第5話 復活

 エリはぱちっと目を開いた。

 体が痛く、こわばっている。起き上がろうとして彼女はうめいた。全身がぼきぼき音のなるような感覚がある。体の表面を何か薄いものが覆っていたのが乾燥してぱりぱり剥がれ落ちるが、素肌の上、つまり服の中がそうなるのはかなり具合が悪い。

 この膜はエリが予想した通り、マテリアルが形成した保護膜の名残だった。特に下半身、排泄孔のあたりにはもう朽ち果てた大きな塊があり、これが下着ごとズボンを押し下げていて気が付いた時には誰もいないのに彼女はすごく気恥ずかしくなった。

 全部脱いで、水瓶の水がまだ大丈夫なのを確かめてエリは体を拭った。服は後で洗濯することにして、洗濯待ちだった汚れもののバスケット、洗濯済の衣類をたたんだバスケットをさぐって着替えをすませる。

 もともと雑然としていた研究室は倒れこんだ彼女の体によって乱れていた。そのせいか、着替えをすませ、鳴った腹を非常食で満たすまで彼女は異常に気付かなかった。

「開いてる」

 アラバスターの棺桶の蓋は左右に開いていた、中は空っぽだった。

  

 ボクはまた死んだらしい。

 さっきまで白いふわふわのコットンボールのアイコンと話をしていたと思ったら、見知らぬところで目が覚めたのだから。

 見知らぬ部屋だけど、見覚えのあるものもある。ボクのために用意されたメンテナンスドック。最初にこの中で目覚めてあのコットンボールと話をしたんだ。

 あの時の部屋かと思ったが全然違う。雑然と書物やつづり紙が散乱し、その間に生活用品らしいものが入り混じって、片付けの苦手な読書家かなにかの部屋に見える。

 その床に誰か倒れているのはすぐに気づいた。

 全身を何か弾力のある薄い膜で覆われていて、死んでいるのかと思ったが胸の上下動で息はしていることはわかった。綺麗な若い女性だ。なめらかな体つきは義体ではない。ボクはというと、一応人間の女っぽい体だけど外皮は頑丈さ優先でなんかざらっとしてるし、体のあちこちに武器や装備のマウントを隠したパネルがくっついていてものものしいし、動く表情筋がほとんどないので不気味な無表情だ。

 すくなくとも、「だった」はずだ。コットンボールと話す前に自分の姿を見てとてもとほほな気持ちになったのはボク的にはつい「さっき」のことになる。

 だけど、あれから何度も死んでリセットされたらしい。何か体の感じが違う。

 倒れてる人が使ってたんだろう、片隅についたてでしきった着替えスペースがあって、そこに姿見があるのを見つけた。

「うわあ」

 一目見て思わず声をあげた。

 健康的な普通の女性にしか見えない。顔も違う。もともとのボクの平板な顔とも、コットンボールと話をした時のそれをもう少しましにした顔とも違う。どちらかといえば床に倒れている女性に似ているのはなんでかな。おや、ボクは笑ってるのか。ちょっとかわいいかもと思って少しうれしい反面、自分じゃなくなった感じで複雑だ。

 そして体。ぎゅっと筋肉質にしまった体はやせぎすだったボク本来のとはだいぶ違う。コットンボールと話した時にのようなスレンダーな体形とも違う。少なくとも腹筋の割れてるのは違ったはずだ。さらに筋肉で土台がしっかりしたぶん、主張が強くなって女性的でもある。

「うわあ」

 重ねて小さくボクはうめいた。

 そしてこういうとき、何をすべきかはコットンボールに教わっていた。

「セルフチェックモード」

 目の前に拡張現実のパネルが表示される。もちろんそこにそんなものはなく、視覚に割り込んでそう見せているだけだ。

「うわぁ」

 三度、ボクはうめいた。

 義体の性能を示すパラメータはそれこそ無数のものがあって、全部表示するとこのパネルを何十枚、もしかしたら百枚以上もめくらないといけなくなるのだけどそれではちょっと勝手が悪いので、総合評価を力、敏捷、耐久でざっくり表示している。この数字は現状を左、万全の時のものをスラッシュかけて右に表示し、現状が減ってる時は視線クリックで原因と必要な対策が表示されるようにできている。義体は頑丈だし、感覚は戦闘に支障のないよう特に痛覚はほぼないのでこうやって自分で確認しないと不覚を取るから注意しろ、そういわれた。

 左の数字はほぼ、コットンボールに言われて「さっき」見た時の値に近い。この数字、普通の人の平均が2,良い人で3,悪ければ1くらいなのだけど、最初の状態でこれは7くらいだった。力比べなら力自慢二人に匹敵する評価ということ。「さっき」は左右とも7の万全の状態が三つならんでいたのだけど、今は力が8、敏捷が6,耐久が5でそう悪くはない。問題は右側の万全なら、の数字だ。

 それがなんかおかしい。現在値の二倍もある。あの後、義体が改良されたおかげなのかしら。ボクはリセットされるたびに驚かされてたのかな。

 タップして原因、対策を見ると三つとも同じだった。

「マテリアル不足」

 これ、ボクが栽培してたマテリアル・パネルと関係があるんだろうか。

 ページをめくると、現在の装備と体の内部リソースが表示される。

 武器をセットできる武器マウントの数は減っていた。さっきまでは両腕、背中、膝にブレード格納マウントがあったけど、今は両腕のマウントだけで何も装着してない状態。

 両腕に内蔵した二十ミリ砲はそのままだが、弾帯の接続ポイントがなくなっていた。そのかわり、上腕に三発づつ予備の砲弾が入っている。補充方法がわからないのでヘルプマークを叩いてみると、一か月で一発、体内で生成補充可能とあった。知らない機能だ。もちろんというか、装填した一発含めて左右四発はいってるけど、これは本当にいざというときの武器にするしかないよね。

 そして、見慣れない内部リソース、マテリアルの表示が追加されている。これはパーセント表示のようだ。今は十パーセントしかないらしい。これをどうやって補充すればいいのかよくわからない。ヘルプを叩くと、誰かに補充してもらうか自然回復するらしい。自然にだとどのくらいで回復するんだろう。

 とりあえず、服を着たい。

 床に倒れている人のらしい服があったが、そんなに数は多くないし、勝手にかりてへそをまげられてもかなわない。

 彼女のベッドがあったので、潜り込んで固い布団をかぶった。このまま目覚めをまとう。読める文字で書かれた文書が少しあったので、それまでそれを読んですごそう。


 自分のベッドに誰かが勝手に寝ているなんてだれが想像できるだろう。

 エリのベッドは万年床で、布団が寝てたときの形を残していることなど珍しくなかった。だから特に気にしなかったところで声をかけられたのだから文字通り飛び上がってしまった。

「こんにちわ。お邪魔してます」

 魔神語だった。エリに意味は理解できなかったが、挨拶だろうというのは分かった。一糸まとわぬ筋肉質だが美しい体の女の出現に、彼女はぎょっとした。

「服を借りていいかしら」

 衣服をひっぱるしぐさをしながらの魔神語。エリは意味を理解した。

 エリはまた汚れ物と洗濯済のものをかきわけて探すことになる。下着は新しいものをちょっと惜しみながら出した。つけかたがわからないという顔をされたので、仕方なく一度脱いで実演してみせて、はっと我に返って微妙な空気が流れる。

「なにか、食べる? 」

 手に食器を持って口に運ぶ仕草をしてみせると相手はうなずいた。

 携帯コンロでお湯を沸かし、都市の設備で作られる貴重なインスタント食品に注ぐのを相手はじっと興味深そうに見ていた。

 そういえば名前を聞いてない、とエリはできあがりを待つ間に自分を指さして相手に名乗った。

「わたしはエリよ。エリ・カン」

 そして、あなたは? と聞きながら手のひらで相手をさす。

「バイフェ、バイフェ・ユル・ホシコウジ」

「よろしくバイフェ、ええと、オアイデキテウレシイ」

 エリは最後の挨拶を魔神語の知識から引き出した。相手、バイフェは目を丸くする。表情豊かだな、とエリは思ったが、それをバイフェが聞いたらよろこんだだろう。

 二人はできあがった料理を食べてふうっとため息をついた。言葉は通じないが、二人とも何かおかしくってわらう。







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