第12話 パンドーラーの匣

 その短い脚をだらしなく投げ広げ、ペタンを尻を着き両の手でって起用にモクモクと鹿の干し肉を旨そうに食べている。先程のうるんだ丸い瞳が、今は爛爛らんらんと輝きを放っている。


『うんうんウマイなぁウマイモノってたくさんあるんだなぁ~』


ぺろぺろと両手を交互に舐めておずおずと上目遣うわめづかいにおねだりをする。


『あのっ、もうイッコたべていいれすかぁ? 』

愛嬌のある口角から、舌の先っちょが忌憚無きたんなくぺろりと飛び出している…… 俺は少しクスッと笑い麻布を敷き、その上に腰袋の中身を全部出した。


「まだ沢山あるから好きなだけ食べていいぞ」


『わぁっ あのっマジンサマはたべないんれすかぁ?』

もふもふの手を伸ばし、ちょんちょんと鹿肉をつつく。

(それは動いたりしないよ…… )


「俺はいいから好きなだけ食べて良いんだぞ、それとその魔人様って言うのは止めてもらえるか?俺は魔人なんかじゃなくて人間だぞ」


 そう言うと俺は深く被っていたフードをようやくく上げ初めて顔をさらして見せる。


『え~⁉ もしもマジンサマがヒトゾクだったらオレとハナシなんてできないれすよ? 』


「そうなのか? 」

俺は小枝を集め火打ちで火を起こし、少し冷えたその場の空気を暖める。


『モチロンれすょ~、まぁカミってよばれるヤツのマガンをみるとヒトゾクでもオレたちみたいなものたちと、カイワができるようになるって、エライいかたがいってましたけどね』


 今度は股の間から尻尾をだしてぺろぺろに夢中だ。


「神か…… 成程ね」


 ―――大凡おおよそ確定だな……

(俺はどうやら神と言う存在と何らかの形で接触したらしいな。だからこいつとも会話が出来るって事か)


『でも、そもそもカミとヒトゾクがデアウなんてフカノウだからナニカにみちびかれるいがいアリエナイらしいれすょ』


「何かに…… 」

 ―――故意に導かれるか…… いや…… 故意に接触させられた? 

(何者かの策略にって⁉ )


「その偉い方ってのは何なんだ?」

 俺は鹿の干し肉を軽く焚火であぶると、辺りに香ばしい燻煙くんえんを立ちのぼらせた。


『テンツラヌくヴァヴェルとよばれるコトワリのトウのサイショウサマっていってたのをキイタコトあります。エンタクのチツジョをまもるカタだってじっちゃんがいってましたぁ』


 でかい猫の舌が出っぱなしになり、尻尾を持ったまま、ぽたぽたとよだれしたたる……


天貫てんつらぬくヴァヴェル? ことわりの塔? 円卓? 」

(聞いた事も無い名称が沢山出て来たな…… )


『エンタクってのはカミガミのバンサンがおこなわれるっていわれてて、カミサマドウシのきまりゴトをきめるトコロってききましたぁ』


「そのことわりの塔は何処にあるんだ? 」


『ええっとぅれすね~ ん~っとぉ』


 まん丸の瞳が炙り鹿肉にしか興味を示していない…… こうなるともう駄目だな……


「ほら、炙るともっと旨いんだぞ!! 」


 鼻先に鹿肉を突き出してやると俺の手首を両手で掴み込み、もぐもぐと目をぎゅっとつむり幸せそうにはしゃながら食らいつく。


『わきゃあ』


「旨いか? 」

思わず笑みがこぼれてしまう。


『おいちぃれすうぅ』

俺の手首が見る見る涎塗よだれまみれになってゆく。


「それで? 何処にあるんだ? 」


『なにがれすか?』


「…… 」


 (幼いであろう此奴こいつに聞いてもらちかないか…… )

 

 魔狼の一件からその異形いぎょうと呼ばれる者の存在にも少しは免疫が付いてきた所だった。そしてこの黒豹との出会いだ。この先、何があっても不思議ではない。この先を知る覚悟は出来ている。


『メイカイれすよ~』


 ぶっ!!―――――


「ごほっごほっ、何だちゃんと聞いてたんじゃないか」

俺は食べ掛けの肉を喉に詰まらせた。


『ごめんなさい、たべてるとムチュウになっちゃって』

ぐにぐにと、ほっぺの辺りの毛繕いを絶賛開始する……


冥界めいかい? 」


『はい、オレがうまれおちたトコロれす~、コトワリをつくりセカイのキントウをツカサドルるところれす』


「理を作り世界の均等を司るか…… そこには人間は居ないのか? 」


『ヒトゾクはいませんよ〜ヒトゾクはハコニワにしかソンザイできないっていってました。でもヒトゾクみたいなスガタのメイカイビトはいます』


 ―――――匣庭はこにわ

俺は目を見開き、背筋に冷たいものを感じながら耳を疑った……


「おい!! 匣庭ってのはどう言う意味だ⁉ 」

胸がざわつき鼓動が早くなる…… その言葉のままの意味で有ればとんでもない事実になる…… 嫌、事実どころの騒ぎじゃあ済まされない。


『ん~よくわかんナイれす~』


真逆まさか俺達のこの世界が造られた匣庭だって言いたいのか? )

 ―――いや、慌てるな……

(こんな何の確証も無い眉唾事まゆつばごと狼狽うろたえてどうする)


  しかし、これが事実だとしたら?―――――

(一体どれだけの人間がこの事を知っている? )


 そもそもこの黒豹とこうやって話が出来たから分かった事だ。もし俺が此奴こいつと話が出来なければ知る余地も無かっただろう……


 しかすると、俺を神と呼ばれる存在に引き合わせた奴は、これが目的だったのか?異界の者と会話をさせ、この世界の本当の秘密を俺に知らせる為に?


 そんな…… そんな馬鹿な。一体何故?


 それじゃあ一体、人間ものの存在意義とは?存在価値とは?こんな事になるのであれば、もっと世界に興味を持ち見聞を広げておくべきだった。今の俺の乏しい知識では到底頭が追いつかない。

(はぁ、何だか混乱して頭が疲れたな)


「すまん、少し休憩しようか」


『はぃ! 』

 




 時折、葉が少し冷たい風に揺れ、小川のせせらぎに陽の光彩こうさいを落とす。


「所でお前はやっぱり魔獣って奴でいいのか? 」

俺はゴロンと焚火の近くで肘を立て身体を横にし寝転んだ。


『あい! たぶんそうなんだとおもいます』

でかい猫は本日何回目かの股座またぐらに挨拶をしに頭を突っ込む……

(また、ぺろぺろなのか? )


「名前はあるのか? 」

対して興味は無かったが、果たして魔獣にも名前と云う概念が有るのかと尋ねてみた。


『アルにはアルんれすがぁ…… 』

ぴたりと股座またぐらに顔を突っ込んだまま動きが止まり、でかいまんまるの毛玉が出来上がる……


(おいっ!窒息しちまうぞ…… )


「どうした? 何か見つけたか? 」


マナ真名は、しられるとタマシイをシハイされてしまうから、じっちゃんがおしえたらダメって』


「そうか、なら仕方ないな」

俺は身体を起こし肩口を縛った布を緩め小川ですすぎ、新しいアキレア草で手当てをする。


『でも…… うんとぉ…… そうだ⁉ 』

急に、でかい毛玉から頭が飛び出した。


「んっ⁉ 」


『ギアラ!! オレのことはギアラってよんでください』

もじもじと背伸びをして恥ずかしそうな仕草をする。


「お! そうか、ギアラか、何か強そうな名前だな」


『えへへ』

照れながら両手でほっぺを持ち上げる。


「ギアラは何で此処…… んーと何て言えばいいんだ……」


ジンカイ人界ですかね? 』


「あっ! そうそうそれだ人界…… 」

(頭良いのか悪いのか判らんな)


『クロキリにのまれてここにきてしまったれす』


「…… 」

(頭…… いいのかな…… )

そんなまん丸な瞳を疑いを込めて少しめ上げる。


『すこしマエにマジンたちのシュウライがあってメイカイのまちがこうげきされたれす』


「それは戦争って事なのか? その魔人達って言うのは何処からやって来たんだ? 」


『ナラクです。あいつらはナラクのアクイでつくられ、せかいのキントウをこわすためメイカイにおくられてきました』


「奈落の悪意? 」

いぶかしげに目を細めた。


『はい、マジンセンソウっていわれててオレがうまれるマエからセンネンシュウキでおきるセンソウでセカイがかわるゼンチョウっていわれてます』

「世界が? それは俺達のこの世界の事か? それともお前達の世界の事か? いや、それ以前にそもそも世界と呼ばれる物は幾つあるんだ? 」


『オレもよくしらないれすけどテンカイ、ジンカイ、メイカイ、ナラクってわかれてるみたいれすょ? 』


俺はしたる疑問を差し込む事は無く、言葉を多く飲み込んだ。

―――おいおい冗談だろ……


「魔人戦争…… 」


『そのセンソウで、とうちゃんも、かあちゃんも、にいちゃんもみんなマジンに……』

大きな瞳から心の悲しみがぽたぽたと溢れだし肩を震わす……


「すまなかった、辛い事を聞いたな…… 」


『うっうぅ…… 』






わざわいを招く戦端は、パンドラの箱をそそのかす。故郷の頽廃たいはいしのぶれど、物憂ものうげな瞳はなみだを弾く。いわんいとけい幼子ならば、温もり求めて夜もすがら、天を仰いでむせび泣く。

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