第14話 太都の調査官
警報が鳴った時、エリは記録の整理をやっているところだった。
場所は樹上となった装置の前。ここにいる理由は何か起きるならここだということと、フードベンダーほか移動に便利な場所だということ。それに、ここのコンソールから可能なら情報を読み出したいという気持ちもあったから。
荷物も全部ここに集めてある。バイフェは確か風呂にいったはずだ。
エリはそれが警報だとすぐに理解した。故郷の涼陰津でも非常時には同じ音がなる。実際になるのを聞いたことはないが、その時が来ても驚かないようサンプル音源はしっかり聞かされている。そして待避所の存在も知っていたから、何もないはずの壁が開いて入ったことのない部屋が出てもあわてなかった。
「とにかくっ」
彼女は何がおきてるかはわからないが、退避はするべきだと判断した。そう訓練づけられていた。エリは自分のだけでなく、バイフェの荷物も引きずって退避室に押し込んだ。そうしている間に隔壁が降りるという警告が聞こえた。これも彼女の聞いたサンプル音源と同じだった。あまりに何から何まで同じなので、自分が故郷にいてその最後の日に立ち会っているような錯覚さえ覚えた。彼女は警戒に出ている猿にすぐ戻るよう伝え、蜘蛛には先に退避室にはいっているよう指示した。
「そうだ。バイフェ」
迎えにいかなきゃ、そういう思いと隔壁がもうすぐ閉じるという危機感が拮抗する。
「彼女は、大事な研究材料」
確かめたいことが多々ある。彼女のすべてが知りたい。失いたくない。
そんな思いが迷いを生んだ。
何かが割れる音がした。びくっとするエリのほほを残骸がかすめて後ろの何かにあたって激しい音を立てる。部屋全体の変形に耐えられず、樹木状の装置が縦に割れていた。今も次々壊れて時折破片を飛ばしている。
エリは退避部屋に逃げ込んだ。最初の破片はあたればただですむものではなかった。あんなものが飛んでいる中を人さがしになどいけはしない。ちょうど猿が無傷で帰ってきたのは奇跡だった。
隔壁降下の警告は続いている。バイフェはこないだろう。距離を考えれば間に合うわけがない。こういうときは手近な退避室まで誘導灯がともる。エリはバイフェもそれに従って手近の退避室に退避してくれるものと信じるしかなかった。
装置の破砕音はどんどんエスカレートしている。これから何がおきるのかエリにもさっぱりだった。
隔壁がまさに閉じようとしたとき、さらに誰かがすべりこんできた。
「バイフェ? 」
ぱっと表情を明るくしたエリは次の瞬間、ざっと引き下がった。後ろ手にかなとこをつかみ、かまえていた。
知らない人物だった。もちろんそんな人物を見たことはない。
「ふう」
その人物はため息をついてぱっぱと埃を払った。そしてエリのほうを見てにっと笑みを浮かべた。
「どうも初めまして」
赤銅色によく日焼けした銀の髪と整えた顎髭の老人だった。矮賢族ではなく長身族のように見える。言葉はエリのものと少しイントネーションに違いがあるもののほぼ同じものだった。
「ワシの名前はマボーディ。
知らない名前ばかり。だが、聞き覚えのある声だった。エリは最大限の警戒をしめした。
「近づかないで」
エリはかなてこを構えた。何の指示も出した覚えはないが猿が威嚇の唸り声をあげ、蜘蛛も糸の出る尻を老人に向けた。
「どうやらワシのことを何かご存じのようだな。そのガーディアンを従えているということはどういうことか教えていただけるだろうか」
老人は苦笑とともに両手を広げ無害をアピールした。
「都市のガーディアンが都市住民を守るのは当然ではなくって? 」
エリの言葉には少し嘘がある。どこの都市かには触れていない。
「あんたがこの都市の住人のはずはない。彼らは死んだか出ていったかだ。外で生まれたものは登録がされておらんよ」
「ここで何があったかご存じなの? 」
エリの悪いくせが出た。警戒より好奇心がまさった声の響きにマボーディ老人はまず目を丸くし、そしてほほえんだ。
「聞きたいかね? 」
ちゃんと服を着る以上にすることがなかったから、とても長い時間がかかったように思ったが、体内の時計で確認するとほんの二時間ほどでしかなかった。
最後にひと際大きな轟音と振動が退避室をさんざんにゆさぶり、それがふっと消えて静寂が訪れた。
隔壁が静かにあいていく。うってかわって穏やかな声がこれからを告げてくれた。
どうやら、この都市は全機能を停止するらしい。完全停止までの猶予は二日、その間に必要なものを取りだして外へいくように、だそうだ。
一体全体、なにがどうしてこうなったんだかわからない。わからないけど、まずはエリの無事を確認して合流したい。
原状に復帰したものの、いろんなものが壊れて散乱してる中をあの装置のあるところまで戻るのは簡単だった。
あたりにはひと際多くの残骸があり、そしてあの装置は影も形もなかった。ただ、巨大な円筒状の空間がずっと上まで開いている。まるでなにかが引き抜かれたように。
エリがいた。二匹のともをつれ、かなてこをぎゅっと握りしめ、壁に背中をあずけて何かを記録している。
そして彼女の警戒する視線の先に、今まではいなかった何かがいた。老人だ。
二人は距離を取って話を続けているようだ。
「バイフェ、無事だったのね」
どういう相手だろう。エリはボクの顔を見てほっとしたようだ。そんな緊張がこの二人の間にある。
「エリ、その人は誰だい」
「太都のマボーディさん。太都は海の向こうにある都市だそうよ。そしてたぶんあなたにも関係のあった人」
どういうこと?
「おや、ワシのことを覚えておらんのか」
老人はあんまり驚いた様子を見せなかったけど、ボクのことは知っているようだ。
「リセットされたからね。だから前のことは覚えてない」
「そうか、おまいさんに憑依させたワシのマテリアルはどうなったのかの」
ボクはエリのほうを見ないようにした。だけど、どうもわざとらしすぎたらしい。マボーディ老人は彼女をじっと見た。
「先ほどからワシを警戒しているのはそういうわけか。なるほど、その二匹を連れているわけもわかったわ」
「あなたには同じことができるのでしょう? 」
エリはこの質問を初めてしたように見える。聞くのが怖かったんだろうな。エリの能力はボクにも脅威だし、こんなアンデッドだらけのところではほっておくと大変なことも予想できる。
この老人はボクの敵だ。少なくとも敵として戦った相手側の人間だ。相手側に人間がいるなんて思いもよりはしなかったけれど。
「侵食の力は
「あなたの言葉には嘘があると思う。バイフェから不純物だらけのマテリアルを受け入れた時、確かにあなたの声を聴いたわ。自我は感じられなかったけど、執着は感じられた」
「そりゃあまあ、命のかかった話だからな。ワシの体も大半作り物だ。修復するためには技術を供与してもらう必要があった」
やりとりを全部おいかけると長くなる。マボーディ老人の話をまとめるとこうらしい。爺さんはボクや仲間たちの義体技術を使って延命していた。だけど、とうとう限界がきたのでここで眠ってまち、ボクの都市のセントラルシステムに市民であるボクの身柄の返還と引き換えに技術供与を依頼した。使者は前のボク、爺さんの言葉では爺さんの護衛につけていた鹵獲ガーディアン。中にいてボクを支配していたのがマテリアル侵食によって入り込んだオリジナルの侵食ガーディアンのコピー。で、爺さんはメッセンジャーとして自分のマテリアルをボクに注入、もともと自我などないも同然の侵食ガーディアンを乗っ取ったのがエリの認識している爺さんの執着。
そのガーディアンもエリに食われて能力を奪われた。マテリアル操作に長けた彼女だからできたこと。
「申し出の受諾と約束を果たせてよかったと思うぞ」
爺さんはそう言った。
だけど、まだわからないことがある。
爺さんの言葉を全面的に信じたわけではないけど、ボクには確かめたいことがあった。
「あの退避勧告と、この穴はなに? 」
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