第15話 リリーとバイフェ
マボーディ老人は「敵」側の人間であることは確かだが、エリはそれだけで片づけたくないものを彼に感じていた。
とにかく博識なのだ。彼は自分の都市を出てから本当に長い歳月をすごしてきたらしい。太都と呼ぶその故郷が今はどうなっているかわからないらしい。
「おおかた滅んでしまったか、普通の都市になってしまったのだろうな」
侵食の力は太都の都市核が得た能力だ、と彼はエリに説明していた。
「ただし、他の町の都市核を支配するだけの力でな、おぬしがもっておるようなマテリアル侵食の能力をいつ、どこで手にいれたかは知らぬ」
エリが習得に活用したマテリアル操作を、マボーディ老人は使えないのだという。
そんな人間がいるとはエリには信じられなかった。
「ワシがここについたころには、ここはもう死都市であった。侵食された都市核は住民自らの手ではずされ、生き残った住民はここを出ていったあとだった」
「ここは私の生まれた涼陰津と似ている。でも、そんな話は聞いたことがないのはなぜ? 」
「いろいろ考えられる。一番ありそうな話としては、おまいさんの故郷がまだ地上に出る前にそうなってしまったということだろうな。それならおまいさんの先祖があったのは出身都市のことはほぼ忘れ、長身族ばかりになったここの住人の末裔のみとなる」
エリはふむ、と少し考えた。都市の成長に時間がかかることはわかる。途中でみかけたまだ口のあいてない都市はそういうものだろう。涼陰津も結構歴史があるのだが、それよりもさらに古い話ということであれば一応理解はできる。
「理解できないのは」
彼女は問うた。
「なぜ、ここの住人は自分たちの都市核にそんなことをしたのだ」
「なぜなら太都の侵食を受けてのっとられかけていたからさ。のっとったあと、衛星都市として支配に入れば生活は担保されたのだけど、誇り高い矮賢族はよしとしなかったようだ。もはや侵食の影響を排除できないと悟るや、自らの都市核を外し持ち去ってしまった」
エリはふむ、と考えた。住人のいなくなった廃都市の都市核を奪い、自分たちの都市の都市核に食わせる話がある。そうやって食われた都市が死都市だ。少なくとも一般的にはそうだと涼陰津では思われている。都市核を食った都市は機能を高め繁栄するのでどこの都市でも奪って食える都市核は歓迎している。
今のマボーディ老人の話にはそれと比べて興味深い点がある。
他の都市の都市核を侵食する都市があったこと。
住民が自ら都市核をはずす一種の自殺を行ったこと。
そしてはずした都市核はどうなったのかということ。
「ここの住民は自分たちの都市核をどうしたの? 」
まずは答えのわかってる質問を彼女は放った。
「知らんよ。ワシの知識はそこにあったバックアップの記録から得たものだ。都市の外に持ち出されたものまではわからんよ」
そんなとこだろうと予想通りの答え。エリはすぐに次の質問をした。
「あなたの太都とやらは、なぜ他の都市の侵食を行うの? 」
「ふむ、それについてはだね。少し長い話になりそうだ。少し整理する時間をくれんかな」
バイフェが戻ってきたのはそういって沈黙が訪れた時だった。
「あの退避勧告と、この穴はなに? 」
ボクにはこの老人がそれを知っている直感があった。あてずっぽうではない。この老人はボクと同じく長い年月をここですごしている。その間のボクやこの老人に意識があったのかどうかはリセットされてしまって見当もつかないが、予備知識はまちがいなくエリよりもボクよりも豊富なはずだ。
「そうだな。おまいさんら、バックアップのサブシステム、あるいは副核とよばれるものがなにかわかっとるかね」
ボクは知らない。セントラルシステムは町全体に拡散していたけれど、そんなものは持っていなかった。ボクの不愉快な同居人のようなスレイブは時に作り出すがそれとはきっと違うだろう。
「都市核のメモリーバックアップと聞いているけど」
こういうのはエリのほうが詳しい。この都市は彼女の故郷の双子らしいし知識は確かだろう。
「そういう使われ方もするが、本来は次の都市を生む種になるためのものだ」
「どういうこと? 」
「あたらしい都市核だよ。いわば都市の子供だ」
「都市核? ということは死都市もサブシステムを最下層に設置すれば再生したりするの? 」
「しないな。種まきの時がくるまでは都市核としての機能は備えていないし、種まきのときのものを奪って据えても新しい都市が発芽し、古い都市を材料として食い破るだけだろう」
と、いうことは副核を都市核に食わせてもあんまり意味がないのか。それと、気になることをいまマボーディ老人がいった。
「種まき? 」
そういえばエリがいっていなかったか。
「都市は、成熟したら子供の都市核をいくつも生み出して蒔くそうよ」
もしかして、あの騒ぎもこの大きな穴もその結果なのか。
「そうじゃ。播種都市は成熟するか、滅ぶ前に子孫となる都市核を打ちだす。この都市の場合、取り外される都市核が抵抗の手段として種まきの命令を出した」
「それって抵抗になるの? それともそういう仕組みになってたの? 」
エリの目が光ってる。
「種まきモードに入れば、副核は都市核の機能を持つ。その一つに、侵食されて太都のスレイブになったここの都市核が自分を転写したのだよ。そこから都市のシステムを乗っ取って最終的には避難させたり殺したりで反抗的な住民を駆逐した。まっさきにやったのは種まきモードの一時凍結だがね」
そのまんまでは放り出されてしまうので凍結したんだって。
ただ、本来の都市核ではないのでそれ以上のことは何もできない。死都市のままとなってしまった。
「これまでの話、あなたと以前のバイフェと、それとあのあふれたアンデッドが出てこないね。教えてくださる? 」
質問するエリの目がなんか怖い。マボーディ老人は何が気に入ったのかにやりと笑むので、この人も彼女と同じくらいいかれてるかも知れない。
「簡単な話からしようか。太都のスレイブであるここにあった副核はマスターからの命令、つまり侵食を継続せよという命令に従っただけだ。そのための手駒としてガーディアンを増産し、本来と違う仕事をさせるためアンデッド化させた。ワシも経緯はわからぬが、マテリアル侵食能力は副核がここにいたるまでのどこかで手に入れた進化した能力なのだ。太都のもっている同じ能力は、都市核が都市核を食うのと同じ能力の延長でしかない」
つまり、準備ができたから侵攻を行った、らしい。
「迷惑な話ね」
「いやはや、ワシが眠っておらなんだら止めたのであるがな」
「止められるの? 」
「ワシは太都の市民で権限もちだからな。ワシの壊れかけた体の修復を最優先にさせたから、そんな余裕はないはずだった。だが、思ったよりずいぶん長くかかったせいで準備が整ってしまったようなのだ」
確かに何もかも一変するほどの歳月がたっていた。もう、あのマテリアルプラントの畑は影も形もない。
「わかった。じゃあ以前のバイフェについて教えて」
マボーディ老人の目がボクにむいた。あらためてしみじみと観察されるのを感じる。
「わしが知っているのはリリーという人だ。わしにつけられたガーディアンで長い付き合いだった。彼女は侵食によって生まれた独自の人格でな、同じ顔、同じ体だがバイフェさんとはまったくの別人だよ。悩みの多い人生を送っていたが、それをおまいさんらに聞かせてもなんの意味もないだろう」
すごく、むずむずする。この人はボクの知らないボクを深く知っている。それなのに、絶対そのことを話す気がないようだ。
ボクは蜘蛛も猿も友人としては扱っていない。彼らに自我といえるものはないから。少なくとも感じられないから。でも、この人はガーディアンといいながら以前のボクと「人として」付き合っていたようだ。その関係は何だったのだろう。
エリにいたずらされて、ボクの今の体が男女のこともできることはわかっている。もしかしたら、そんな関係だったのかも知れない。恋人か、いや夫婦のような関係だったとしたら、ボクは彼の愛する者を意図せず奪ってしまったことになる。
むずむずするけど、詰問することは許されないだろう。
「では、彼女の中にあなたの執着とマテリアルへの侵食能力が宿っていたのはなぜですか」
エリは手を緩めない。だけどプライベートなことに立ち入ることは避けてくれた。
正直、そこはボクも疑問だったんだ。
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