第17話 脱出

 ボクが必要? セントラルシステムはこの「敵」の人間に何を要求したのだろう。

「正確には、君に同居しているやつだな。ワシの体はこれで当分持つが、そいつの持ってる知識がなければそれほど長い時間は許されない」

 ああ、なるほど。この不愉快な同居人か。とりだせるもんならこの爺さんにおしつけてやりたいが、そんなことを試せばきっとリセットされそうになるんだろう。

「で、ボクは何に付き合わされるの? 」

「ある都市を探す」

「どんな都市? 」

「太都のスレイブ都市。この都市を侵食したところだ」

 こんなのがまだあるの?

「そこもアンデッドだらけ? 」

「いやいや、都市核は無傷らしい。伝言によれば知識の都と直接戦っていたところだそうだよ。おそらく、以前のあんたを捕獲したのもそこだろう。太都には送られてきた鹵獲ガーディアンが何種類もおってな。ワシがこっちに向かうことになった時、土地勘のあるという理由でつけられたのがリリーだ」

 それは顔をしかめちゃうね。

「またつかまるのはごめんだよ」

「権限もちのワシと一緒なら大丈夫だ」

 それはもしかしたらそうかもしれないけど、敵地でもあるんだよね。リセット前では相手の位置はまだわかってなかったし、当然踏み込んだり情報を持ち帰った仲間はいない。

「そこにいって何をするかによるんじゃないかな」

「そこは大丈夫だ。太都で与えられた権限と使命、知識の都の求めるものは一致させることができるし、そのつもりだ。万事うまく運ぶよ。どこにあるかさえわかればね」

 それが一番の難問じゃないだろうか。リセットされる前のボクなら、捕獲された場所だというなら知っていてもおかしくはない。もちろん今となってはさっぱりだ。

「それで、ボクが一緒にいくとしてエリはどうするんだい。ここにアンデッドのしもべと一緒にまっててもらうのかい」

 エリは自衛能力はあるが、その状態でとても人前には出られない。なにしろ直営はアンデッド、それも見かけの印象のあんまりよくない蜘蛛とかだ。だからといって女の身一つで放り出すのも危険だ。

「え、わたし? 」

 意外そうな声を本人が出した。

「一緒にいくつもりだけど」


 これからどうしよう。

 エリに迷いがなかったわけではない。

 ここまではバイフェにつきあう形でやってきた。正直、そこから先の見通しなんかもともとはなかった。両親のつてを頼めばまだ何かまた以前のような仕事が見つかるかもしれない。その時にはバイフェにかかわることはできなくなるだろう。彼女は今となっては動かぬ過去の遺物ではなく、自分の意志と戦う力をもった個人だ。その生きた時代、そして魔神の都の在りし日については強く興味を引かれる。特にこのうさんくさい老人が出てきて、涼陰津の歴史にも知られていない遠い過去のかかわり、兄弟都市の死都市に起きたこと。それから都市の種まきの機能、それらをすべてあきらめることは考えられなかった。ただ、魔神語についてバイフェから多く学んだことを生かせば魔神の都の調査隊さえ復活すれば彼女はそれなりの地位で自由に研究をすることも可能かと思えた。それはそれで魅力的な選択肢ではあった。

 だが、それは両親が健在で都市の中で決して高いほうではないものの、ないがしろにできない程度には高い地位にいる間だけのことだ。長身族の彼女は矮賢族至上の都市内で得られる地位には限界がある。たぶん、最後はいいように利用されるだけになるんじゃないだろうか。これまでに近づいてきたことのある長身族のよからぬ欲望の男たちと彼女の成果を搾取するだけの矮賢族のせこい研究者となんらかわることはないとエリは思った。

「ならば、わたしは自分の自由を選ぶ」

 その結果が行き倒れであろうと後悔はしない。心の赴くままに好奇心を追及したい。それに、いまの自分はそれなりに戦力になる。猿の偵察、蜘蛛の糸。できればあと二、三くらいしもべをふやしてもいい。バイフェにいやな顔をされるかもしれないが。

 バイフェは自分の研究材料、とうそぶく彼女は、自分が彼女に持つ執着についてあまり理解をしていなかった。

「一緒にいくつもりだけど」

 迷いはふっきれてないが、この言葉に嘘はなかった。大事にしてくれる両親、兄がいるけれど涼陰津には戻らない。戻れない。

「いいのかね。ワシのきくべきことではないと思うが」

 苦笑しながらマボーディ老人。

「あなたを信用したわけでないです。でも、バイフェはわたしの研究対象よ。離れるなんてありえない」

「なら、仕方ないのう」

「わかったような顔をしてるけど、あなた目的地の場所はわかるの? まずどこを目指すか決められるの? 」

 詰め寄るエリの権幕にマボーディ老人は鼻白んだ。

「ランドマークを記入した大雑把な地図はある」

「その目印って今でもあるのかな」

「痛いところじゃのう。集落など消えておったり名前がかわっておったりは当たり前であろうし、巨木はすでに枯死して倒れておるかもしれぬ。正直、いまの地上の状況はさっぱりで不安しかないのが正直なところだ」

「なら、痕跡でいいから地道に探していくしかないね。一応地元民がいたほうがいいでしょう」

 老人は参ったのしぐさをした。

「その通りじゃ。すまんが協力を頼めるかの」

「頼まれました。で、あなたにはいろいろ教えてもらいたいことがあるのだけど」

 ふっと、どこかの明かりが落ちた。

「これちょっとまずいんじゃないかと思うので外に出ましょう」

 少し息苦しいものを感じ始めていたエリはそういった。

「そうだのう。都市核もなければ、代わりをしていた副核ももうない。この都市は順次休眠モードにはいってそのまま朽ち果てるはずだ」

「それを、先にいえ」

 バイフェがマテリアル銃のストックで小突いた。


 この爺さんはやっぱり信用できない。

 大急ぎで死都市を脱出しながらボクは毒づいた。本人はへらへら笑ってる。照れ隠しのつもりらしい。

 あちこちで空調が止まって空気がよどみはじめている。幸い、来るときに迂回しなければならなかった毒ガス溜まりのようにはまだなっていないので生身のエリも顔をしかめるだけですんでいる。一応、彼女の首には簡易なものだがガスマスクがさげられていた。エリの故郷もガス漏れ事故が起きた時のために備えられているもので、それを素早く見つけて一つ確保したのはさすがだと思う。

 同じものはボクも爺さんも持たせてもらっているが走ると息苦しくなるのでいよいよというときまで使うつもりはない。アンデッドの二体はガスも平気なようだ。

 出口が見えるまでに結局ガスマスクは二回使った。

 時間を節約するため、短い毒ガス区域をつっきるのに使ったのだ。

 爺さんが義体というのはうそではないらしく、見かけの年齢に比べてかなりしっかり走れていた。エリの息切れのほうが早い。

「研究室に、ずっと、こもってたからね」

 まあ、運動不足もあるか。

 上へ移動する間も死都市の機能は止まり続けていた。

 停止前にはアナウンスがかならず流れ、何かが不足するから、などなど理由と避難の勧告が出る。退避室は使うなという意味で全部閉鎖されていた。かわりに隔壁は全部あいている。

 こんどこそ、この都市は死ぬのだろう。危険はともなうが使えるものは多々眠っている。エリの話にでてきた山師たちがお宝探しにやってくるかもしれない。

 そんなことを思いながら無心に上をめざし、ようやく土砂に半分おおわれた出口を出ると、新鮮な空気がほほをなでた。

 三人ともそこでへたりこんでしまった。エリは最後はしもべの二体に運んでもらっていたので、彼らもぐったりしている。爺さんはそれでも夜空を見上げて何やらうれしそうにしていた。

 少しだけ、彼の気持ちがわかる気もする。ボクも何度目の生かわからないが、こうして偽の体ででもいきているのだ。

「誰だ」

 そのとき、誰何の声がボクたちのくつろぎをおしまいにしてくれた。






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