第42話 牛は牛連れ馬は馬連れ
「はぁはぁ。やっぱ、ありゃ人間じゃねぇな。もう消えちまいやがった」
ヴェインは肩で呼吸を整えると大剣を肩に
「ねぇアンタ軍人さんかい? あっあれを見ておくれよ」
「んんっ⁉ なっ、ありゃあ――― 」
「向こうの
―――マジかよ……
「ちきしょう、砦まで後少しだっつうのによぉ、また戻んのかよ。仕方ねぇな、おい‼ ババァ‼ 俺様はもう歩けねぇ、どっかに馬はいねぇか? 」
「馬なんかみんな兵隊さんが乗ってっちまったさ、この辺りには牛しか居ないよ」
「牛だぁ⁉ 」
「居たとしてもアンタみたいな大男を乗せられる馬なんて居やしないよ」
―――まぁ確かに……
(前に乗ってた馬っコロも俺を乗せて赱るだけで死にそうだったもんな)
「チッ‼ どいつもこいつも言いたい事言いやがってイライラさせやがる。おいっババァ、仕方ねぇ俺様を牛舎へ案内しやがれ、息子の安否が知りてぇんだろ? 」
「でもアンタ牛舎って
老婆は目を丸くし口を
「うるせぇ‼ 汚ねぇ銀歯見せんじゃねぇ‼ 何でもいいからその面白れぇ顔止めろ。
「何て口の悪い男だろうねアンタは。分かったよ、ついて来な、隣のアブドゥルさんの所に処分される予定の牛がまだ居たはずだよ。体格がいいから畑仕事の為に譲り受けたらしいんだけどね、気性が荒くて言う事を全く聞かないらしいんだ」
全力で赱る老婆に追いつけないヴェインが嘆く―――
「ちくしょう、やっぱ肉の鎧は重てぇぜ。ババァにも追い付けねぇ」
牛舎の中には数頭の牛達が
「何だよ、随分小せぇのしかいねぇな」
「違うよ、アレだよ一番奥のヤツだよ」
管理の行き届いていない牛舎の奥の薄闇に、鋭い眼光が糸を引く。蒸し暑く揺れ動く
―――でっ、でけぇ……
身長2m超えのヴェインを軽く見下ろす鋭い眼光が、まるで主に
「気を付けなよ、
「は⁉――― 」
戦術訓練の一環として執り行われていた競技であったが、圧倒的な力を前に
「
「うっ、牛って闘牛かよ――― 」
「そうさ、おや? 言って無かったかね? 」
「ババァてめぇ」
「アンタを乗せて走れるのは、このマルチャド位だろうね」
暴れる巨体を抑えるには、既に縄では飽き足らず、四つ足と首から延びる左右の拘束と
「
「マルチャドは強過ぎたらしくてね。殺処分される所をアブドゥルさんが可哀そうだって引き取ったって話さ」
―――成程ねぇ……
(おめぇも行き場がねぇのか)
「良く見るとすげぇ
巨大な牛は凶悪な角を左右に振り、
「時間がねぇつうのに、力で捻じ伏せてみろってかよ。あぁいいぜ、それでてめぇが手に入るんなら安いもんだぜ」
ヴェインは自らの大剣で、勝てる見込みの無い巨大な牛を拘束する鎖を全て両断した―――
カシューは身体に赱る痛みに目を覚ますと、己の現状を理解するのに時間を要した。奇跡的に無傷である事を確認すると、身体の下に横たわる違和感に、襲って来た男により落下の衝撃が緩和された事を知る。ジンジンと皮膚の各所を針で刺される様な鈍痛に、ムルニの審判以来の激しい火傷の痛みを思い出す。
「う――― ううっ…… 」
横たわり苦しむ男のフードを上げると、幼さ残る青年の顔が痛みに歪んでいた―――
―――何だって?……
(まだ子供じゃないか…… )
カシューは男の半身を起こすと、
―――急げ……
(慌てずに最短で出来る事をしろ―――)
―――止血は?……
(ダメだ。木片を抜けば傷が口を開き大出血してしまう)
(ならば背負って脱出をするか? )
―――それもダメだ……
(太腿から骨が飛び出している。安易に背負えない)
「最善を探せ――― 」
―――脚の固定をして此処を出るしかない―――
熱を帯びた
迫り来る余地の無い命の選択に、降り掛かる無情な運命の試練は、神が人に与えし采配か。扉を叩く悪魔の来訪は、通り過ぎる事無く、地獄の火炎だけが決断の時を刻々と刻んで行った。
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