第33話 急いては事を仕損じる
足場の不安定な屋根伝いに怪しい人影を追って居ると、前を行く男が不意に身を
「ナディラと言ったな、お前は軍人か? 」
唐突な問いに疑問が浮かんだが、先程からこの男は必要最低限の事しか言わない事を知っていた。きっとこの問いに関しても必要なのだろうと此処に来て身元を
「違います、軍人では有りません。
「外科医って、あの
「くっ、糞爺なんかじゃありません、立派な方です。先生に何か恨みでもあるんですか? 」
咄嗟に大きな声を出してしまい、眼前に人差し指を立てられてしまった。
「あっ――― 」
「静かにしろ、反対側の屋根を見てみろ、同じ位の数の別動隊だ」
「えっ⁉ 」
次々と屋根に浮かび上がる不審な人影。腰を低く落とし音も無く、先程の者達とは違う砦方面へと向かっている。
「最早これは奇襲ってヤツの
「実戦経験? 」
「そうだ、訓練以外で武器を持った人間と
「武器を持ったひったくり犯は
「そうか、ならば、お前に頼みたい事が有る。
「わっ、分かりました」
「それと途中で
「はいっ」
男は腰の辺りから仮面らしき物を取り出すと、その素顔を隠して見せた。
「―――――⁉ 」
「怖がる必要は無い。今後を考えると面倒な事になりそうだからな、素性は隠させて貰う。俺の正体は他言しないでくれ、お前の先生にもな」
「わっ私も――― 」
「なんだ? 」
「戦える仲間を探してみます」
「あぁ、だが無理するな。相手は兵士だ、遊びじゃ済まない。戦えない者は戦場で
「―――――⁉ 」
「巻き込んでしまってすまない」
「そっ、そんな事っ」
「じゃあな、頼んだぞ」
男は直ぐに
―――恐れるな……
指を
「お願いクウちゃん皆に知らせて」
頬を
―――はやく兵舎に……
ナディラは思うよりも先に、屋根の上を走り出していた。
「馬車が欲しいってのはあんたかい? 」
イスラールの商人を何人も
「うん、そうなんだ。先ずは自己紹介だね、僕はカシューって言うんだ。カシュー・エルデンバーグ。
初老の男性は驚いた様子で、被っていたフードを上げて見せると、白髪交じりの髭が、長年に渡り商いに
「なんと⁉ あの事件の生き残りとは…… 」
「うん、お蔭さまで運が良かったんだよ、でも大勢亡くなってしまったよ」
「そうか…… それは大変じゃったのう…… まさかあんな事が起こるとはな。それで? 何故馬車が必要なんじゃ? 商いでも始めるのか? 」
「いや、国に帰りたがってる仲間が居てね、長旅になりそうだからどうしても馬車が必要なんだ」
普段は帰国した商人達の
「そう言う事じゃったのか、成程な。儂はバーラムと言う。バーラム・ジャーヴィードじゃ、宜しく頼む」
「うん、宜しくねバーラムさん。バーラムさんは、お酒は飲める? 」
「あぁ、問題無い。頂こう」
カシューはバーラムの木製のコップにワインを注ぐと、二人同時に眼前にコップを軽く上げ乾杯の意を示した。
「バーラムさんはデュルク人じゃないの? 」
「儂はデュルク人の商人の父と、ペルシーア人の母の
アパスタークと呼ばれる聖典が教義の根拠とされ、二元論的な宗教であり、天地や善悪などを二つの対立する原理としている。火を神聖視する宗教である為、
善の原理を象徴するアルラ・マズダと、悪の原理を象徴するアエラ・マンユを中心に、それぞれの信仰や教義が展開されている。
「儂はもう身体に無理が
「バーラムさんの言い値で買い取るから、少し負けてくれたら嬉しいかな」
「馬一頭分の代金だけ貰えれば有難い。荷馬車はもう古くて売れんから、
初老の男はグイっと一気にワインを喉に
「それと一つだけお願いしたい事があるんじゃが…… 」
「うん、何だいバーラムさん」
「実は、仲の良い婆さんを一人、近隣周辺の街に送り届ける約束をしていてな、それをついでにお願いしたいんじゃよ、あんたのお仲間が旅立つ時に一緒にな」
カシューは少し
「分かったよ、多分大丈夫だと思うよ。国に帰りたがってる人は優しくて、良い人だから」
「ついでに頼んでしもうて悪いの」
すると突然―――!!
ドドンと地面を強烈に突き上げるような地響きが建物を揺らし、テーブルからコップが弾け飛んだ。大層な揺れに店内に居た者達は驚きと悲鳴をあげ、
「何これ―――」
カシューもバーラムと同時に外に飛び出し、住民が指差す方へと視線を送ると、空には大きな白煙が打ち上っていた。
「あっ、あれ何? 」
カシューはその異様な光景を確かめようと慌てて飯屋の二階に上り、
「―――ちょっ⁉ きゃあああ」
「うっうわああぁ――― 」
正面から突然現れた黒装束の何者かと、ドガンとぶつかり合い吹っ飛ぶと、勢いのついた二人はそのまま抱き合い、隣の酒場の二階席へと一緒に
―――ガッシャーン―――
「いたたた…… 一体なんだい? 」
二階席の客が
「うっ…… ううぅ」
―――――⁉
「ねっ、ねえ君、大丈夫⁉ 」
「うっ、う~ん…… 」
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