第8話 収集
ボクもそいつの存在には気づいていた。義体も最初とは随分変わってはいるのだけど、それでも無感覚に近い違和感のある不自然な拡張はやっぱり目立った。物理的なものではないから、いざとなったときに乱暴な対処をすることもできない面倒な部分だ。
つまり、これがセントラルシステムの送り込んだ彼の劣化コピー版というわけだ。
対話してみようと心の中で話しかけたり、エリがはずしているときに声に出してよびかけたりしても応答はなかった。
だけど、エリに話しかけたのは間違いなくそいつで、今はボクと話す必要性をまったく感じてないだけみたいだ。あいさつくらいしてくれてもいいだろうに、なんだか不愉快な同居人だ。
ただ、あたえた任務は聞き出せた。ボクの再生、データサポート、そして緊急時のリセット。ついでに前のボクの同居人本体のための技術情報提供。
「リセット」
つまり、今のボクを抹消し、何も知らないコットンボールと話をしたばかりのボクに戻すということ。
それは、やだな。
もし、ボクがそいつだとしたら殺すかもしれない相手と交流を持ちたがるだろうか。人間と同じような感情は彼らにないと思うが、ボク自身のことを考えれば似たような働きができていてもおかしくない。やりにくいよね。
目下の相棒、エリは自分がおかしくなってないか不安に思ってる。言ってこないけど、最悪、自分を殺してくれとかいいだしたらどうしようか。
彼女は変な能力がついていた。彼女がマテリアルとよぶものはたぶんボクが栽培していたマテリアル・パレットからできていたものと同じだ。不思議なことにかつてのボクのような農夫はもういないのに、あらゆる生き物が恩恵を受けるほどあふれかえっている。ボクたちは体の補修や、蘇生のための記録にしか使ってなかったけど、彼女らはマテリアルを操作していろいろできるらしい。火をつけたり、電気を起こしたり、レーダーの代わりにしたり。
それらはもともとできていたものだけど、今の彼女は他者のマテリアルをハッキングして奪うことができるらしい。奪ったマテリアルはオーナーフリーで一時貯蔵できるから、必要ならボクに分けることもできるよ、と言ってくれた。
気にならないなら、といってくれたのでちょっと気を使ってくれてるんだろうな。あんまり気持ちのいいものではないと思う。
困ったことに、ボクのマテリアルは不足している。セルフチェックモードを信じれば、今もってるものの十倍は必要だ。端数レベルで少し回復してるので、自然回復はするようだけど、ろくな武器もない状況では不安しかない。
武器といえば
「なぜ? 」
「渡せるのは、渡しっぱなしにするものだけだ。補給とメンテナンスのために都市内に取り込むものは渡せない」
それで渡されたのが試作品の中で一番ましだというマテリアル銃。
礫をこめて火薬じゃなくマテリアルの魔法で加速して撃ちだすというしかけだそうだ。礫はある程度の大きさがあればなんでもいい。ただし、当然だが自分のマテリアルが必要になる。あとは慣れ。
マテリアル、不足してるのに。
案ずるより産むが易し、であった。
ただし、結果論だが。
悲壮な決意をして、リセット後の自分向けのメッセージを魔神語でせっせと書き留めたバイフェと、それを譲り受けてほくほく顔のエリ。
バイフェは憮然とした様子でマテリアル銃の練習をしている。装填、発射、次弾装填の慣熟、研究室のゴミで作った的に対する命中精度の向上。
バイフェはいちかばちか、エリから無主のマテリアルの供給を受けた。方法は人工呼吸のマウルトゥーマウス。外に出せば霧散してしまうものであるため、相手の体内に直接送り込んでやる必要があったからだ。最初の魔獣の分はエリが検証かねてとりこんでしまったので、残り二頭分が提供された。バイフェはひどく照れていたが、エリは救命行為の延長のようにしか感じてなかった。エリの育った社会にはキスの習慣はなかったのである。口と口で吸いあうような行為はどちらかというと不衛生感をもってとらえられていた。とまれ、おかげでバイフェのマテリアル充足率は20%まで向上し、落ちていたステータス評価もいくらか改善されている。そしてマテリアル銃に少し回すことが可能になった。それで、二人はめいめいに研究や研鑽をしている。
何しろ、時間はまだまだあったから。
研究室のドアは締め切られ、都市のアイアンゴーレムたちと数をそろえなおして再突入してきた魔物の戦う音だけが壁越しに響きつづけている。前回の戦闘から再生したものだけでなく、さらに合流した魔物がいるらしくなかなか終わらなかった。
バイフェの伝言文を元にエリは魔神語辞書の改定と、彼女に関する論文をしあげた。それを涼陰津の学会に送る手立てはない。それに、彼女の心は次の研究テーマにうつっていた。死都市のサブシステム、そしてバイフェのいう敵である。
魔神語を話すバイフェたち、そしてエリは「ワシ」と名乗った誰かの言葉が少し癖の強い訛りはあるものの、自分たちと同じだと気づいていた。
「これはいったいどういうこと? 」
答えは魔神も知らなかった。というか、答えてくれなかった。
「それについては責任もってできる回答がない」
こうだ。エリも魔神のそういうところはよく知ってるので、それ以上の情報を引き出すことは一旦あきらめる。もちろん、いい質問を思いつけたらまたぶつけるつもりなのだが、それは襲撃が一段落するまではできない話だ。
魔神語のこと、バイフェのこと、それに奪った能力の使い方についてエリは忙しくしていた。食料がこころもとなくなってきたのにも留意しないほどだった。
エリの論文が裏紙も駆使して結構な厚さにしあがったころ、廊下の戦闘音はようやく静かになってきた。
エリは研究室を整頓しながら、静かになるのを待った。制圧が終わったら、急いで廊下の魔物たちからマテリアルを奪い、心なきアンデッドとしての再生を終わらせ、自分とバイフェのマテリアルを補充するつもりだった。
そのバイフェはちょっとした曲撃ちができるくらいには上達している。一時間様子を見ても戦闘音がしなくなった頃合いに彼らは日用品の範囲だが武器になりそうなものを手に部屋を出た。エリはかなてこ、バイフェはマテリアル銃を持ち、腰に工具箱で一番大きな金づちをさげた。とても心もとない。
静かになった廊下にはすでに回復被膜に覆われはじめている魔獣の死体、擱座して節電モードにはいって休止しているアイアンゴーレムがごろごろとしていて歩きにくかった。
その死体に近づくと、エリはだきかかえるように両手を広げる。指先からマテリアルの細い糸がしゅるしゅると出てきて死体を網のように覆うのをバイフェは警戒しながらなんともいえない顔で見ていた。
これは蜘蛛型魔獣の糸繰りの能力だ。もともとマテリアルの糸を出してコントロールすることはエリにもできていたが、それはあくまで許可されたマテリアルデバイスへ接続するためで、実際最初の侵食も自分で電極のようなデバイスをつくってそこに接続をやっている。蜘蛛の糸繰りができるようになった結果、こういうこともできるようになった。最初のやり方と準備の時間は同じくらいですむが魔獣のマテリアルが少ないこともあって処置は五分もかからない。
「バイフェ」
エリはバイフェと口づけをかわした。マテリアルを渡すためだ。今回の目的はとうに死んでいるアンデッド魔物の処置だけではなく、バイフェの不足しているマテリアルを補充することにある。口づけが性的な意味を持つ文化の出身であるバイフェは困惑気味であったが、エリは平然としていた。
「あんたの口は清潔でいいわね」
「そうなの」
そんな感想でいいのか、変な気分にならないのか。バイフェはその質問を飲み込んだ。
「そうよ、義体だからかね。救命の指導で何人かと人工呼吸の練習させられたけど、どいつもこいつも虫歯が腐ってたり、前の日の酒が胃にのこってたりで、きったないわくさいわ」
それがエリたちの感覚だ。矮賢族も長身族もそこはかわらない。
だから、我慢できるといいたいのだが、そこはバイフェには理解しにくい感覚だった。
そうやって順々に片付けて十数体の魔物を処理した時、彼女たちは不意打ちを受けた。
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