迷宮の魔女

@HighTaka

第0話 転生

 転生前まで、ボクの仕事はマテリアル・パネル作りだった。

 マテリアル・パネルはナノマシン系のもろもろの材料になる板状の結晶で、しっかり根を張った植物型プラントのてっぺんにできあがるのを集めて出荷している。農業化された工業なんて呼ばれている。

 集めるだけの楽な仕事じゃあない。背の高い雑草に太陽光をさえぎられたり、菌類に植物プラントがやられたりしないよう手配しないといけないし、集めたマテリアル・パネルの検品もしないといけない。一応、会社に所属しているので人手がいるときには応援要請ができるのは強みだが、上の命令にも従わないといけない。

 ボクがこの仕事についたころはそれでものんびりしたものだったけど、ここ何年かはあんまり状況がよくない。

 まず、応援要請が通りにくくなった。人が足りないらしい。それで担当する畑の枚数も追加されて勤務時間も当然伸びるようになった。給料は少しだけ増えたけど、災害が多くて物価があがってきているのが悩ましい。

 災害復興のおかげでマテリアル・パネルの需要も多くなってくいっぱぐれる心配はないけど、同僚が地滑りや鉄砲水などで亡くなってるのはうれしくない。知ってる同僚も一人鬼籍にはいった。そんなに仲のいい相手じゃなかったけど、やっぱりこういうのはこたえるものだ。

 たまに電話で話す両親からは結婚しないのか、いい人はいないのかとよく聞かれるけど、この仕事の長所であり短所は出会いの少なさだ。人間関係をあまり構築する必要はないけど、その分いろんなご縁も少ない。ネットワークの世界での気楽な付き合いはあるけど、結婚などの深いかかわりを持つ相手とはしっかり向き合って関係を持ちたいと思ってるものだからとてもそこまではいかない。

 面倒くさいといわれたけど、そうだと思う。だから、時々寂しいけどこれでいいと思うことにしている。

 物価高、物資不足は生活のいろんなところに影響を与えるようになった。仕事に使う草取りドローンが故障してもなかなか修繕できなかったり、宿舎のエアコンが壊れたときは真冬だったので厚着と電熱毛布だけでしのいだ。ちょっとしたもので手に入らなくなったものも結構ある。

 なので、集荷用の自動運転トラックのブレーキがまったく機能しなかった時は来るべきものが来ちゃったかと思った。気づくのが少し遅かったので、宙を飛んだところまでは覚えている。その後路面で頭蓋骨折か何かになったのが死因だろう。

「残念ですが、あなたは亡くなりました。生きていると思うかもしれませんが、生命が助かった場合は短期記憶が消えているので寸前のことは覚えていないものですよ」

 とても耳ざわりの柔らかな声がボクの死を告げた。

 どなたです? ボクの質問に彼女は転生管理者だと答えた。

「転生? 」

「社員は保険会社との契約に基づいてナノマシンが流し込まれていました。シャハーディンと呼ばれるモデルで、これはあなたのあらゆることを記録しています。残るのは簡単な行動記録、過去数時間の視線記録ですが、ごく一瞬のものに限り完全情報を記録しています。容量が多いので記録を取った最後のものしか残っていません。今、わたしと話をしているあなたはそれに基づき再構成されたものです」

 ボクは自分の手を見てみた。つけていた軍手がなくなっている。それどころか一糸まとわぬ姿。それがふわふわの果てなく広い布団の上のようなところに座っている。

 こんなことができるものなんだな。でも、なんのために?

「あなたには選択をしていただきます。このまま消去されるか、戦いに赴いて生き返る権利を得るか」

「生き返る権利? 」

 声はするが姿は見えない。ボクはきょろきょろした。するとぽんと目の前に白いふわふわのコットンボールが現れた。

「話しにくそうなのでアイコンを出しました。これに話しかけていただければいいですよ」

 それはどうもご丁寧に。ボクはお礼を言って質問を繰り返した。

「シャハーディンナノマシンで記録をとられていた人は、生前同様の体を構築すれば生き返ることができるのです。ただし、これにはかなりの費用がかかります」

 会社の保険もそこまでカバーはしていないのだという。

「つまり、それを自分で稼げと? 戦いに赴くってどういうこと? 」

「知らされていませんが、あなたがたは脅威にさらされているのです。物の不足、物価の高騰、そして『災害』の頻発。これらは脅威によりもたらされた破壊的な影響なのです。この脅威との戦いに赴く戦闘用義体にはいる人が必要です」

「人工知能じゃだめなの? 」

「脅威は狡猾です。相手になりません」

「それって別の誰かだったりしない? 話し合いに持ち込めないの? 」

「交渉は続けています。しかしそれを不利なくまとめるためにはやはり」

 戦争なんか自信はない。でも、これは受けるべきという気がしてきた。

「質問。もしそれで死んじゃったら? 」

「もし、この後、あなたが見知らぬ戦場のど真ん中にいたり、ぼろぼろの体だったりしたらこう思ってください。過剰なダメージを受け、リセットされたと」


 こうしてボクは転生した。リセットは何度あったかわからない。体の補助システムがフィードバックしてくれるので、たぶんだんだん強くなっていると思う。


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