第45話 汝の敵を愛せよ
「もう一発ぶちかますぜ‼ 離れとけ――― 」
「だあぁらあああああ――― 」
続く轟音に
「何処だ‼ 返事をしろ――― 」
―――何だ……
この感じは―――
鼓膜がキィンと気圧の変化を感じ取ると、給気される事が無い状態の建屋内部の熱せられた空気が、急激な酸素の流入により膨張を示す。
次の瞬間。ザファルの胸騒ぎは悪夢へと変わる―――
―――しまっ⁉……
男達の身体は閃光に包まれると、化学反応が悪魔を呼び覚まし、その場に居た全員に牙を剥く。燻っていた火種達に一斉に命が芽吹き、その本性が露わになった。
―――ドゴォオオオオン―――
正に一瞬の出来事……
爆音を轟かせ地獄の大火が全てを飲み込むと、爆風によって全員が塵の如く龍の口から吹き飛ばされ、何度も地面に叩きつけられた。同時に建屋は目覚めた悪夢が現実へと姿を変えると、炎の竜巻にゆっくりと飲み込まれて行く。
「ぐはっ――― 」
「があぁぁぁぁ」
失われそうな意識を漸く保ち、ザファルは自らの身体を確認する前に仲間の安否を求めると、片腕で額を熱波から庇い
「くそっ皆無事か? 返事をしろ――― 」
叫ばなければならぬ程に、業火の勢いは言葉の通りを邪魔をする。
「もうダメだザファル兄ぃ、皆吹っ飛んじまった。逃げなきゃ俺達も助からねぇ諦めろ」
「まだだ――― まだ火薬には引火していない」
ザファルはフラフラと立ち上がると上着で自身の頭を覆う。
「なっ何をする気だ兄ぃ、ダメだ、もうダメだ諦めろ兄ぃ、悪いが命を張る義理はねぇよ」
「時間が無いんだ。お前は皆を連れて退避しろ‼ 」
ザファルは口を大きく開く龍の如き建屋の戸口を凝視し、歯の欠片と伴に鉄の味を勢いよく地面に吐き捨て、口を拭って見せた。
「止めろ、止めてくれ兄ぃダメだ、死にに行くつもりか」
「ナディラに泣きつかれたからな。もしもの時は皆を頼むぞ」
「無理だ、ダメだ止めてくれ兄ぃ」
そう一言だけ告げるとザファルは、業火に包まれようとする建屋に独り飛び込んで行った。
「ザファル兄ぃ―――‼ 」
一瞬で何かに意識を奪われたカシューが目を覚ますと、ゆらゆらとその勢いを増そうと大きさを変える炎に
どれだけの時間が経ってしまったのだろう、幸い火薬にはまだ引火していない事を知ると気が焦る。間に合うのか、もう間に合わないのか、死に対する覚悟の前に、這いずり
「―――――‼ 」
「しっかりして今助けるから」
大きな建屋の
「に…… げろ…… 」
「黙って‼ 」
カシューは梁に手を掛け力を込めるが、激痛により自らの腕も折れ曲がっている事に今更気付く。構わず精一杯の力を込めるが、折れた腕から血潮が噴き出すばかりで、折り重なった梁はビクともしない。諦め切れず、体勢を変えて男の手を強引に引っ張った時だった。男の弱弱しい引き入れ声が、最後の願いをカシューに告げた。
「頼む…… コレを…… 」
それは細い革紐の先端に、美しい貝殻の付いた首飾りだった。
「これは? 」
「―――に ――― 」
「―――――⁉ 」
直後、叫び声が響き渡る―――
「返事をしろ――― 何処だ何処に居る? 」
「こっこっちだ、こっちに居るよ手を貸して早く」
カシューの元へと辿り着いたザファルは、置かれた最悪の状況に決断を迫られた。その余りにも悲惨な状況に、思わず奥歯を鳴らす。
「これは――― 」
「早く、此処は火薬庫なんだ」
ザファルは血濡れの手をしっかりと握るカシューの肩に手を添えると、ゆっくりと悲痛な思いで残酷な現実を告げ目を伏せた。
「無理だ――― 」
「無理ってなんで⁉ 無理じゃないよ、早く、早くしないと」
ザファルは無理やりカシューの手を男の手から引き剥がそうとする。
「何をするんだ、彼を助けなきゃ…… 彼を、彼を助けるんだよ」
「もう無理だ‼ 分かって居るだろう‼ 無理なんだ」
「無理じゃない無理なんかじゃないよ、僕は彼を助けなきゃいけないんだ、だって僕は彼の大切な人を…… 大切な人を…… お願いだよぉ」
自らが犯した罪の意識に
「離せ、離してくれよ、何だよ助けに来たんじゃないのかよ、彼を置いてなんて行けるわけないだろ、離せー 僕に触るな」
手を振り払い、悲痛な想いで放たれた大振りの拳が空を舞う。
一刻も待ってはくれない焔の影が、決意に満ちたカシューを揺らす。
「もういい。もういいよ、もう関わらないでくれ、僕は此処に残る」
「馬鹿な事を言うな、自分が何を言ってるのか分かって居るのか? そもそもソイツは敵だろう? 自分を殺そうとした奴を助けるつもりなのか? 正気じゃないぞ? 助けた所でソイツは処刑されるのが落ちだ」
「
「馬鹿野郎‼ そんな綺麗事は、この場で言うセリフじゃない。分かってるのか? お前が無駄死にして終わりなだけだ。お前にはもっとやらなきゃならない事だってあるだろうが、この馬鹿野郎」
ザファルはカシューのボロボロの上着の首元を、力一杯持ち上げながら叫ぶと、渾身の拳を腹へと打ち込んだ。
「がはっ――― 」
意識を絶たれたカシューを急ぎ担ぎ上げると、貝殻の首飾りが足元に落ちた。ザファルはそれを拾うと、ボソリと呟き視界の利かない建屋の出口へと向かう。
「クソッ俺だって…… 」
マードは立ち去る二つの影を見送ると、託した願いに安堵の表情を残し、同じく想いを呟いた。
「すまない」
火炎に飲み込まれた建屋の屋根が、轟音と共に吹き飛んだのは、ザファルがカシューを担ぎ
自らも傷を負い、
「ザファル兄ぃ――― 」
木片が次々と降り注ぐ最中、身体の大きな男がその身を呈してザファル達に覆い被さった。
「ぐぁっ‼ 」
「馬鹿野郎、何してる、さっさと逃げろと言ったろ」
「へへっそんな事言ったって仕方ねぇじゃねーか、俺達から兄ぃ取ったら何も残らねぇもん」
ザファルが周りを見渡すと、吹き飛ばされた部下達がボロボロの出で立ちで心配そうに佇んでいた。
「俺は兄ぃの言う通り皆に伝えたけど、誰も逃げようとしなかったんだ、皆兄ぃが居ないとダメなんだよ」
「どうしようも無い馬鹿ばっかりだな」
「ザファルさん―――‼ 」
「ナディラか――― 」
「良かった。本当に良かった、無事なんですね? 」
「あぁ何とかな」
「一先ずこの場から離れよう、この怪我人も早く手当てしてやらんとな」
「カシューさん…… いっ生きてるんですよね? 」
「あぁ心配は要らない。彼は生きてるよ」
存り残りし者は、如何なる足跡を後世に遺さんや。戦禍に蠢く運命の謀略に、微光の糸を紡ぎ取り、新たな秩序の玉糸を織りなさんと欲するべし。
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