第41話 懸かるも引くも折による

 「畜生、大型弩砲バリスタも大砲もやられた。こんな状態で攻め込まれたら堪ったもんじゃないぞ」


 一人の兵士が叫ぶ、その声にグランドは何かに気が付くと、ハッと我に返った―――


 ―――何故この時期を狙って来た……

(理由は真逆まさか…… )


「ご報告致します。現在火薬庫西側の矢蔵やぐらにて、火の手が上がった模様。兵舎付近でも急襲を受け被害は甚大との事です」


 ―――火薬庫……

(その近くには確か食糧庫も)

 

 ―――やはりそうか……


「指示を出す。各班長は聞いてくれ、先ず三つの部隊を編制して欲しい。時間が無い、人選は貴殿達に任せる。砦の鎮火活動に当る部隊と、弓兵を主軸とした部隊を、そして兵舎へと急行する重騎兵部隊を編成願いたい。それと他に斥候うかみに長けた者を三名程選出してくれ」


「了――― 」


 その間グランドは、手渡された砦の主要な構造図を頭に叩き込み、敵に悟られぬ様、あええて逃がす為に抜け道を探る。最初から腑に落ちなかった、別の何かが有るのではないかと。恐らくこれは本戦へと備える下準備の為の夜襲。間違いない。危険を冒してまで、奴等はその本戦の為にこの時期を狙って来た、其れが意味するところは……


 ―――確かめる必要がある……


「ジョルジ・マルサだ鎮火の部隊を仕切る」


 長い髪を器用に編み込んだ少しふくよかな男が指示を求める。グランドは頷くと的確な指示をジョルジに与えた。


「消火部隊は更に三人編成にしてくれ。一人は武装して二人の援護に。残りの二人は鉄製の装備は全て外させ、厚手の皮の外套を羽織らせて手斧と槌にてバリスタを破壊し、辺りに飛び火するのを防がせてくれ」


「分かった。直ぐに行動開始する」


 水は貴重な資源。井戸等の設備は未だ数多くは普及しておらず、水は金銭を払い買う程に貴重な物であった。故にこの時代の火災は、全て燃やしてしまう事が鎮火に繋がるとされ、更に破壊する事で拡大を防ぎ、二次災害を抑止する方法が定石とされていた。


「敵の工作部隊はもう既に離脱している筈だ。戦闘になる確率は低いと思うが一応警戒はさせてくれ、最悪遭遇して戦闘になったとしても深追いはせずに、鎮火作業を優先させてくれ」


「承知――― 」


「二ザール・クルスームです。弓兵隊を任されました。ご指示を」


「砦の南門を開放後、弓兵は建屋の屋根から、街中に未だ残る残党を牽制しながら南門まで誘導。敵が逃げやすい様に主要部の道は開けて、門まで追い立ててくれ、南門からが一番森に近いからな、そこから奴等を脱出させる。攻撃は近接を避け、までも威嚇のみで、直接の交戦はするな。」


「ちょっと待って下さい。今、敵を逃がすとおっしゃったのですか? 」


 誠実そうな顔が歪む。恐らく国軍の若い指揮官候補なのだろう。その顔は納得以前に驚きを放ち、あまつさえ不信感すら覚え始めている。薄汚れた軍靴ぐんかが数多くの努力をしてきた事を表していた。


「そうだ。敵は今回の任務を既に完遂し、攻撃はもう無いと見た。今は撤退の最中だ。追い詰め残党を全滅させるのは訳ないが、それでは次の攻撃が何時なのか予測が出来ない。それを探る為に今は泳がせてやる必要が有る」


「わっ分かりました! ご指示通りに」


「兵舎に急行します。アッサン・ハリール隊です」


「ハリール隊は重騎兵にて街中を疾駆しっく。見た目で敵わないと圧を掛けてくれれば奴等も慌てて退散するだろう。敵影てきえいが無くなり次第兵舎の救援と火に包まれてる矢蔵やぐら周辺の避難誘導を頼む。背が高い矢蔵は鎮火させるのは不可能に近い、燃え尽きるのを静観するしかない。しかも火薬庫が近いからな、誘爆ゆうばくの恐れもある。十分に気を付けて俊敏に行動に当たってくれ」


かしこまりました」


 傭兵の雰囲気漂う自信に満ちた口髭がニヤリと上がり、古傷を纏った太い二の腕から、熱い血管が浮き上がる。武勲を期待しての参戦だったのだろうが今は街の安全確保が優先だ。


「ハリール隊は特に、街中の被害状況もつぶさに確認。それと住民の安否確認も怠るな。行方不明者一人も漏らすなよ」


「はっ―――‼ 」

傭兵には似つかわしくない所作でたなうらを胸に膝を落とした。


「最後は斥候班だが…… どうした? 」


「それが、今、使えそうな者は二人しか…… 」


「二人だと危険が伴ってしまう。伝達の為、何方どちらかがその場を離れれば、現場は一人だけとなる…… 」


 ―――かと言って誰でも良い訳でもない……

(誰か―――)


「ぐっグランド殿、取り次げと、おっお仲間と申される方が…… あっ⁉ 」


 動揺を隠せない若い兵士の後ろから、いつの間にか仮面の男が姿を現すと、案内役の兵の肩に手をやり感謝の意を示す。


「索敵はやった事ないが俺ではダメか? グランド…… 」


「貴殿は――― 」


「力になれるかもしれない。手伝わせて貰えるか? 」


「あぁ助かる。貴殿なら何ら問題無い。こちらからも頼む、力を貸してくれ」


 見知った顔の登場で緊迫した空気が癒される。グランドは小さくえつると、男の手を固く握り締め、この数奇な出会いに改めて感謝し皮肉にも笑みをこぼした。


しかし此処ではその仮面がな…… 皆恐れてしまっている。問題無ければ作戦時まで素顔でお願い出来ないだろうか? 」


「あぁ問題無い。驚かせてすまなかった」


 男は仮面を外すと、若い兵士の肩に今一度感謝の意を示した。


 



 斥候班は三人で構成され、一人は狩人出身の経験豊富な傭兵。もう一人は斥候見習い中のセルジュイスラール国軍の若い男だった。


「俺はザイード・アルラス。北の出身で元狩人だ。斥候は傭兵になった頃からやっていた。夜目と鼻が利く、宜しく頼む」


「私は斥候見習いのハキム・ダッカームです。えっと、擬態と声色こわいろが得意です」


 両手を前で小さく組み、自信無げに上目遣いでグランドに目を泳がせる。グランドは慢侮まんぶする事無く青年に事の説明を急かした。


「擬態と声色の説明を詳しく頼む」


「えっ⁉――― あっ、はい。擬態は岩や木や自然の環境にその身を同化させる事です。それと人物、例えば老人とか商人に成り済ます事も出来ます」


「ほう、密偵が使う手段だな、それと? 」


「はい、それと声色は動物の鳴き声や人物の声写こえうつしが出来ます」


「声写し? 」


 グランドは初めて聞く言葉にいぶかしげに首をかしげた。


「そうですね実際見て頂いた方が…… 」


 ハキムはその場の空気を一回丁寧に吸い込むと、まるで憑き物に憑かれた様に目顔めがおわらせ声色こわいろ一つ真似まねて見せた―――


『私はグランドだ。先程の説明通り、今回はとても重要な任務となっている。心して当って欲しい、だが無理はするな。危険と判断したら即撤退しろ、命あっての物種だからな』


「なっ―――‼ 」


 その場に居合わせた全員が、その精度に驚愕し凍り付き耳を疑った。その声は正しく目の前に居るグランドの声そのもので有り、それ以外の何物でも無かった。理解が追い付かず、暫く言葉を失う事でしか、脳の混乱を整理する事が出来なかった。


「とんでもないな…… 」


 素顔を曝した仮面の男が呟くと、グランドが周りの者達に問う。


「自分の声を聴いた事が無いからな。私には分からないが、その反応を見るに、似ているのか? 」


「あぁ、声質も、声量から口調と言い回し方までそっくりだな。目をつむっていたら何方どちらが本物か分からん位だ」


「流石に国軍の斥候見習いって所か、俺達とは格が違うな…… 」

ザイードは感心した様子でハキムの顔を覗き込む。


「やっ止めてくださいっ‼ 私は戦闘はからっきしで、これしか他に能力が無いので、こんなので本当にお役に立てるのか不安で」


「それに関しては気にしないでくれ、君たちの能力を引き出し、役立てるのは上官である彼の仕事だ。改めて紹介する、私の友人であり彼が斥候班の班長殿だ。彼は他にも重要な任務を秘密裏に任されてるので名は隠させて貰う。従って彼の事はこの作戦中は班長と呼んでやってくれ、貴殿もそれで構わないな? 」


「あぁ、俺も今迄誰かと組んだとう事が無くてな、不安なのは一緒だ。だからこちらからも宜しく頼む」


「それでは、斥候班は南門で待機。撤退する敵を追跡し宿営地を突き止めてくれ。敵の規模や装備等を詳しく、情報は何でもいい。頼むぞ」


「分かった。任せてくれ――― 」


「それと、必ず無事に戻れ! いいな? 」


「あぁ大丈夫だグランド…… 」

 

「それでは最後に、アストロラーベ天体観測儀を扱える占星術師を急いで此処に呼んで貰えるか? 今後の事を相談したい…… 」


 グランドは伝令使に要件を伝えると急いで走らせた―――







幾重にも折り重なる群像は、限られた光陰の中でのみ動き出す。あまねく長夜に散らばる星辰せいしんは、何時しか大河の一つとなる。描いた末始終すえしじゅうは容易く奪われ、天象てんしょうに願った希望は大海の一滴となる。

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