第59話 一朝の怒りにその身を忘る
悪夢の様な
堅牢無比の見た目とは裏腹に、一夜にして出来た黒焦げた痕跡の
グランドは自ら馬を
ヴェインとカシューの負傷については、早急に関係性を知る者達から
獄炎は瞬く間に一夜を走り、皮肉にも、多くの連なる建屋を
焼け出され酷い火傷を負いながらも、親を探し泣き叫ぶ子供達。力無く壁を背に
「クッ――― 」
脳裏に焼き付いたままの、忘れもしない―――
―――あの日の地獄と化した故郷と重なった
馬を降り、
「貴方の
同行した兵士の一人が、グランドの腰に手を添えて立ち上がらせる。
「尽力して下さった貴方の事は、皆が良く分っています。的確な指示があればこそ、ここまでの被害に抑えられたのですから」
軍部内での立ち位置も定まらね
「あれれ…… おかしいな」
焼け焦げた髪を振り乱し―――
―――幼い少女が必死に少年と思われる焼死体の胸を押す。
「おにいちゃん起きて、何で寝てるの? はやくお母さん探しに行こう」
認めたくない兄の死を前に、精一杯、前に進もうとする幼い少女が大きな涙を幾度も変わり果てた兄の身体に溢す……
「おにいぃじゃああん――― 」
「嗚呼あああああ――― 」
胸の中で狂い叫ぶ少女に希望を手渡す―――
―――それが例え偽りだとしても
「私を見ろ、私を見なさい。いい子だから頼む。落ち着いて私を見るんだ」
悲しみに声を押し殺し、少女の耳元でグランドは優しく嘘を吐く。
「大丈夫。お兄ちゃんは必ず私が見つけてやる」
少女の生きる希望となるならば、例え自らが悪者になろうとも、グランドは構わなかった。
涙溢れる大きな瞳をグランドに向けると、幼い少女の瞳が、失った光を僅かに取り戻す……
「おじさんが? 」
少女は一握りの希望に身を委ねた―――
「そうだ、おじさんが、おじさんが、お母さんとお兄ちゃんを必ず探してやる」
「だっ…… だってそれじゃあ、それじゃあコレは? コレは?」
兄を失ってしまったかもしれぬ恐怖に全身を震わせ
「何を言っている? コレは違う、断じてコレはお前の兄などでは無い。良く聞くんだ、いいな? コレはただの木の燃え
「ほんとう? ほんとうに? 」
頬を伝う幼い少女の涕に、グランドが固い決心をした瞬間だった。
「あぁ、本当だとも、絶対に絶対に遭わせてやる。約束だ」
グランドは溢れる涙を少女に感付かれぬ様に、声を震わせ、またきつく抱きしめる―――
同行していた兵士は目を背け、頬を濡らし、肩を震わせる事しか出来なかった。
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次々と重傷者が運び込まれる治癒院は、正に戦場と化していた。包帯で全身を巻かれ、意識が
施設の中は、人が焦げた匂いと血の香りが入り交じり、死神が
そんな折―――
扉も無い二階の奥の仮設病棟に、息を切らせ一人の老婆が飛び込んで来た―――
「ワリード、ワリードどこだいっ――― 」
「お袋? 」
天井から脚を吊った兵士が、叫ぶ老婆を呼び止めた。
「あんたっ、ワリードかい? 良かった、あぁ良かったワリード。無事だったんだね? 」
同時に老婆の後ろに居た赤子を抱いた女も、安堵の声を上げる……。
「あなた―――‼ 」
「アルーマ‼ 」
「あぁ、良かった、あぁ―――…… あなた本当に良かった」
「心配かけて悪かった。脚の骨を折ってしまったけど、何とか無事だよ」
抱き合い歓喜に湧く若夫婦の再開に、胸を撫で下ろした老婆は、ふと窓越しに中庭に視線を落とす。そこには四本の脚をたたみ、腹を地に付け、大人しく伏している大きな牛が目に止まった。
「ありゃあ、マルチャドかい? 」
真っ黒に
「あの牛に乗ってた兵隊さんは無事なのかい? 」
「えっ? 牛に? ですか? 」
「あぁ、あの牛に乗ってた大きな兵隊さんだよ」
「さっさぁ、分かりません。あの牛は、隣に居る
「黒豹ぅ? 」
「はい、黒豹ちゃんですけど…… 」
怪訝な顔で覗き込む医療従事者に対し、慌てて老婆はフガフガと銀歯を鳴らす。
「そっ、そうかい…… いや、いいんだ悪かったね」
「銀婆ぁ、大きな兵隊さんって、ミルドルド様の事か? 」
息子のワリードの横のベッドに背を向け、横たわっていた小汚い兵士が、ゴロンと身体の向きを変え顔を晒しボソリと呟いた。
「銀婆だぁ? アタシの事をそんな呼び方する奴は悪ガキのトルネだね? 全く、揃いも揃ってアンタ達って奴は、怪我する時も一緒かい」
ニヤリと呆れ顔の老婆に笑みを溢したのは、息子の幼馴染のトルネだった。その見慣れた
「トルネも大した怪我じゃなさそうだね、取り敢えず安心したよ。アンタの母ちゃんも無事だからね、安心しとくれ。それで? ミルドルド様ってのは誰だい? 」
「あぁ、母ちゃんの安否はさっき聞いたよ。それにしても何だ⁈ 銀婆はミルドルド様を知らねーのか? 」
「だからそりゃあ誰だいって聞いてんだよ」
「ヴェイン・ミルドルド様だね。エリン東部のレンイスター
息子であるワリードが、腕を組みドヤ顔で
「お前が威張って言う事かい? 全く調子いいんだから…… あたしゃそんな人知らないねぇ」
「何だ銀婆ぁ、大通りのミルドルド様の大立ち回り見なかったのか? 」
ムスッとした顔付きで老婆はトルネを睨むと、両手を広げ吐き出した。
「あたしゃ銀歯の調子が悪くって、ハキーム先生の所に居たんだよ、騒ぎの事は聞いたけど、見ちゃいないのさ」
「あちゃあ、そりゃあ残念だったなぁ。それはそれはスゲー恰好良かったんだぜぇ」
腕を組み、今度はトルネが鼻を鳴らす。
「だからなんでお前達が偉そうな顔するんだよ。あたしが言ってるのは大男の兵士の事だよ? あの
ワリードとトルネは、ぽかんと口を開けると同時に、クククと腹を抱え笑いを堪えた。
「何だい? 何がそんなに
「口汚い大男なら、間違いなくミルドルド様だな」
ワリードがトルネの同意を求めると、トルネは笑いを堪え何度も頷いた。
「嘘だろ? あんな男が
紅蓮の激情に焼かれし刃、憤怒の焔にて新たなる種火を宿す。消え難き悲憤の渦は、終焉なき宿縁の怨嗟を生み、魂をも鬼染に至らしむ。心乱れし折、果たして鬼と化して世を斬り裂かんや、徒に己を抱擁し静謐を得んや。
【特別賞受賞作品】////決戦のナリカブラ//// 那月玄(natuki sizuka) @hidesima8888
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