第13話 異変

 ボクはこの文字を知っている。なんなら少しなら読めもする。

 なぜなら、これはボクの戦うはずだった敵の文字だから。

 リセットされる前にも必要な知識として基本的なことは学んだ。最初の義体には翻訳装置もいれてあった。

 今の義体にも同様のものがあるらしく、問題なく読めてしまう。以前より高性能なものらしく、すらすらと。

 メッセージの内容は読めた。指定されたポートを開け、ボクがもっているはずのデータを送信しろと書いてある。こいつはボクがリセットされたことなど知らないから本当に当然のように。

 さあて、どうしよう。

 そう思った時。ボクの不愉快な同居人から指図が入った。左手の掌が勝手に開いて、そんなところにそんなものがはいってると思わなかったものが現れた。データクリップだ。視界にそのクリップと目の前の装置のコンソールわきのジャックが赤く強調される。

「させってこと? 」

 視界のどまんなかに「はい」を示す文字。ちっとは会話してほしいな。

 メモリクリップと義体になんのデータ的なリンクもないことはすぐに確認できた。これはなんだい、と同居人に聞いてみたがいつもの通りの無視だ。視界の赤い強調をつよくまたたかせて催促だけしてくる。

 ほんとむかつく。

 クリップをさすと、画面に謝辞が流れた。敵の言葉で感謝されるなんて考えてもみなかったこと。彼らは脅威であり、以前のボクのように何も知らない市民を守るために排除しなければならない相手だったはずだ。

 それなのに、セントラルシステム、エリが魔神と呼ぶあれはどういうものかわからないがデータの提供に同意した。この敵もどういうつもりかわからないが、のっとられた以前のボクを使いに立てた。

 いやちょっと待って。

「謝辞だって」

 敵が鹵獲兵器のボクに感謝ってある? 感謝を伝えるとすればデータを提供したセントラルシステム、ここにいるのはその分身のむかつく同居人くらいだ。

「説明はある? 」

 むかつく同居人に期待せず質問してみた。

 予想通り、何もなかった。

 ただ、画面には敵の言葉が流れてまる一日くらいの時間を待つようにと指示がでる。それについては「受諾セヨ」とそっけなく、そしてこれまでもっとも長文の応答が視界に割り込んできた。


 一日ここに滞在するという話をエリは好都合ととらえた。

「このあとどうするにしても、そろそろいろいろ足りないから」

 ついでにいろいろ調べたい。言葉にしないがそんな狙いもあった。

 都市核が失われているから都市全体の記録は参照できないが、部分的な記録でもエリというより彼女の両親にいわせれば「やりようがある」のである。

 市民認証が通らなくてもものが得られるのを利用して行糧となるものを補充し、交換したほうがいい持ち物は代替物を探した。ついでにいくつかの独立したサブシステムから記録を読み出し、これまた彼女の故郷とまったく同じ記録媒体にとってゆくゆくはじっくり分析してこの町に何がおきたか調べる準備をした。

 いっそ、しばらくここに住んでもいいとさえ彼女は思ったが、さすがにそれはバイフェにとめられた。

「ここからアンデッドがあふれて暴れまわったことを忘れちゃだめじゃないかな」

 あふれたということはどこかのサブシステムからガーディアンが生まれては死んでアンデッド化していたということだ。あふれる寸前までなったら、今は静観してるわずかな残りも何をするかわからない。

 かたっぱしから支配し、この死んだ都市の死の女王になってしまう、という選択肢を思い描いたが、さすがにエリはまだそこまでやるつもりはなかった。そもそも滞在の動機は好奇心である。それが満たされた時、連れて歩くにはあまりに問題のある大軍団を支配していたら面倒でしかない。

 それに、従順でも数がいても死者であるアンデッドより体こそ作り物でも生きているバイフェのほうが道連れにはいい。

 それほど広い範囲を探ったわけではないが、住民のものらしい矮賢族の古い人骨は生活のための物資補給ポイントに多数見られた。そのへんになると、粉々になった何かの残骸があってそしてそこに人骨が混ざっているのだ。どの人骨も古く枯れ切っていて容易に粉状に砕けるので、彼女は慎重に調べた。やはり涼陰津の住人と同じように見える。時代がたちすぎて、当時の状況はあまりはっきりわからないが、固まって死んでいるところにエリは既視感を覚えた。

 これは魔神の都市でアンデッドの氾濫を立てこもってやり過ごそうとした自分と同じことをしていたのではないか。

 この人たちは補給拠点の回りにバリケードでも築いて立てこもり、助けを待っていたのだ。では、何から助けてもらおうとしていたのだろう。

 そこまでは彼女にも空想するしかない。記録が残っていない。すべてを知ってる都市核ももうない。

 衣服の新品調達と、温浴ができたのはもっとも大きな収穫だった。衣服は注文、採寸すれば少し時間をおいてできあがる仕組みで、これは涼陰津でも同じ。その機能が生きているとはエリは思わなかった。確か四つくらいサブシステムが連携していないと機能しないからだ。そして、採寸してしあげるので長身族の彼女にも不自由はない。涼陰津にいたころも窮屈な思いはしなかった。

 そのころの服は都市居住者の目印でもあったため彼女は追い出されるときには粗末な長身族用の肌触りの悪い着衣にかえなければならなかった。着心地の悪さと、何も悪いことをしていないのにうける仕打ちに昏い気持ちになったものだ。

 だから、都市住民なら当たり前に教授できる温浴をしてぴったりの着心地のいい衣類に着替えると彼女は何かを取り戻したような気持ちになれた。

 デザインは涼陰津のものと少し違っていたが、エリの好みにはよりあっていた。つまりとても気に入ったのだ。欲張ってもう一着予備を作ったくらいである。

 その点でもいっそここに住み着きたいという気にもなる。都市核はなくても都市機能はまだかなり生きているのだ。

 だが、刻限はせまっている。一日の時間で何がおきるのか彼女は予想することもできないが、何か決定的な何かが起きると確信があった。


 まさか風呂を楽しめるとは思わなかった。

 ボクの最初の義体は戦闘特化もいいところで、感覚は反射を伴うべきではないという作りだったものだから、どうも感じ方の鈍さが気持ち悪かった。何もかもに分厚いカバーをかけられたような、そんなもどかしさがあったんだ。

 だから義体を洗う時も熱湯だろうと冷水だろうとあんまり気にならなかったし、ちょうどよい湯加減でも気持ちよさを感じることができなかった。

 水浴は腐食性の付着物や敵の注意をひく臭気をはらう洗浄とわりきっていて味気ないもの。それが十分勤めを果たして復帰するまでの我慢と思っていた。

 もしかしたら戦闘用の義体じゃないのだろうか。そう思ったが、腕の二十ミリ砲やマテリアル銃とのリンク接続マウントの存在はやはり戦闘用というしかない。

 感覚の強度が調整できて、集中すればびっくりするほど遠くの小さな音でも聞き取れたり、目をこらせば同じく遠く遠くの小さなものまで見える。たぶん逆もできるのだろう。痛覚を限界までおさえたり。弱点も増えたがやはり戦闘用として洗練されたのだと思う。

 それが始まった時、ボクはちょうど大きな浴槽の中で無防備かつ、人にはちょっと見せられない姿勢で存分にのびをしていた。

 そこにいきなりの警報音だ。びっくりしておぼれそうになってもしかたないだろう。

 いや、実際におぼれる心配はないのだけど。

 次にやってきたのが浴槽のお湯が半分こぼれるほどの激しい振動。そして隔壁閉鎖の警告のアナウンス。

 まずい。

 服着てる暇はなかった。いそいでひっつかむだけひっつかんでエリを探した。あちこちもう動きだしていてやばい。

 そんなところに隔壁があったんだ、と驚くようなところに壁が降りてくる。足元には避難経路をしめす誘導灯。それにしたがって、おりてくる隔壁の下を潜り抜け、点滅で強調されている退避部屋にかろうじて転がり込んだ。

 かびくさい部屋で、こんなところがあるのは知らなかった。もしかしたら、緊急事態の時だけ開くのかも知れない。

 一応カバーで保護された寝台と、エリが使っていたフードサーバーもある。そのほかトイレなどしばらく生活するのに困らない程度のものはあるようだ。

 結局、エリとは合流できなかった。隔壁が完全に降りてしまったので進んでいる事態が終息するまで身動きが取れない。

 さっきからひどい振動が続いている。何が起きてるのだろう。どうして不愉快な同居人は待てといったのか。さっさとこんなところ離れておけばよかった。

 風呂はとてもよかったのだけど。


 

 




 




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