第7話 侵食する者
ボクの気分はすこぶる落ち込んでいた。
あれからどれくらいの歳月がたったのか。何が起こったのか。そしてエリに何をしたのか。なぜ、対話の間、二体のガーディアンがボクに銃口を向けていたのかを理解してしまうと、接続を拒否されても仕方ないと思った。
つまり、ボクが帰ることはもうできないのだ。歳月がたちすぎ、状況も変わった。あのマテリアル・パネル畑ももう存在せず、ボクの知る人もすべてもういない。そして魔神、つまりセントラルシステムはボクへの警戒は解いていない。
問答無用で破壊されなかったのは、それでもボクが市民だったからだ。
ボクは、敵の手に落ち、いろいろのっとられてしまったらしい。リセットされたのも仕方ない。敵と入り混じったボクから、ボクだけを切り出すことはできない。バックアップから純粋な状態で戻す判断に間違いはない。
ボクのドックはセントラルシステムの劣化コピーを修復管理者として送り込み、動力と物理的補給以外は切り離されてあのエリの研究室に放置されていた。
ボクのリセットがすぐに終わらなかったのには理由がある。
ボクの体は長年の戦いでだいぶかわったらしい。生体部品が多くなり、その分柔軟に戦えるようになった。その代わり、エリがマテリアルと呼ばれるものが取り込まれ、再生が可能になっている。機械部品は生体部品で時間をかけて生成する。腕の20ミリ砲の砲弾などだ。リセット前のボクは敵にのっとられ、入り混じったものだったからマテリアルももちろんそうなっていた。ほうっておくとリセットしてもすぐに汚染されてしまうという判断でセントラルシステムは僕を凍結したまんまにしてくれた。そしてマテリアルの排出と入れ替えの準備をして機会をまっていたそうだ。
死にかけたエリは恰好の排出先だった。自己再生用のマテリアルが不足しているのに付け込んで取引で送り込んだんだ。
だからセントラルシステムに警告された。エリは敵にのっとられているかも知れない。本人に自覚がないからといって油断するんじゃないと。
ひどい話だよね。
でも、ボクと魔神、セントラルシステムの話が済んだ時、彼女がしていることは衝撃的だった。
マテリアルがボクの思ってるものなら、死体を動く死体に変えるのをやめさせるなら、生きてる者の上位権限によりプログラムを消去して循環系に返せばいい。最初は彼女もそういうことをしているのかと思ったのだけど、エリの答えは違った。
マテリアルを奪うのだと言っている。それってつまりハッキングじゃない。エリは侵食と言っていたが同じことだろう。敵がセントラルシステムにしようとしたこと、ボクが敵にされたことだ。ぞっとするよ。
だけど、エリの答えは予想の斜め上だった。狂ってるとさえいえた。
ボクならそんな怖い能力は、絶対使わない。でも彼女は積極的にそれを確かめている。自分の体を張って。
もともとそんな人なのか、侵食を受けておかしくなったのか、もうボクにはわからない。魔物からマテリアルを奪いつくしたあと、帳面にいろいろ書きつけているエリを見ていると、もともとイカレた人なんじゃないかと思う。
エリは最終的に廊下で回復中だった魔物三体全部を侵食し、マテリアルを奪ってとどめをさした。一度方法をある程度作ってしまうと、浄化より全然早くわずか五分ほどで奪い取ることができるようになったのは彼女にとってもかなりの驚きだった。
そのかわり、一時的にため込んだマテリアルはまだ完全に彼女のものになってはおらず、時間をかけて消化する必要がある。
消化の仕組みも彼女は理解していた。食べて取り込む時は胃の中で浄化をかけ、霧散するのを封じて内臓と一体化したマテリアルで取り込むのだ。
侵食の場合、からだの一部にマテリアルで袋を作り、その中で消化するのが効率的と彼女は学んだ。最初はわざわざ口から取り込んで内臓で消化していたが、こちらであれば見栄えを気にしなければずっと早い。
「それに」
エリは独り言に出した。
「これなら浄化したマテリアルを誰かにあげることもできる」
胃袋だとおそらく口づけした上、胃の内容物を相手に注ぎ込む感じになるのでものすごくハードルが高い。
重傷者の救済に役に立つだろう。エリが助かったのと同じように。
そして、侵食するときに相手の持つ魔法式をいくつか奪える時があることがわかった。この時にどの程度影響を受けるかはエリには自覚がなかった。
サイ、猿、蜘蛛、どの魔物もマテリアルは同じくらいで人間の半分くらい。全部取り込んだエリはいまや普通の人の倍以上のマテリアルをもっていることになる。
(おかしな変化というとそれくらいだ。でも、わたしも自分の上限は知らない)
もともと多かったのかどうかわからないが、まだはいる実感はあった。
それより、これからどうするか、どうしたいかだった。エリにとってもバイフェにとっても。
「ボクはここの市民だった。でも、汚染の疑いが解消されるまで何年も受け入れてもらえないから、どこにでもいくよ。邪魔じゃなければ君につきあおうと思う」
バイフェには丸投げされてしまったエリは考えた。
いろいろ、それこそいろいろ。その中にはバイフェを利用して名声を得るたくらみもあったし、二人でどこか遠くに行こうというのもあった。特に、どこかに行こうという気持ちには引かれた。
ふと思い出したのが侵食されかけた時に聞こえた言葉。
「ワシは、持ち帰らなければならぬ」
この人物は何者で、何を、どこに持ち帰ろうとしていたのだろう。
思い出したとたん、どうしてもそれが気になってしかたがなかった。今回のアンデッドの氾濫に無関係に思えなかった。
リセットされたバイフェに聞いてもわかるはずはない。
「念のためにきくけど、魔神、あなた知らない? 」
こんな質問では魔神は答えてくれない。実際にはわりとくどくど条件を並べ、完璧とはまだいえない字引を頼りに質問をし、最後にバイフェに仲立ちして、と手間のかかった質問になった。
「求められたのが技術的な知識だ。吾輩はそれをもっているし、人命救助が目的であるとのことで、市民バイフェの返還をもって提供を承諾した」
バイフェに仲立ちしてもらって得た回答はこうだった。魔神語の辞書がどんどん埋まる。エリは別の意味でまず喜んだ。
「でも、承諾したのならなんでバイフェはあんな状態で? 」
これも少しやり取りが必要だったが、回答は簡単だった。
「返還の解釈が食い違った。制圧して、機会を待つしかなかった」
解釈違いで何がどうなったかの説明はどうでもいいことと省略されてしまったが、十分だった。
魔神はその技術情報は渡すつもりで、バイフェに同居させている魔神の劣化コピー版にすでに渡しているのだと説明した。
「あちらに渡してほしいが、危険を伴う。渡さない判断をしても尊重する」
エリは、失笑した。危険にはもうさらされている。都市の外では放り出された魔獣たちがマテリアルによって復活しつつあった。ここを旅立つにしてももう一回彼らが攻めこんでくるのをしのぎ切るまで動くことはできない。彼女はそう判断した。
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