第20話 レイドリュー・ヴァー・ゾイル

「これで理解できましたよ。貴方を本気にさせるのには生贄が必要なのですねェ? 内に秘めたるその力、見せて頂きましょうか」


 頸動脈けいどうみゃくねじられ気を失ったエマは、魔人の腕を跳ね上げた事により、力無く落下を始める……。


「おっと、折角の生贄です。どこぞの囚われた姫の大役をしていただきますよ」


 光を放つ一本の左爪を伸ばすとビリッと雷のように帯電する。更に腕を高く伸ばすと爪の先端に鋭い杭針くいばりのような物が現れた。



ᛋᛏᚫᚲᛖ ᚾᛖᛖᛞᛚᛖステイクニードル――――― 」



 ヒュンとそれをエマの両のてのひらに突き刺すと浮かぶ夜空にはりつけにした。


「あぐっ―――――!! 」

エマが痛みに目を覚ますと、悲痛な声を上げた。


「貴様ぁ――― 」


「良いですねェその表情。ゾクゾクしますねェ、このお姫様を生かすも殺すもあなた次第と言う事です。貴方達が信仰を寄せる神とやらに祈りを捧げ、助けでもいますか? ククク、祈っている間に一体何人の人族が死ぬんでしょうねェ? 全ては力なのです。力無き者から死んで行くのですよ。神などは一切救ってはくれません」


 ―――そんな事は分かっている……

(絶望をこの目で何度も見て来た)


 魔人の右腕がぼこぼこと蠢き新たな腕を生やす……


 「―――――なっ⁉ 」


「あぁこれですか、再生する程に弱く、多少脆弱ぜいじゃくにはなりますが大した問題ではありません。元には戻せるんですよ。ククク、便利でしょう? さぁ、てのひらと言えど、出血が進めば姫の命に係わるんじゃあないですか? 時間はありませんよ?」


―――考えろ相手は格上……

(怒りを抑え集中し、精神を研ぎ澄ま――― )


「来ないのならば、こちらからうかがいます」


 ドンッと魔人が飛び出し間合い一足を瞬時に制し、今正にその恐ろしい程の右爪を振り下ろしに掛かる。


 「っ―――――!! 」

 

 ガキィンと火花が散り闇夜に刃が交差する。構わず腰を落とし踏み込み寸前、右爪をつばでかちあげ胴に剣筋を流す―――――


 目の前の魔人の姿にかすみが掛かりブンッと消え、手応えを得る事無く刀が空を切ると、背後から強烈な衝撃が走り、しかばねの山に吹き飛ばされ、むくろと目が交差し幾度いくども星空が舞う。


 「―――――ぐはっ、くそっ!! 」

 

 額から血がしたたり気が焦る。とらえられない、このままでは状況が悪化し守勢しゅせいとなってしまう。どうする? 妖刀術はまだ俺の力不足の為、連発は出来ない。剣刀術と徒手術で追い込み、最後に一気に鬼丸で決めるしかない。

 

(その為には…… )


 力を抜きゆっくりと腰を落とし鍔に手を掛け目を閉じた。足元から立ち昇り始めた妖気が空気を振動させる。微動だにしないその空間の中で地表に亀裂が走りビリビリと魔人の頬を撫で威圧する。



―――心頭滅却 無念無想……



 無心の世界で一滴のしずくが弾け、精神領域内で波紋が生まれた。波紋は乱す者の場所をあらわにすると、走る刃は時空を越える。高速で移動する魔人を捉えると、目にも止まらぬ速さで迫り寄り、新たなる危険地帯へと引きり込んだ。


「なにっ――― このわたくしが…… 追い付かれた? 」

 

 場の空気がうねりをあげドンッと地表が揺れる。時は来たれり、攻守一体。両者一歩も引かずの打ち合いは幕を開け、風圧で頬が歪み、一刀一打が簡単にその命を奪いに掛かる。傷の数だけ血汐ちしおほとばしり、夜空に譲れない互いの理由を刻む。

 


 攻めて必ず取る者は、其の守らざる所を攻むればなり。



 鋭い剣先はその精度を増し、息が触れ合う距離から放つこぶしは腹をつらぬく。急角度からの豪脚ごうきゃくが魔人の爪を容赦なく砕き、躊躇ためらう事無く打ち込まれる技の数々に、生まれたばかりの右腕が弱さを見せる。矮躯わいくに有るまじき、なんたる膂力りょりょくか、たまらず魔人は空へと退避し距離を取る。


「ぐはッ…… 」

魔人は青い体液を夜空に撒き散らし口を拭って見せると、同じくこらえ切れず俺は鮮血を吐き出し膝を着いた。


「まさかこれ程とは…… ここ迄追い込まれるとは思いませんでした。遊びは此処までにしましょう」

 

 見守るグランド達を他所に、薄闇の空に大火が立ち昇り、眼下が急に照らし出された。村を囲繞いじょうする壁のような炎が、その中心点の広場で行われている恐ろしい程の激情の衝突を露呈ろていさせる。


「グ、グランドありゃ一体…… あ、あいつは一体何と戦ってやがる? 」


 燃え盛るほのおの中、三人の瞳にはっきりと、異形の者らしき存在と対峙する男の姿が照らし出された。それは人を凌駕した者同士の死闘だった。破滅の扉の前で残された命を懸け、明日と云う名の希望の扉を奪い合う。


 魔人は無情にも決着をむさぼる為、己の力を解放し、その危険度をみずから一挙に引き上げた。バキンと身体に残された鎧が砕け散り、天に叫びを捧げると、身体を風が包み込み稲妻が祝福する。筋肉が膨張を始め、洗練された新たな肉体が目を覚ます。



「―――――ᛋᛖᚾᛏᛟᚲᛖᛁᛏᚫᛁᚺᛖᛏᛟ ᛁᚲᛟ戦闘形態へと移行――― 」



 身体は幾分小柄に変化し、人間と遜色無い体形へと進化を遂げた。角は小型化され左右に分かれ天を仰ぎ、四肢は太く、銀色に鈍く光る胸板が厚く張り出し強さを顕示けんじしている。爪や武器と思われる物は無く、そのこぶしだけを固く握りしめ闇夜に佇んでいた。


「誇ってくださいね、最後にこの姿を見れた方はそう居ないんですよ」

魔人は回復したのであろう右の拳を何度も握り返し感覚を確かめる。


その直後―――――!!

 

 魔人の姿が消えた瞬間、捉えきれない残像が一瞬視界を遮ると、痛みを越えた衝撃が受け身を取らせぬまま煉瓦れんがの壁を突き破り、小さな教会の礼拝堂の壁にひびを走らせその身体を無慈悲に打ち込んだ。俺はガハッと吐血を曝し、壁を背に崩れ落ちる。


「いけませんねェ、神の御許みもとを血で汚すなど、あってはならない行いです。それとも最後の祈りでも捧げますか? ククク」


 魔人はゆっくりと礼拝堂の中に歩み寄り、満身創痍まんしんそういの俺の髪を引っ張りながらエマの居る広場へと引きり出した。


「さぁ皆さんお待ちかねの公開処刑の時間ですよ」


「ぐあっ、貴様何を…… 」


「なぁに、簡単な事です。貴方を本気にさせてあげようと思いましてねェ、うらみとにくしみ所謂いわゆる憎悪ぞうおは力を増すみなもとと聞いた事があります。 貴方はその絶望を受けて果たしてどう変貌へんぼうを遂げるのでしょうねェ? 」


「やめろ!! 」


「貴方は騎士失格です。何せ、姫様を守る事が出来なかったのですから。さぁ、その目に焼き付けて下さい大切な姫の最後と、弱き自分の愚かさを」


 魔人は右腕を大きく上げ力を溜める。一本の長く鋭い稲妻の矢のような物を空中に漂わせると、囚われたエマに向けて高速で投げ放つ。


「やめろぉぉ――――― 」


ᚱᚫᛁᛏᛟᚾᛁᚾᚷᚢ ᚫᚱᛟライトニングアロー――――― 」


 次の瞬間、鋭い稲妻の矢がエマの胸を貫抜つらぬき、痛み悶えた声を上げ、月夜を真っ赤に染めた。大量の血を吐き出し、虚ろな瞳を浮かべると俺に何かを呟き静かに首を垂れた…… そう、≪逃げて≫とだけ口はそう告げていた。



「エマ―――リアぁ――――――!! 」



―――あぁそうか、思い出した……。

(俺を苦しめるこの映像は、何度も味わって来た絶望)


(何度同じ事を繰り返せばいい?…… )

―――また大事な者を失っても尚――


「俺はいまだ…… 無力だ―――― 」


 刀を地面に突き刺し、血液をまき散らし乍ら身体を預け立ち上がる、一気にその場の妖気が恐ろしい程に跳ね上がり、天を貫く柱となる。魔人の本能に警鐘を鳴らすと怒りの刃が紫の業火となり、その全容を現した。


「さて、いよいよですか。全く、待ち草臥くたびれましたよ」


( 殺してやる この身が朽ち果てようとも)


―――――起きろ


鬼丸―――――


≪俺の命をくれてやる お前の力 全てをよこせ≫


⦅御意―――⦆


 警鐘の鐘が魔人の肌に振動を示し、闇夜に禍々まがまがしく絶叫とともに妖刀が浮かび上がる。村を囲んだ炎はその凄まじい妖気に共鳴し吹き荒れ雄叫びを上げた。







天より落ちたる審判は残酷な天使の導きか、闇を揺らす大火は見るもの全てに悪夢を知らしめる。残酷な物語の始まりは神を否定し脳裏に殺意だけを忍ばせた。たとえそれが己が命とひきかえようとも……

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