第18話 再会
死都市からの副核打ち上げはやや遠いとはいえ涼陰津の地上部からでも観測できた。
何が起きたかは都市核とその知識に触れる上層部にわからないわけはないが、一般市民にわかるわけがなく不安の声も起きている。
都市上層部でなくても知識に多くふれている階層には見当をつけているものもいた。エリの両親もそうであった。
「調査にいきたい! 」
そんな声をいちいち許しては大変なことになると察した当局は調査隊の選抜は後回しにしてまずは現地偵察に軍人だけを派遣することにした。
ミタク・カンが選ばれたのは学者ではなく、しかし学者一族の子弟で偵察の精度が期待できることと、なにより比較的近いところで任務を終えつつあるという好都合な面があったからだ。
学者は連れて行くなという命令であったので、四の五の同行を希望するコーラー女史をなんとか振り切り、女史の監視と護送にガーディアンの半分をつけて送りだし、輸液タンクの補充を受けて彼は大鬼一匹、小鬼七匹の分隊のみ率いて現地を目指した。軍は追って増援と補給を約束してくれている。そこにあるのが生きた都市なら交渉の下準備をすること、廃都市などであれば都市の調査隊の前に盗掘屋をよせつけあいようにすること。
発見したのは地滑りで開いた都市の口で、彼は慎重にことにあたることにした。
というのも、大量の何かが出て行った痕跡があったからだ。
エリ達が出てきたとき、ちょうど彼は封鎖線をしめすロープを小鬼にはらせているところだった。これを無視して宝探しをしようとするものたちがいれば逮捕が可能になる。
まさか誰か出てくるとは思わなかったミタクは二度驚かされることになる。
「エリ、無事だったのか」
「兄さん。なんでこんなとこで」
ご挨拶である。一瞬言葉を失いそうになるが、エリの兄は立ち直りも早かった。
「でかい花火が三本もあがったんだ。誰か見に来るだろう」
そういいながら、彼は連れの二人を油断ないように観察した。
見慣れない矮賢族、こんな色の浅黒いのは一番近い隣接都市にもいない。着ているものは涼陰津でも珍しくないデザインのものだ。思慮深い老人のようだが、当然だがミタクたちを警戒している。
そして長身族に見える女性。歩き方は軽快なのに重さを感じるところは歴戦の格闘技教官を連想させた。肌や髪の色はこのへんの長身族にはない色だ。
最後に彼らに続いて現れたもの二体にミタクは身構えた。
見慣れたアンデッド。襲撃者の蜘蛛と猿だ。
「エリ、後ろのそれに気づいているか」
固い声になり、率いたガーディアンたちに戦闘態勢を指示する。
エリは「あ、」と声をあげた。驚いた声ではない。盗み食いや両親の書庫に勝手にはいったのがばれたときのなじみのある反応だった。
「こまったな。どこから説明しようか。あ、この二匹は大丈夫だよ」
エリはまず、自分のしもべ二体を守るべきだと判断した。
「支配はわたしが奪ってるから」
ミタクの眉間にしわがよった。
「どういうことか、この兄に説明してくれないか」
失言したことにエリは今更気づいたがもう遅かった。
「父さんと母さんに報告しなきゃいけないからね」
自分を大事にしてくれる兄の満面の笑み。まだ自分を毛嫌いする妹のほうがかわいく思える表情だった。
機能停止が進む死都市を必死になって脱出したらエリの兄がいた。
ボクにもなんでかわからない。
副核の打ち上げを見て様子見にきたというけど、だからって関係者の関係者が来てしまう確率ってどれくらいだろうか。
実際はそんなにあり得ない話ではなかったようだ。この妹思いのお兄さんは安全な都市に引っ込んでいることができず、危険な任務に赴いて彼女をさがしていたのだそうだ。だから、距離的にはここに近いところにいた、だから怪しい打ち上げの確認を命じられた。そしたら当の妹が関与していた。
うん、できすぎてるけどありえない話ではない。
困ったのはエリだろう。彼女は自分の生まれ育った町から排除された人だ。それまで彼女を守ってくれた家族が迎えに来たらぐらつくだろう。帰ること自体ははっきりあきらめているけれど、情で推されたら困るよね。
特にお兄さんのミタクさんからは強い後悔と決意が感じられるから、これをいなすのは結構大変。
正直、この先の道行に彼女は必要かといえばそうでもない。蜘蛛と猿のしもべは便利だけど、最低限必要なのはボクと爺さんだけだ。万事うまくいけばボクは変わり果てたとはいえ故郷に帰れる。もうボクの知る人は誰もいないけれど。
こう言ってしまうとなんだかそれは魅力的でもないように思う。それなら前のボクといろいろあったらしい爺さんより変人ぶりは同じでも真摯なエリともう少し過ごしたいと思う。
でも決めるのはエリだ。
「だから無理だと思う」
断言しないところに迷いがあるな。ボクにはわかるぞ。
「なるほど」
ミタクさんの言葉には意外なことに動揺の類がなかった。きわめて冷静な声。
「それでコーラー女史がエリの残したものを一部隠した理由がわかった」
コーラー女史というのは、エリの属していた研究チーム、ボクやセントラルシステム、通称魔神をしらべていた人たちのリーダーだそうだ。
「エリ、追加の何かはないか? できればあそこに残した内容もわかるものがいい」
「あるわ」
エリの語尾がちょっと跳ね上がった。なんか渡りに船みたいな反応だ。
彼女は自分のはちきれんばかりのかばんをごそごそやって、紐で綴じたうえでさらに縛ってばらけないようにした紙の束を出した。
「荷物になっててどうしようかと思ってたんだけど、これ父さんたちに渡して」
これまでの旅での発見、死都市のあれこれ、侵食についての考察、そういったものを細かく記したものだそうだ。
かばんの中には同じくらいの分量の白紙がつまっている。少し色など違うのは、これがこの死都市で調達したものだかららしい。
「確かに預かった。ではここからは公人として」
つまりここまでは私的なことということらしい。上に報告する気はないということだろうか。あの紙束、内容がまずいものならミタクさんの身柄ごと差し押さえになる可能性はありそうだ。
「さて、皆さん」
声のトーンが少し上ずった感じになった。これが公人モードらしい。
「本来なら一緒に涼陰津に来てもらわないといけません。今回の出来事の証人であるだけでなく、廃都市と思われていた都市の住人、遠い都市の遠い過去の碩学、お迎えせねばおかしい方々です」
それは爺さんが納得しないだろう。だが、爺さんはミタクさんの言葉に続きがあると察してかだまって聞いている。
「ですが、いきなりお連れするには判断の迷う要素が多い。うちのガーディアンたちの活動限界も近く、我々は一度引き上げざるを得ない状況です。ですので、余剰食糧などをお渡ししますので、ここで涼陰津からの正使が来るまでお待ちいただけるようお願いする」
お願いする、ね。
「お願い、確かに承った」
ちゃんと聞いたよ、とはいったが、爺さんは希望に沿うなんて言わなかった。ボクも同感だ。
「それでおねがいします」
なにがそれで、かわからないがミタクさんにはわかってたんだと思う。立場上これが最大限の譲歩なのだろう。
それから彼はボクたちの写真を撮った。接触の証拠にするといっていたが、エリの写真を何枚かとっていたので家族に見せるためなんだろう。写真機はボクの知ってるものよりずっと単純で動画が撮れたり、編集ができるほどの機能はないらしい。エリにきくと、写真機を持ってる人自体が少ないそうだ。高価でこわれやすいからと聞いて、ここがボクのくらした時代よりずっと後代とは信じがたかった。
別れ際、ミタクさんはボクたち、とくにエリに向かってこう言った。
「月に一度以上でいい。手紙というか報告を送ってくれ。どこかで上に見せることになると思うから、まずいことはかかないように。お二人、申し訳ないが内容が大丈夫か見ていただきたい」
ボクも爺さんもうなずいたけど、ボクは我慢できずに聞いてしまった。
「いいんですか? エリをすぐにでも連れて帰りたいのでは? 」
「今すぐは無理ですね。危険視される。状況を改善するための時間が必要です」
エリ本人、そしてボクが感じてる彼女への不安は一切なかった。これは温度差大きそうだ。
「最悪でも、危険因子は排除なんてならないようにしたいと思います」
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