第16話 追放
エリが学者一族の一員として戒められていたことの一つが、結論ありきで論考してはいけないということだった。仮説を立てることは重要だが、仮設を結論とはき違えることは絶対にしてはいけない。
だから、このマボーディという老人はどこまでも疑わしく、そして通じるものも感じるため好感ももっていた。それが結論をゆがませてはいけないと彼女は自分を律することに全力を注ぐ。およそ色恋などには縁のないように見える。それが彼女だった。
リセットされる前のバイフェとのかかわりを話すことを老人は拒否した。それは私的なことであり、彼のいうように今のバイフェとは全く他人といっていいということも理解はできた。そして、エリの確かめたいこと直接のかかわりは一旦ないと考えていいということで落ち着くはずだった。
それでもエリはもやもやするものを感じていた。それがなにか、結論を急ぎたい焦りも少しある。だが、彼女はそれをぐっとこらえた。いつかこらえきれなくなるかも知れないが、今はそれより確かめなければならないことがある。
彼女は自分の状態が心配だった。マボーディ老人の意識に侵食を受け、これを逆に食らったが影響が皆無とは思えなかった。そのためにはこの能力の理解につとめないといけない。操られて過ちを犯しましたではすまないのだ。
「では、彼女の中にあなたの執着とマテリアルへの侵食能力が宿っていたのはなぜですか」
きつい言い方になってないだろうか。少し心配になるような言い方になった。
「信じてくれんかもしれんが、リリーにもともとそんな能力はなかった。何があったかはワシにも正確にはわからん。眠りにつき、彼女を送り出すために副核のやつに用意をさせたときのことと、知識の都の都市核のよこした伝言に頼るしかない」
つまり、その語ることの信憑性はその範囲でしかないという意味だ。どこまで本当化は保証しかねるという予防線でもあった。
しかし、エリはぶれなかった。
「それでかまいません。教えてください」
この追及はマボーディ老人も予想のうちだったので、彼もうなずいた。
「まず、マテリアルに対する侵食能力をここの副核が持っていることはワシも知っていた。アンデッドを結構従えていたので質問責めにして聞き出したのだ。どうやってアンデッドを支配しているかとかな。普通に生み出したガーディアンがアンデッドになることは通常はない。だが、副核のやつは生み出したガーディアンをそのまま死なせて自由に使える配下にしておったのだ。その指揮はここの住人のアンデッドに改造と教育をほどこして作った配下に任せておった」
エリはあのガスマスクマッチョがどうゆう由来のものかここで知った。
「この能力はここを侵食した別のスレイブ都市で獲得されたものらしい。生きた相手のマテリアルを侵食するのは無理だが、アンデッドやマテリアル残量の少ないものなら侵食できる。ワシのような太都の市民に対してはそんなことをせん。だから油断しておった」
マボーディ老人はいちど言葉を切り、自分の体をたたいた。
「ワシの今のこの体はリリーの同胞の破損した体を接ぎ合わせて作ったまがいものだ。残念なことに太都にそんな技術はない。義肢、それにいくつかの交換用の内臓くらいしか作れぬ。まるごとは交換できぬ。まして大脳と神経系をあのように圧縮して保存する技術はとうてい真似はできん。意地汚いワシはなんとかしてこの体を作成し、太都にも認証させたがやはり少し無理があった。ここまでたどりついたところでおぬしらも見たような状態で保管されることになってしまったのだ。必要な知識が知識の都にあることはわかっておったので、リリーの身柄の返還を取引の材料として知識の都に使いに出すことにしたのだ」
「ボクがいうのもなんだけど、本人はいやがりはしなかったの? リセットされちゃうでしょう」
思わずバイフェが質問する。
「リリーは太都のガーディアンとして長かったからな。リセットして消してしまうにうは惜しい知識を持っていたし、彼女の受けた侵食は解除キーで意志の自由を取り戻せるものだった。少し調べればすぐにわかるはずだった。なにより本人が帰りたがっておった。解除キーを取引が成立したら適用できるよう、ワシのマテリアルにのせて彼女に渡すことを提案したのは副核のやつだ」
マボーディ老人は深く深くため息をついた。
「やつはやつなりによかれと思ってしたことなのだろう。だが間違いなく余計なことをしてくれた」
エリは老人の言葉を吟味し、仮説をのべた。
「あわよくば知識の都、わたしたちは魔神の都とよんでるけど、あそこをのっとろうと画策したのかな」
「あちらはすぐ気づいたようだがの。知識の都のよこしたメッセージによると、リリーはマテリアルごと侵食されていたため、一度それを排出してリセットせざるを得なかったそうだ。あっとるかね」
エリとバイフェはちらっと見つめあった。たぶん、マボーディ老人のいうことは正しいのだろう、二人はそう判断した。
「間違っていません。わたしは大けがをしてマテリアルが不足していました。バイフェの体にあった侵食性のマテリアルを食べたらこの能力が身についたんです」
エリは我慢ができなくなって早口になっていた。
「マボーディさん、あなたは詳しくないようなことをおっしゃっていましたが、きっと根掘り葉掘り副核から聞き出していると思います。わたしがなにか影響を受ける可能性があるかわかりますか」
「そうだのう。どういえばいいかのう」
マボーディ老人はエリをじっと見た。何か見てとろうとしているようだが、やがて一つため息をはいて質問した。
「エリ・カン。おぬしは以前からそうであったか? つまり好奇心を抑えきれず、ともすると前のめりになるところとか」
エリはちょっと宙をにらんでいろいろ思い出そうとした。そのへん、自分は変わったか? 彼女は自問したが、答えはすぐに出た。
「ええ、そうよ。どうかした?」
「ならばワシらはもともと似た者だったということになる。人間、侵食など介さずともちょっとした言葉で影響を受けるものだ。おぬしの受けた影響はあってもいまワシと話すことで受ける影響とかわらんだろうよ」
「いいこといってるようだけど、何もいってませんよ。副核からは何かきいているのでしょう? 」
「まいったな。そういうとこも同じか。ごまかせんなら伝聞でもうしわけないが答えよう。影響は確かにあるがね、無理やり作り変えるようなものではない。マテリアル侵食は、自我がなければそこに入り込めるがそうでなければ耳元でささやくくらいの影響にしかならん。ひどいことになってもせいぜい悪夢を見るくらいだよ」
「自我が、そう」
エリは配下の二匹のことを思い浮かべた。アンデッドが支配できるのはそういうことか。彼女は少し安心した。
「では、最後に聞かせてください。副核を打ち上げたのはなぜです? 」
説明は省いていた。侵食された都市核が切り離される前に打ち上げを指示して副核を都市核に成長させ、少なくともその一つに自分を複写してから打ち上げを抑止した。ここまではマボーディ老人の説明の通りだが、その抑止がいきなり外れたとすれば、権限の強いこの老人しかありえない。
「あのようなことをして、許せるわけがなかろう」
「しかし、どこかに落ちて侵食する都市となってしまうのでは? 」
老人の目が見開かれるのを二人は見た。そしてくっくっくと笑い声が漏れた。
「そうか、うん、そうか。そう思ってしまうのも仕方ないか」
どゆこと? 二人は視線を交わした。
「あれは遠い遠いどこかを目指して旅立った。ここの地上には落ちてこんよ。運がよければどこか別の大地で発芽できるし、悪ければ力つきるだけだ。そのへんは後にしよう。それよりワシは知識の都に一つ注文を付けられた。おぬしらがつきあってくれると助かる。とくにバイフェさんはいてもらわないと困る」
「どうゆうこと?」
思わずの声がバイフェから漏れた。
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