第19話 都市の家系

 日焼けしやすいのか、赤銅色の人たちの多い集落カストラスクだった。

 いずれも長身族ではあったが、マボーディ老人にどこか似ていて、老人と同じ、または兄弟都市から出た長身族のように見えた。

「太都に兄弟都市はない。彼らはかなり世代を重ねているから太都出身者の血を濃く引いた子孫なのだろうて」

 マボーディ老人はエリを待つ間、そんな話をふったバイフェにそう答えた。

「兄弟都市がないってどういうこと? 涼陰津の兄弟都市はあんなにあるのに」

 ちょうど報告書を無事に預けて戻ってきたエリが疑問をぶつける。この集落にも涼陰津出身の長身族の商人が倉庫を構え、都市物産と集落に集まる資源、食材と交換を行っていた。そういう商人の物流についでに手紙などをとどける制度があった。料金は中継ぎの商人一人につき、涼陰津のさだめる金額を払えばよかった。通貨は貴金属そのものであったり、商家の出す商品引換券であったり、一番信用があるのは涼陰津の出す都市物産との引換券だ。ミタクの手形は同じもので、ここまでは順調に報告を出せている。ただ、気になる話もあって、それを伝えたくって戻ってきたところでマボーディ老人のぼやきに近い発言。

 そうだな、と老人は考える。すでにある程度彼らに知っていることは話していた。

 都市が別の天体に入植するためのシステムであること、そのため、うちあげられた副核は根を下ろすべき別の天体を探して長い長い旅路に赴くこと。宇宙はエリたちの想像を超えて広く、同じ天体に二つ以上到着することはめったにないこと。

 そこまでは話したが、そこから話していないことがあった。

 よい機会だ。マボーディ老人はそれを話すことにした。

「せっかくだ。そこに席の用意してある露店がある。食事をしながら話そう」

 幸い、ここでは少しなまっているが涼陰津と同じ言葉が通じる。店主の用意しているメニューは一種のピザで、穀物かなにかの粉を練ったものを移動可能な金属製のかまどでやいて出すものだった。これに甘いソースか辛いソースをぬって、別料金の燻製肉や魚、それと野菜と、薬味のハーブをのせる。食べるときは大きめの香ばしい葉で折りたたむようにつかんでたべるらしい。

 エリは現地通貨の準備もすませていたので支払いにもめることもなく席につくことができた。

「さて、食べながらきいてくれ。根を下ろした都市は条件がそろえば副核の打ち上げを行って次の都市の種をまく。基本設計はみな同じだが、親の都市核の判断でそれらは改良されていたり、データを継承していたりするので親戚、兄弟、親子の樹状の関係ができる。この大地にある都市は大きく三つ種類がある。招かれたものと、招いたものと、そしてもともといたものだ」

「もともといたもの? 」

 本当に食べながらなので、エリの言葉はもごもごに聞こえた。

「わしの仕事は都市を分類し、系統を導き出すことだった。これほどの都市が集まっている天体は他にはないだろう。だからこそ護衛一人だけを供に長い旅をしてここまでやってきた。先ほど言った通り、都市には親子、親戚関係がある。それをつまびらかにしたかったのだ」

「おお」

 エリの目が輝いた。こういう話は大好きなのだ。

「さっきの三つの分類はそうやって? 」

「それを説明するためにはまず、都市のはなつ忌避信号と都市の好む誘引信号の話からになる。誘引信号は天体のもろもろの要素の放つ各種信号でな、せっかくの都市の種がどろどろのガスだけでできた天体や、灼熱のフレアにあぶられる天体など見込みのないところに落ちないようにするために諸々の天体が放つ信号につけている条件にすぎないが、忌避信号は少し違う」

「ほほう」

 合いの手。先を促しているのだ。

「忌避信号は同じ天体に都市の種が落ちてこぬよう先にあった都市が放つものだ。都市による移住は広く、薄くでなるべく多くの天体に多様な生活圏を築くことにある、と都市核は記憶している。確率的にそれはほぼありえないことなのだが、最初の都市が最初の天体から飛び立って気の遠くなるような時間が経過している。そういうことが起きたところもあったのだろう。この忌避信号とそれに反応する仕組みは大きく五つある都市の家系のうち四つが持っていた。残りの一つも誘引信号の仕組みに他都市の存在を示す信号の不在を含めてある。この仕組みは他の四つにも共通してそなわっているので、五つの中でもっとも古い家系で、忌避信号を生み出す直前の家系と判断しておる。もちろん、それ以外の様々な特徴も横断的に判断している。それでその古い家系から二つの家系がわかれ、その一つから残り二つの家系が分かれていることまで把握できておる。ただし、これは招かれたものたちだ。エリの生まれた涼陰津はこの中では一番新しい家系に属している」

「招いたもの、が太都ね 」

「そうだ。太都はこの五つとも系統が違う。都市核が開示してくれなかったのでわからなかったが、この家系はもう少し古いところで分岐している。招かれた五つの家系がお互いを避けるように仕組みを発展させたのに、太都の属する家系は逆に発展した。呼び寄せ、征服するようにな。わりと何世代もそうしてきたので、呼び寄せるための誘引信号の増幅、捏造だけではなく、忌避信号の打消しまでできるようになった。侵食の能力で制服した他都市を搾取する寄生植物のような都市がまことに残念なことにワシの出身都市なのだ」

「涼陰津も、あの死んだ都市もほかの兄弟都市も全部太都に呼び寄せられたということね。支配するために」

「そしてボクたちと戦うことになった? 」

 バイフェが漏らした言葉に老人はうなずいた。

「太都の家系にも忌避の仕組みはある。すでにどこかの都市が先行して発展しているところは避けた、そのために忌避信号は二種類に反応するようにできているそうだ。一つは通常のもの、もう一つは太都の家系独自のもので他の家系にはそうとわからないもの。それなのにここには先住都市が複数あった。だが、一度着地した都市は二度と旅には戻れない。太都は戦争を始めるしかなかった」

「その戦争の結果をボクは知らない。どうなったの? 」


 そうだ。リセットされてしまったボクにはあの後のことはわからない。察することができるのは、ボクが何度もリセットを経験しながらとてつもなく長い時間を戦い、最後に敵に捕獲され、この老人の護衛となったこと。そのころはこの人も若く、違う経験を積み重ねたボクとボクの知らない深い関係を結んだかもしれない。そんな気がする。

 セントラルシステムは侵食を受けていなかった。でも、都市の周辺のマテリアルパネルの畑、道路、そして集落はすべて消えていた。ボクたちは負けたのだろう。そしてセントラルシステムは守りを固めた。あの奥にボクの親しい人たちの子孫が息づいているのだろうか。

「結果だけいえば」

 爺さんのもったいぶった言い方がちょっと癇に障る。

「痛み分けであった。太都の都市核の目論見はおそらく二、三の都市を誘導できれば十分であったと思う。それくらいなら成長を観測し、適当なタイミングで支配に乗り出す余裕が持てたはずだ」

 あ、なんとなくわかった。

 涼陰津の兄弟都市だけで全部で四つ。わかってる範囲でそれで、ほかにもあるということは、手に負えないほどたくさんの都市が落ちてきたんだ。

「まいったな。その通りなのだ。結局、新興都市の数と勢力が多く、太都は撤退と和平を強制されることになった。バイフェさんの都市がどうなったかはわからん。固く門を閉ざし、外には住人を置かなくなったことだけはワシらの目的地である支配下都市からの途切れがちな連絡でわかっておったが、いつのまにかそうなっていた、としか記録には残っておらん。これはもうついでにでも調査するしかなかろう? 」

 なかろう、ってそうかな。敵だった相手に不用意に近づくもんじゃないと思うのだけど。

「わかる」

 少し食い気味のエリ。そうだこういう人だった。やっといてから危険に気づくようなうっかり前のめり。それがエリだ。そして爺さんも同類だ。

 理解不能だが、ボクはそういう人に弱いらしい。本当になぜだかわけがわからない。

「そもそも、もともといたものたちの正体がわからん。太都と接触した住人を備えた都市は知識の都だけだが、この都市はワシの知るどの都市の家系にも属さない。だが、まるで共通点がないわけではなく、無関係と判断することも難しい。誘引信号と忌避信号の概念も知らなかった。そして自分たちの町のことを知識の都クロノスとどこの家系も伝えない言葉の名前で呼んでおった。他に大地の都ガイア天空の支配者ウラヌスと呼ばれる都市があるらしいが、接触はない。滅び去ったのだろうとワシらの中ではそう思われておる。いや、おった、だな」

 ボクもそんな町の話は聞いたことはないな。

「知らぬのも無理はない。もともといたものたちは太都が来るまでずいぶん長くこの地にあったようだ。ワシらはその痕跡をあちこちで見つけておる。それがいまや新参の住人に場所を譲って消えてしもうた。大いなる謎じゃ」

 そしてエリも爺さんもその謎には興味津々と。

「で、次の目的地はどこだい? 」

 埒があきそうにないのでボクは話題を変えた。

「それなんだけどね」

 エリが待ってましたと得意そうに語り始めた。

「ちょっと有益そうな話が聞けたのよ」

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