第6話 侵食される者
エリとはうまくやっていけそうだ。障害は言葉で、彼女はボクの言葉を少し知ってるから身振り手振りまじえての会話になる。なかなか面倒だ。
それにしてもここはなんだろう。ボク用のメンテナンスドックが置かれているし、壁の感じもボクの属していた都市にそっくりだけどこんな部屋は初めてだ。もっとたくさんのドックが並んでいたし、装備の受け取り所や修理を行う工房、それに市民の居住地域があってにぎわっていたはずだ。
セントラルシステムに問い合わせを行おうと接続しようとしたが、明確に拒絶された。だが、ドックはセントラルシステムに間接的でも接続できないと動作できないはずだ。ここがボクたちの都市で間違いはないと思う。
エリのもっていた、読める文書は一つは手製の辞書だったようだ。単語が書かれ、彼女らの文字で意味が書いてあると推測できる。もう一つは何かの文例集で、質問とその回答が書かれているようだ。どっちも綴りの間違いが多く、ちゃんと習ったようには見えない。
エリはカタコトでいろいろ質問してくる。彼女は聞いたことのない都市の出身で、どうやら休眠状態のボクとメンテナンスドックの研究をしていたらしい。
どうもうちの町には誰もおらず、廃墟と思われているらしい。
本当かどうかはボクがセントラルシステムにアクセスできないのでなんとも言えないが、なんとか確認したい。
そのための手段は、彼女たちの研究の主な対象だったというマジーンとかいう存在だ。ボクたちの言葉で正しい質問をすればいろいろ教えてくれるという。この文例集も実は問答の記録、なんだって。
なら、そこまでいってボクが音声で質問じてもいいよね。
通路はひどい状況だった。
あの後、エリが回復するまで都市のアイアンゴーレムとアンデッドの魔物がかなり激しく戦ったらしい。壁には固く鋭いものでつけられた傷だらけ、何か生臭い者も飛び散り、ゴーレムの部品も散らばっている。戦闘そのものは一旦終了して、メンテナンス用らしい小型のゴーレムが破壊された仲間を静々とはこんでいた。
魔獣の死体は搬出されたのか三つだけしか残っていなかった。赤黒く鋼のような皮膚のサイのようなもの、エリを後ろからひっかいてくれた猿型、こちらは初めて見るが巨大な蜘蛛型。いずれもマテリアルによる回復被膜に覆われている。
横をそっと通る。死んだのは昨日くらいなのか、まだまだ復元作業は始まったばかりのようで動く様子はなかった。
アインゴーレムの腕を棍棒がわりに担いでついてきていたバイフェがどうしようといいたげに指さすので、首をふって先を急ごうとエリは行くてをさし伝えた。
目的地は魔神の間。
魔神語を話すバイフェなら魔神と話ができるだろう、そして必要な情報を引き出してくれるだろうとエリは期待していた。
魔神を見たバイフェの表情は見ものだった。完全に魂消ていた。つぶやいた魔神語をエリは聞き取れなかったが、意味を察するのは容易だった。
「なにこれ」
そして、最初は名乗りからはいってゆっくり、そしてびっくりするほど早口の応酬が始まった。魔神のほうも調査隊に返事するときよりあきらかに饒舌で聞き取るのが困難。あれはあれで魔神が配慮してくれていたのだとエリは悟った。
長くなりそうだ、どうやら専門的な話にはいったと見たエリは聞き取りもあきらめていた。
(あとで筆談と身振り手振りでじっくり教えてもらおう)
その間に、彼女は一つ実験をしてみることにした。
まだ死んだ状態の魔物の遺骸がこの部屋にある。魔神の直衛ゴーレムに射殺されたらしい。突進してきそうなサイ型なので全火力でとめられたらしく、頭が完全にぐずぐずに崩れている。それも修復しようとしているマテリアルの被膜。復元にはけっこうな時間がかかりそうだ。
これなら、成仏させられるかな、とエリは考えた。成仏とは死んだ個体を復元しようとするマテリアルをその個体から解放する魔術で、マテリアル操作にたけた魔法使いなら状態のひどいアンデッドにも効果を及ぼすことができる。解放されたマテリアルは霧散し、マテリアルの循環の輪にはいるとエリは習っていた。
エリは魔法は得意だったが、マテリアル操作の力は上げ方がよくわからずあんまり強くない。
それでも死んでる相手なら少し時間をかければ成仏が可能だ。
復活されると襲ってくる相手だ。
魔神とバイフェのやりとりは質問攻めでも議論でもなく、研究者同士で行う意見交換のような感じになっている。やはりまだまだかかると思って彼女はやってみることにした。
エリは手の中に自分のマテリアルの小さな板を作り出して倒れたサイのような魔物の回復被膜にはりつけた。一番でっぱった三か所に貼り、一番盛り上がった一か所にはって合計四か所。
エリはふと、もったいないなと思った。
(浄化したらまっさらなマテリアルになって霧散するけど、このまま奪えないかな)
消化で取り込むためには普通は食べるという行為が必要だが、あの時流し込まれた「ワシ」のマテリアルは食い殺した感はあったが、直接相手を食べたわけではない。彼女のマテリアルで相手のマテリアルを侵食し、消化取り込みしたのだ。
エリは腰につった帳面を開き、そのときの魔法式を確かめた。忘れないうちにとメモしておいたものである。
浄化のものに似ているが、知らない式がいくつもある。それなのに、それがどんな作用をもたらすのか知っていることに彼女は不安を覚えた。
(どういうこと? )
考えれば、「ワシ」に食いつかれたとき、しばらくは浄化で抵抗していたが不意にこの侵食の仕組みがわかるようになったのだ。
その知識は「ワシ」のものだった。それを確かめるすべはエリになかったが、直感するには十分だった。
(わたし、なんか変になってないよね)
少なくともエリにその自覚はない。消化で取り込んだマテリアルの元の持ち主に影響を受けるという話もない。
違うのは食うか食われるかのしのぎあいがあったこと。その間に相手から獲得したんだとエリは思った。
食ってみよう、彼女は試すことにした。この魔獣はアンデッドなので、精神はとうに失せている。心には悪影響はないはずだった。もし、この魔獣の持つ何かを彼女が獲得したのなら、すでに何かの影響を受けている可能性がある。
(実験し、確かめなければ! )
整理した魔法式にしたがって、彼女は侵食を実行した。彼女の一族は少し狂ったところがある。エリは楽しんでさえいた。
実験は二時間に及んだ。そして、ついに彼女は魔獣のマテリアルを全部吸いつくすことに成功した。量的には大したことがなかったから、彼女はまだまだ吸いつくせそうだった。
(少なくとも、マテリアルの容量は増えてる)
つまり、より多くの魔力を蓄積、行使できて魔法の威力が高められるということだった。
「今やってたのは何かしら」
声をかけられてしまった、という表情がエリに浮かんだ。
(時間を忘れすぎた)
バイフェと魔神の会話は終わっていた。
「ごめんなさい。ちょっと実験してて……」
動揺したエリはそのことに気付くのは少々遅い。
「ちょっと、バイフェ、あなた言葉が」
「ボクの体は人間っぽいけど人間じゃないからね。これくらい朝飯前さ」
覚えたばかりとは思えない流暢な返事だった。
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