の液体が頬の横を掠め、白い肌を汚らしく赤に染め上げた。



「――ッ、あッ……!!」



 完全な不意打ち。アルベルトは対応しきれず、そのまま鋼鉄の地面へ倒れ込んでしまった。

 倒れる最中見た光景は、ミカのホログラム映像に映されていたあの〈外怪物アウトワルド〉。白く不気味な厚皮に、不気味に縦へ開いた口とつぶらな瞳。


 その人型は、彼女が倒れたのを確認すると、姿を消した。


「なッ……!? 消えた……!?」


 ノアは困惑し、刃を振り下ろす手を止める。それは、ほんの一瞬の出来事だった。何処かへ素早く隠れた訳でも、穴を掘って逃げた訳でもない。


 間違いなく、奴は“消えた”。


「アルベルト! 早く立て!」


 焦った形相でそう叫ぶラファ。


 彼の焦燥感に共鳴するよう、自然と身体が動き、まだ傷の再生が終わってないのにも関わらず立ち上がる事ができた。


「何処に隠れた……? 速い、速すぎる……!」

「そもそも動いているのか? 俺には“消えた”ようにしか見えなかったぞ」


 アルベルトが痛みに悶える間に、二人は周囲の警戒をしていたが、奴の姿は何処にも無い。痕跡すら残ってはいなかった。


「ッ――!! 来たか!!」


 突如姿を現した人型。四足歩行になりながら、まるで狂犬のようにノアへと飛びかかっていった。


 その刹那、鳴り響く甲高い音。金属が高速で震える、耳に障る嫌な音だった。


 振り回される刃は、その先端で白銀の軌跡を描きながら、震える我が身で人型の厚皮を軽々斬り裂く。

 その素早い連撃は、一撃一撃は軽く弱いものだったが、それが積み重なれば強烈な一撃に匹敵する効力を発揮している。


 彼の掌で踊る鉄の矛は、その刃で銀月を作り出して敵の身体を粉々にする勢いで削り取っていった。

 原型が無くなった人型は塵となって消えた。ようやく一体倒すことができたのだ。


「ラファ! 来るぞ!」


 殺気を感じ取ったラファは目の色を変え、その手に持つ銃器で、襲いかかる人型の頭をふっ飛ばした。


 人型の頭はアルベルトの頬を掠めた。肌が削れる程の勢いであった。


「ゴラァァァァッ!! 手こずらせやがってこの腐れ野郎がァァァッ!!」


 荒々しい口調で、ギア――ハイマージャッジを振り回して人型を見るも無惨な姿に叩き潰していく。銃器が炸裂するたびに、えげつない音が響き渡る。


 その人型が塵と化した瞬間、糸が切れたように静寂が切り払われ、三体の人型が彼の背後から姿を現した。


 獣のような唸り声を口から漏らしながら、パワフルな攻撃で敵の頭部を、凄腕バッターのように吹き飛ばしていく。攻撃する度に、ハイマーの中で、何かが炸裂する音が、この距離からでもはっきり聞こえてきた。


 あっという間に殲滅し、アルベルトは何もシないまま傷が再生するのを待っているだけだった。


「はァ――ノア、アルベルト。先に進むよ」

「あぁ」


 汚い体液塗れのラファは、ぎこちない笑顔でこちらを気にかけてくる。ノアは何気なく返していたが、アルベルトはどうにも頷く気にはなれなかった。




 ◇




 工業プラントに、紫と黒の装甲で造られた二台の浮遊装甲車が到着する。

 中から降りてくる、MTの武装で身を包んだ戦闘員達と、真っ黒い甲冑に覆われたトシミツ。


「作戦開始だ。全員、私の元を離れるな」

「ハッ!!」


 ヘルメット越しで返事をする隊員達。


「私が活路を開く。お前たちは、対外怪物用徹甲弾でトドメを刺せ」


 命令を行いながら、腰に挿した刀を鞘から引き抜いた。


 漆黒の、吸い込まれてしまいそうな金属で造られた靭やかな刃。東洋の国特有の技術が最大限に活かされているのが、一目で分かる。

 振り払われた刃に刻まれた名は『サツマ』。


「必ず戦果を上げる。お前たち、このトシミツの後に続け!!」


 おおっ、と熱い歓声が轟く。


 男たちは、彼の後に続き、白銀の鉄孤城に足を踏み入れていくのだった。




 ◇




 不気味なまでに静けさに満ちた空間に、激しい金属のぶつかり合う音、雷の迸る音が木霊する。



 突き出されたカンウの刃が変形し、銃口らしき鉄筒が伸びる。


 その先端へ、悍ましい量の電気が迸っていき――。



 ガンッッ、という空気を切り裂き、時空をも轟かすような轟音が響き渡った。銃口から射出されるは、尖った鉄の弾丸。

 目を見張る速さで飛んでいくそれは、人型の群れの一体に突き刺さる。


 奥へ奥へ、貫きそうな勢いで突き刺さり、そして――炸裂。

 周りの敵をも巻き込む、翡翠のエネルギーが爆発した反動で、辺りをとてつもない突風が襲った。


「片付いたか……ここは一通り……何だ、あの男の血を引く割には、随分臆病だな」


 あまり役に立っていないアルベルトを見据え、ノアは先程の電磁加速砲レールガン並に突き刺さる言葉を言い放つ。


「ごめんなさい……ここだと戦いにくくて」

「ふん。お前を見てると、憎悪が湧き上がってくる……あの男へのな」


 ノアの華奢ながらも、きちんと男らしい指が彼女の喉仏をきゅ、と抑え込む。

 自分への八つ当たりよりも、兄がそんなに悪く思われてる事のほうが、アルベルトは悲しかった。


「兄が……何かしたの? 何かしたって言うなら、私が代わりに――」



 彼女の言葉を遮るよう、振動を伴う爆発の音が鳴り響いた。微かに、焦げた臭いも鼻に入ってくる。


「ミカ? 大丈夫か?」

『ラファ! 今すぐ来てくれ! 役立たずの防衛隊が余計な事しやがった!』

「持ちこたえるんだ、すぐに持っていく!」


 ラファの通信機から聞こえてくる、緊迫したミカの声と人の物とは到底思えないうめき声や激しい銃声。ただ事ではないようだ。


「行こう。駆け足だ」


 また、爆発が。今度は爆風が生温い風を運んできて、頬を撫でる。

 それは、異様なまでに冷たく感じた。



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