第38話 石の物言う世の中

 グランドは不安要素を抱えながらきらびやかな大理石の開廊かいろうを、砦内部の簡易兵舎かんいへいしゃへと急ぎ歩を進める。アランビア文字で彫刻をほどこされ、美しく個性を与えられた石灰岩の小さな尖頭アーチオジールくぐると、目の前に天井の高い空間が広がった。


 石造りの円状の施設は、砦の1柱の最上階に位置し、天井はその文化の象徴ともえる金張りの丸屋根でおおわれている。その壁には幾何学きかがく模様のタイルで装飾をほどこされ、大人一人分の穴が就床場所しゅうしょうばしょとして掘られていた。一番上は三段目までとなっており、実質此処で40名が寝起きしている。


 中心部は太い柱が天井を支え、就寝時の見張りが出来るよう、警備兵1人分の空間が柱内部に確保されていた。各々おのおの就床場所しゅうしょうばしょから中心部の太い柱までには、自在式じざいしきの縄が延び、洗濯物等が吊るされ生活感をかもし出している。柱を中心とした広間には、身体を鍛える者や、読書にいそしむ者達で、その姿は喧騒けんそう最中さなかにあった。


 砦は常時40人が交代制で警備に当たり、其々それぞれが持ち場を与えられていた。15日間の勤務が終わると、街の奥に有る兵舎へと移動し、街の治安維持と重要施設の警備を同じく15日間受け持つ事となる。一方で、街の兵舎で15日勤務した者は砦の勤務へと移る事となる。

 

 休日は毎週金曜日となり、特別な意味を持つ休日とされていた。信仰と教義に基づき、金曜日は主要な礼拝日とされ、金曜礼拝ジュアーマと呼ばれていた。街の中心に有るジャーミィ大規模なモスクに集まって集団で礼拝を行う金曜礼拝は、主に午前中から取り行われ、午後は比較的自由を与えられた。


 「寝ている者は起床せよ‼ 君主のいひつけである! 火急かきゅうの為、その場で傾注けいちゅう――― 」


 中心部の太い柱で、兵士達の警護を担当する警備兵が、壁から砕けたタイルの欠片を踏み鳴らし号令を掛けた。穴蔵あなぐらう、悪い表現しか思いつかない唯一個人に与えられしやかた館主かんしゅ達は、髭をたくわえたその薄汚れた顔を何事かとこぞって覗かせた。


「先程の揺れを感じた者も多いと思うが、現在これが天災であるのか、または敵襲であるのか情報が乏しく、危殆きたいひんする状況に直面している。この度、私グランドが不在のシュマール大隊長殿の代わりに閣下より指揮をるよう拝命はいめい致した。諸君等には私の傘下に入って頂き、早急に任務に当って欲しい」


 グランドは取り急ぎ轍鮒てっぷきゅうを告げたが、予想通り、兵士達との見えない確執が邪魔をする事態となった。当然だ。見慣れぬ男が突然やってきて、大隊長の代理で有るとい命令を聞けとのたまう。不信感も拭えず、そんな状況下で言う事を大人しく聞く方がおかしいのだから。


「グランドさんだっけか? あんたの噂は聞いてるぜ、閣下の側近候補だってな? 言い方は悪いが、立ち位置も定まらないうちにもう士官気取りか? 」


「そうだそうだ、何処の馬の骨かも分からねぇ人間に従うなんてのは御免だぜ」

 

御尤ごもっともな意見、痛み入る。先ずは陳謝を」


 グランドはたなうらを胸に腰を折って見せ、こう続けた。


「私は元レンイスタ王国キングダム参謀本部所属グランドだ。国はカルマに敗戦し属国ぞっこくと成り果てた。命辛辛いのちからがら逃げ延び、この国に流れ着き閣下に拾われたと言う身の上だ。母は木に吊るされ首がげて死んだ。幼い妹は目の前で生きたまま火焙ひあぶりになった。父親の頭は槍の穂先ほさきに突き刺され、さらされいましめにされた。家族は全員、むくろさえも残さず殺された…… 何一つ残さずだ」


 うつむき強く握った拳が怒りと悲しみで震えてた。そして力強く熱のこもった誠実な眼差まなざしを皆に向け、思いのたけをぶつけた。


「これは脅しではない。しもこれが敵襲で、初動しょどうおくれを取れば君達の家族も死ぬぞ? 私は受け入れてくれたこの国を、我が故郷と同じようにはしたくない。私が気に食わないので有ればそれでも構わない。しかし、そんなくだらない事で大切な家族を危険にさらさないでくれ、頼む」


 こうべれたグランドの姿を前に、1人の男が声を上げた。


「勝手に何処かの甘ったれた貴族様だとばかり思ってた。悪く思わないでくれ。俺は元傭兵で、あんたと同じ異国人だ。安定した収入と、定住出来る場所を求めてようやくこの軍に腰を落ち着けた所だ。やっと手に入れたこの場所を失う訳には行かない。何をすればいいのか言ってくれ、俺はあんたに従う」


 すると続々と穴蔵あなぐらの男達も賛同するかのごとく言葉をらした。その中の中心的人物と思われる男が一際ひときわ大きな声を上げる。


「そんな愛国心の欠片も持たぬ流れ者連中に、国を救われたとあれば寝覚ねざめが悪い。我々も貴殿に従う。此処ここは我々の母国だからな」


「すまない感謝致す。時間が無いんだ、取り急ぎ警戒と状況の確認を頼みたい。各班長は至急こちらに来てくれ」






「そうか、では聞くが設計図は何処だ? それとこの開発に関わっている助手を教えろ」


「―――――⁉ 」


「隠しても無駄だ。お前たちの研究はもう既に我々も把握している」


「いっ、一体何のお話でしょうか? 研究ならば多岐たきわたりますゆえ、設計図と言われましても皆目見当かいもくけんとうが」


「その答えはお前をこの先ずっと後悔させる事になるぞ? おい! 娘の衣服を全部剥ぎ取りひざまずかせろ」


「なっ!? 何を――― 」


 衣服を全て切り裂き、娘をひざまずかせると、薄汚れた床板に両手をく様にめいずる。覆面の兵士が手のこう軍靴ぐんかで踏み、動かないように固定すると、鋭く光る短剣を抜いた。今正いままさに訪れようとする惨劇さんげきを、まぶたに焼き付けてはならぬととらわれた者達は目をそむける。


「勘違いするなよ? これは取引では無い。言わなければ全員此処でしかばねとなる。助かりたければ我々に有益ゆうえきな情報を提供しろ」


「んんんッ―――」

 

 猿轡さるぐつわをされた娘は激しく声を漏らし抵抗すると、ランタンのほのお刹那せつなに揺れる。声にならないうめき声とともに願い叶わず、美しい指の中の1本が無情にも躊躇ためらわずに跳ね飛ばされる―――


「ヴがぁぁぁッ――― 」


 切断された美しい指は主から切り離されると、命尽きる芋虫のようにわずかにもだえ転がった。


「あぁ、アンジェリカ、あぁ何と言う事を。何と言う事を……。お願いですもうお止めください、娘を傷付けるのはもう止めて下さいお願いします」


「ならばお前の誠意を見せるんだな、でなければ…… 」


「わっ、分かりました、話します、お話し致しますからどうか……。書斎の本棚の中の一冊に、こっ古代民族学の本が御座います。それを調べて下さい。鍵が出て来る筈です。その鍵で本棚の裏の隠し部屋へ入れます。あなた方が欲しがっている設計図は其処そこに有ります」


 部隊の隊長と思われる人物は、部下にあごうながすと確認を急がせた。


「娘の止血はお前がやれ、大事な娘なのだろ? 」


 老年の男は拘束が解かれると娘を抱え込み、涙を浮かべ必死に止血を試みる。


「大丈夫、大丈夫だからな。私が付いているからなアンジェリカ、直ぐに手当てをしてやる」


「他に有益ゆうえきな情報をもたらす者は生かしてやる」


 拘束された者達に向け、最後の勧告を告げる。すると手入れの為されていない長い髪を振り乱し、左右の焦点しょうてんの合わない眼窩がんかの下にひどくまわずらった、不気味な白衣の男がすがりり付いてきた。


「わっ、私はにしのイヒッ、まっ魔法陣と錬金術の禁忌きんきとされるアハッ、肉体と魂を完全ななッな存在に錬成する研究を、しししている者ですフヘヘッ禁錬術きんれんじゅつは未だ途上ではああッありますが、せっ先日、ようやく魔法陣をををッ解析することにぃ成功し、かかッか解読までに至りました。このまま研究のごごッご機会を頂ければァヒッ、必ず成果をあげててッて御覧に入れます。ですので、どどどッどうか命ばかりは」


「おっ、お前は何を言っているのか分かっているのか? 禁錬術きんれんじゅつ禁忌きんき錬金術れんきんじゅつ。中止せよとあれ程命じたはずではないか、まさか研究を続けていたのか!! 自分が何をしているのか分かっているのか!? 」


 その発言を受け、隊長と思われる男が肩をそびやかせ、老年の男を蹴り飛ばす。髪を掴み上げると、黙れとばかりに床に顔面を叩きつけた。


「がはッ―――」


「誰が口を開いていいといった? 此奴こいつは今私と話をしている」


「フヒヒッ、わっ私は貴方ががッが、思う程にぃ、かかか科学者なんですよ。きょッ教義にばかり縛られていては、ししッし進歩は望めません。歴史に名を残すにはアハッ、多少のぎぎッぎ犠牲は必要なんです」


「聞こうか。貴様の言う成果とはなんだ? 」


「イヒッ成果とは、いいッにし人成ひとならざる者をよよッよ呼び出す事にぃ至るかと…… 」


「ほう、貴様、保身の為に悪魔に魂を売るか? 」


「必要とあらばグヒヒ、ああッあ悪魔と呼ばれる研究にぃ身を捧げたくぞぞッぞ存じます」


「名は? 」


「ろろッ、ロイ・マルクスと、ももッも申しますイヒヒ」


「ふんっ、面白い。ならばお前も一緒に来てもらおう」


 すると突然カシューにより、奇襲を知らせる喇叭ラッパの音色が、其々それぞれの場所で響き渡った―――


「頃合いだな。設計図を手に入れ次第撤退するぞ。博士とその家族と助手2名及び、このイカれた研究員以外は皆殺しにしろ」







翻弄ほんろうされし戦火の闇は、何を狙いおとずれんとせんや。ことわりを汚す存在は、れ乱世に何をもたらし、何を代償とせんとする。闇の彼方にうごめく力は、砂上さじょう楼閣ろうかくなれば、人々を新たな恐怖へと、いざい現れんとほっす。

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