【特別賞受賞作品】////決戦のナリカブラ////
那月玄(natuki sizuka)
第1話 埃舞い散る中で
俺は小さな辺境の村で生まれた。
自給自足の多い村で、両親は兼業で農業と畜産を営み貧乏ながら細々と暮らしていた。近くの町までは馬車で片道二日以上掛かる。
したがって勿論、学問などの学びの場などは無く、読み書きや一般常識、金の計算なんてものも商人や身分の高い者以外、身に着けている者は少なかった。
しかしうちの稼業は農業と畜産。野菜、卵、日持ちのするチーズの様な加工食品等々、それらを町の業者に卸し、生計を立てていた為、父や母からは計算や読み書き、世間の常識等を教わることが出来た。
最近は母を家に残し、俺と幼馴染のレオと父の荷馬車を護衛しながら町に納品に向かう。町までの街道は整備されているとはほど遠く、荷馬車の中の荷物がひっくり返るほど荒れている。俺は幌付きの荷台の中に、荷と共に乗り込み荷崩れの無いように注意し、レオは父の左隣に座り周囲の状況に目を配る。
父には左腕が無い―――
俺が幼少期に父は、荷馬車で町に行く途中で野盗に襲われた。腕を落とされ、荷馬車を奪われ、街道沿いに転がされて居たのを、どこかの偉い薬師様に助けられたと聞かされた。レオは父の左腕を担う役目だ。勿論護衛と言う役割もある。
あの時から、そう、あの時から、父が腕を失って帰って来た時から、俺は幼いながらも両親を守らねばと心に誓った。
武器は高価な物で村には無い。争いごとになれば農民はクワ等の農機具を手に立ち向かうしかない。俺は農家の爺に頼み込み、壊れたクワの棒切れを貰い、朝から晩まで知識も無く振り回した。
村には剣を知る者も居ない……、毎日ただ汗だくになりながら、棒を振り回す小さな子を哀れんだ村の狩人は、弓を教えてやると言い、俺を狩に連れて行ってくれた。
同じ頃、俺に同調したレオも狩に行くようになった。
狩人とは生活の為、狩を行う者。罠を巧みに使い、気配を消し、昼夜問わず獲物を追い詰め、狩る。森と同化し、何日も同じ大物を追い、狩猟をすることから、森人と呼ばれる事も有る。戦時には、その高い機動力から暗殺者として軍から召集されたとも……。
狩った獲物は売っても良いし、自分達で消費しても良い。売る場合は登録が必要だが、この村では後者の割合が多数だ。
武器固定の概念は無く、武器になる物は何でも使う。ただし狩人に成る者は、身体的に突出した所が無く、力が無ければ扱えない大剣や、特殊な訓練を受けなければ扱えない武器等を使う者は居ない。言うなれば、適正が無ければ扱えないと言うことだ。
武器を扱う職として敢えて区分するならば、剣を主力として戦う剣技士。罠と機動力を得意とする狩人。そして金で雇われ戦争に参加し、対人戦を生業とする
古い昔の文献には、天使と悪魔、精霊と魔女、悪霊や怨霊、魔物や魔獣、そして神と、様々な【人ならざる者】の存在が書き示されているが、
そんなものは一度も見た事も感じた事も無い。
しかし、魔術と言う物を扱う事が出来る魔術士と言う職は存在していたらしいが、もう何百年も昔の事らしい。
俺とレオは十五歳になり一人前の狩人として認めて貰えるようになっていた。成人とされる歳まで後二年…… そこで神の祝福が舞うと言われている。「神の囁き」これを受けると、「
これからの可能性に俺たちは胸を躍らせていた。
因みにレオは狩人としては珍しい短剣の二刀流。毒や麻痺などの状態異常薬の知識にも長けている。気配を消し、獲物に近づき、毒を塗った手数の多い双剣で状態異常に落とし込む、身内ながら恐ろしい戦術である。
俺はと言うと、狩人の基本である弓を主体に遠距離と罠で獲物を仕留める。だがこれには不安がつのる。獣を狙い狩をするならば、今のままの戦術で事足りるが、相手が徒党を組んだ人間ならば、戦闘は近接主体になり、レオに負荷がかかってしまう。かと云え、護衛に剣技士を雇う金も無い。レオは剣技士寄りとは云え対人戦は皆無だ、勿論俺もだが……
「むうううう…… 」
荷に背中を預け両腕を組みうなっている俺を振り返りレオが問いかける。
「なんだ? 腹でもいてーのか? もうすぐ宿営地だから我慢しろよ? 」
「ん? ああ大丈夫…… お? そうか、もうそんな所まで来たのか」
身を乗り出しレオと父の間から頭を覗かせ前に視線を送る。
「お前がなんだかうなっている間も荷馬車は進むからな、あはは」
俺はムッとした表情でレオを睨み返した。
宿営地とは、行商人や旅人達が大きな広場に集まり集団で固まり宿営する場所である。一般的にいくつもの街道が交差する場所にあり、自然と人が集まり宿営地と呼ばれるようになった。
街道沿いは盗賊や獣に狙われやすく、野営するにも危険であるが故、いつの間にか商隊や旅人が集まりだしたのが始まりだという。
商隊を組んで町を目指す商人達には、大抵護衛が多く雇われている。だが、我々のような個人の小さな商人達は護衛を雇う余裕すら無く、いつも危険と隣合わせだ。
そこでこの宿営地だ、もし仮にこの宿営地で野盗に襲われても、商隊の護衛達が必ず加勢してくれる。危機に乗じて後ろ盾になってもらうのだ。勿論、宿営地に到着し大きな商隊が有れば、ご挨拶に行かなければならぬが、それもまた商人であれば大事な情報交換の場となりうる。此処ではその事から町には行かずに、宿営地専門で商売をする者達も多く、活気に満ちている。
「おい、何か食いに行こうぜ、親父さんいいだろ? 」
レオがキラキラとした目で父にねだる。
「レオはすぐもめ事を起こすからな行儀よくするんだぞ? 」
「はぁ…… 親父さんひでーな、俺だってもう大人だぜー分かってるよ」
「儂は商隊にご挨拶に行くからの、くれぐれももめ事を起こすなよ? 」
「あーい、おい、いこーぜ‼ 」
レオには幼い頃から父親は居なかった。レオの父親は村一番の狩人で、多彩な罠の技術と状態異常薬の知識を駆使し大物を仕留めていた。しかしある時、大きな獣に襲われ、腹を突き破られてしまい帰らぬ人となった。今レオが使っている双剣は亡くなった父の形見である。そんなレオを俺と同い年と言う事で父も息子が二人出来たと言って可愛がってくれていた。
「ったく、親父さん俺にだけ煩くねーか? 」
「ははは、お前が暴れん坊だから可愛いんじゃねーの? 」
「はぁぁ? なんだそれ? もうガキじゃねーっつうの」
此処には建物や建築物は無く、商売するものは皆、自分の荷馬車の後ろ側で調理して食べ物を提供したり、中にはテーブルとイスを用意して酒を提供する者、荷台で珍しい物品やアイテムを販売したりする者達も居り、ちょっとした出店のような雰囲気で楽しい。
そんな中、ここぞとばかりにレオが
「おい、レオ買いすぎじゃないのか? そんなに食べきれないだろ? 」
「ん? よゆーよゆー 」
と言いかけた瞬間に肉の串焼きを地面にボトボトと落とす。
「んなあぁ~~ 」
大きな叫びに周りの大人達がクスクス笑っていた。俺は顔を赤らめて「うるせーよ‼ 」っと一喝すると、すっかり肩を落としたレオの首根っこを掴み、広場の中心に有る営火場近くに連れていき腰を落とした。
「そういや、武器売って無かったな…… 」
俺はボソッと独り言のように呟く。
「何? お前武器なんて欲しかったのか? あぁ…… 今のはセルギンさんのお下がりの弓だもんなー、そろそろ新しいの欲しい頃だよな? 」
「うん…… 」
「あ! お前もしかしてそれずっと馬車の中で考えてたのか? 」
くくくと笑いながら肉をほおばるレオを見て、少しイラっとした。
「違うわ‼ アホが! 」
「ああん? 俺がアホだぁ? てめー」
レオが肉をほう張りながら立ち上がった瞬間、レオの背後に止めてあった商人の馬車が、何の前触れも無く突然大きな炎と共に爆発した―――
ドッガアアアアン―――――
――――爆音と衝撃が響き渡る。
「なっ⁉ 」
爆風と肉と共に吹き飛ばされるレオを心配し駆け寄る。
「痛ってててて」
「おい⁉ 平気かレオ? 」
「に…… 肉がぁ」
「こっ、これって火薬の匂いだよな? 」
二人で顔を見合わせお互い確認する。
「やべーぞなんだこれ、もどんぞ」
辺り一面悲鳴と怒号が飛び交う―――――
―――襲撃だあああ‼
誰かが叫んだ刹那、横並びの荷馬車2~3台が吹っ飛んだ。
―――ぎゃあああ……
逃げ惑う人間を弓矢が襲う―――
「これって…… レオ‼ 」
全力で走りながらレオに叫ぶ。
「急げ、親父さんが危ねー 」
炎と煙に紛れて剣や弓を持った馬が勢いよくなだれ込んでくる。火の粉が舞い熱風で前が見えない中を全力で走り抜けると、俺達の荷馬車の幌にも炎が走っていた。
「くそっ、やりやがったな、許さねえ‼ 」
―――同時に双剣を抜くレオ―――
「親父さんがいねー、探すぞ、弓取ってこい!! 」
俺はまだ無事な荷台に転がり込み、弓と矢筒を装備して荷台から飛び降りたその時―――――
「ぐはぁッ」
馬車の裏手から一瞬もだえる声が聞こえた。
―――父の声だ!!
「レオ、裏だ‼ 」
駆け付けた俺たちの前に、腹を刺され木にもたれかかり虚ろな目で叫ぶ父が居た。
「逃げ・ろ・お前達…… 逃げろ‼ 」
フードを被った男が今まさに父にとどめを刺そうとしている……
「いやめろおおおおおお」
―――レオが飛び出し男を急襲する……
正に一瞬の出来事だった。ガキィンと双剣が空にはじかれ、顔面を膝で蹴りあげられると同時に、レオの体が浮き上がり地面に仰向けに叩きつけられた。
「がっはぁ」
「ちっガキが、死に急ぎてーか? なあ? 」
―――初めての対人戦……
全身の震えが止まらない―――
男は剣を両手に持ち替え、倒れたレオを突き刺そうとしてる。
射程圏内―――――
息を吐きながら弓にゆっくりと弧を描かせる。
―――集中しろ……
指の震えが狙いを狂わせる―――
(人に向けて放てるのか? 人を殺すのか?)
ほんの数秒、頭の中でもう一人の俺が叫んでいる。
(落ち着け…… 五月蠅い…… 黙れ!! )
――――そんな事考えてる場合か⁉
(腹をくくれ‼ 弓を放て‼ )
レオが死ぬぞ―――
躊躇いを乗せて弓を放つ―――――
―――――ドッシューン!!
辺りの熱風の影響で弓が狙いを外し、男の肩をかすめた。
「くそっ‼ 」
「んあ? てめーもかガキぃ~」
急げ‼ 間合いを詰められれば俺は終わる…… 相手は剣技士。次矢を構えようと矢筒に手を伸ばした瞬間に、右胸に衝撃と激痛が走った。
―――――⁉
俺の右胸に投げナイフが突き刺さっている―――
「ぐはぁッ」
バランスを崩しその場で膝をついてしまった。
「こいつッ戦い慣れしてる‼ 」
(立ち上がれ、傷は深くない、まだやれる)
やらなきゃ―――
―――やられるんだぞ⁉
立ち上がった瞬間、男が目にも止まらぬ速さで懐に飛び込んで来た……
「なッ⁉ 」
「けはは、いいねー、でも遅せー」
男は笑いながら剣の柄で俺の腹部をドゴンと体重を乗せて突く。
「ごぶっ」
口から吐血し、視界がかすみ意識が飛びかかる―――
「これだから殺しは止められね~
前のめりにくの字に出た俺の顎を、同じく剣の柄でかちあげた。
ってな」
脳が揺らされ映像が乱れる……
「がっはぁ」
大きく後ろに身体が跳ね上がり衝撃と共に地に沈む。
「ぐぁッ‼ 」
「かかかっ、雑魚すぎだろ‼ ガキは寝てな」
薄れゆく意識の中で、男が父の元にゆっくりと歩いて行くのが見えた。
父にはもう意識は無く、ただ木にもたれかかっている。
「いあめろぉー いゃめろおおおおお」
顎を割られ声にならない叫びを上げる。
投げナイフには麻痺薬が仕込んであるようだった。懸命に這いつくばるが、うまく前に進まない。自分の無力さがこみ上げ泣き叫ぶ。
「いあめどおぉぉぉぉ――― 」
男が父の首元に剣を一閃する寸前、レオが倒れながら男の足にしがみつく!
「だらあぁぁ、やらせねぇ、絶対やらせねぇ、ふざけんなぁてめえ殺してやるう」
「ああ? ふざけてなんかいねぇ~んだよ」
しがみつく腕を振り払い腹部を蹴り上げる―――
「ヴッげええ」
「これが楽しいんだよ俺たちゃ~な」
半身立ったレオの肩口をけり押し、仰向けに転がし頭部を蹴った。
「がっ‼ 」
「へへへたまんねぇ~な。これが絶望ってやつだ分かるか? 良く見とけ、何も出来ず泣き叫べ‼ そして弱い自分を恨め‼ 」
そう男が言い放った直後……。
父の頭が俺達の前に転がった。
父の夢を見た…… レオは幼い頃までは父のことを父ちゃんと呼んでいた。父が敢えてそう呼ばせていた……
森で獣に襲われ変わり果てた姿で帰ってきた父の親友には、まだ物心もつかない幼子が居た。
この子の成長を見守りたい…… 父親には成れなくとも、志し半ばで逝ってしまったあいつの役にたちたいと、母に理解を求めてきたそうだ。
左腕を無くし、父が瀕死で帰って来た頃からレオは、俺は父ちゃんの左腕になると言い、決して父の左側を譲らなかった。
『ありがとな』
そう言って穏やかな優しい眼差しで二人順番に頭を撫でてくれた……
「いあぁぁぁぁぁ――― 」
悲鳴とも絶叫ともとれるしゃがれた声で、叫び狂いながらレオが這いつくばる。その声で、はっと現実に引き戻された。目に滴る血液が視界を塞ぎはっきりと見えない。男は父の体を物色し金目の物を奪ってゆく。
「あぁぁ親父さんが…… あああああ」
這いつくばりレオが探していた物は……
父の頭だった……。
変わり果てた父の顔を引き寄せ抱きしめる。
「あああ父さん…… 父さん…… なんで…… なんで…… 」
「あああ殺してやる殺してやるぶっ殺す殺してやるころすうあああ」
父を抱きかかえ丸くうずくまりながら半狂乱にレオが叫ぶ‼
「あーはいはいテメー生かしとくと面倒そうだかんな‼ 一緒に行けや‼ 」
不意に男が振り返り、高速で刃をレオに振り下ろす‼ 全てが終わったと思った…… これが全ての終わりだと思った。全身の力が抜け気力も体力も限界を
そう…… 諦めた…… 諦めたんだ…… 抗う事を……。
―――――突然‼
辺り一面に雷の様な閃光が走り、バリバリと言う爆音と共に遅れてきた衝撃波が嵐のように俺の髪を吹き上げた―――
ドッゴオオオオオオン―――――!!
怒涛の地響きが鳴り渡る。地面には亀裂が入り、帯電しながら真っ直ぐに男が居た場所へと続いている。フードを被った男は直撃を受け、周りの木々ともども吹き飛ばされてしまっていた。
「け、剣技⁉ はっ、レオは⁉ 」
声が出せず埃舞う中、必死に目を凝らす。どうやら今の剣圧で吹き飛ばされただけで無事なようだ。
埃が舞い散ると中から風を纏い屈強な男の姿が現れた。
俺達の身長すら優に超える大剣を地面に突き刺し立っている。視線を送る先はフードの男が吹き飛ばされた場所。横目で警戒しながら俺達の位置関係を確認してる。
「遅くなってすまなかった。後はこちらに任せろ」
男が左手を上げると数名の男達が現れた。俺とレオはその男達にだき抱えられながら、いつの間にか気を失っていた―――
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