第12話 死都市
目指すべき場所はボクの中にいる不愉快な同居人が知っていた。
ぽんとよこしてきた地図情報で距離もわかったし、途中何があるかはエリに聞けばある程度わかる。
あの町に補給によったのは、彼女の属した都市の把握している中で都合のいい場所にある町があそこくらいしかなかったせい。嫌なものをたっぷり見せられて心が折れそう。
人のアンデッドのマテリアルにエリが手を出さなかったのはボクにとっては幸運だった。絶対「あーんしろ」と言ってくるし、初期化されていても人間のを直接もらうのはさすがにちょっと。
ただ、人間のマテリアルは量があるそうで、いつか背に腹を変えられず彼女が手を出す日がくるんじゃないかいう気もする。さらに支配下に置く可能性もある。そうなれば本当に魔女というより魔王という感じになるんじゃないだろうか。
今のところ、それは杞憂のようなのが救い。エリの感覚はずいぶんまともだ。そう、キスに関する解釈を除いて。ボクだけ一方的にもやもやしている。
集落ではボクの背負う大きなバックパックの中身と、腰につけた鉈。鉈を選んだのは森の中を漕いでいくのに、薙ぎ払うものがほしかったのと、頑丈だったから。重さはボクの力なら気にならない。武器として使うと、かなり威力が出るのもうれしい。利き手に鉈、反対の手に金槌をもって猿型のアンデッドと戦った時はエリに引かれてしまった。えぐい、と言われたのも仕方ない。猿の鼻を金槌で叩いてつぶし、ひるむところに鉈で力まかせに胴割りにした結果、返り血がすごいことになってしまった。
今でもしみになっているので今度はもう少し優雅に戦えるようにしよう。
遭遇は皆無ではないものの、だんだん減っていった。たまにあったのもどうしていいかわからずうろうろしてるだけのやつで、目的地が近づくにつれ旅は平穏なものになっていった。体を洗う機会はあんまりないので、エリが体臭を気にするようになってきたけど。
一度、それなりに水のたまった小さな流れを見つけたので、交互に見張りながら体を洗った。水浴してるときにはさすがに武器は手元にないし、なんといっても無防備だ。着替えなどは持ってくる余裕がないので彼女は思い切って一張羅まであらってしまった。結局、焚火の前に全裸の女二人というこれ以上ないくらい無防備な姿をさらすことになるとはね。
そして、ボクの体を興味駸々で調べるのは勘弁してほしい。
「皮膚の固さがちょっと不自然だけど、ほとんど人間の体じゃない」
ボクの抗議を無視して彼女はボクのいろんなとこをスケッチしてくれた。変なところを触った時はさすがに怒った。
最初の義体はもっとかくかくしてたはずなので、エリの観察結果には驚かされた。そこまで生身に寄せて何のメリットがあったのだろう。ボクのこの体は戦うためのもものだ。腕には小口径だが砲もはいっているんだ。
「魔神に聞ければよかったね」
頭のコブをかばいながらエリは笑った。くじけないやつだ。
ボクの寡黙で不愉快な同居人なら何か知ってるかもしれないが、教えてくれる気配はなかった。やつがやったのは目的の死都市とそこまでのおおまかな地図教えてくれただけ。指図だけされているようで大変気に食わない。
服がかわいたあたりでエリの腹がなった。ボクにそういうことはないがものは食べられる。食べたくもなる。有機組織も備えているので栄養素の補充が必要になると空腹中枢が刺激される仕掛けになっているらしい。
アンデッドが減って獣がもどってきていた。ボクはマテリアル銃で鹿を一頭しとめ、エリは安全確認のできた範囲で食べられるキノコや野草、実の類をあつめた。鹿をさばくのはエリができた。彼女は都会育ちのお嬢様だと思っていたが、半自動の農園しか知らないボクよりよほどたくましく暮らせるようだ。
鹿の食べない部分は蜘蛛と猿ががつがつきれいに平らげてくれた。少しこいつらが可愛く思えてきたから、慣れってこわい。
しばらくはそんな感じで二人で旅をつづけたんだ。途中には深い霧のたちこめる谷、いつのものか森に呑み込まれた村の竈や家の土台の痕跡、首のない巨大な座像、何があったのかさびた金属の山、それにまだ開口してない都市と思われる盛り上がりもあってみるものにことかくことはなかった。
楽しかった。
だが、どんなものにも終わりはくる。ボクたちは目的地に到着した。
びっくりするほど静かな死都市の入口は土砂に半ば埋もれていた。
おそらく山津波。背後の山の斜面はぐずぐずで、雑草に覆われているが、生えてる木々はまばらでひょろひょろしている。たぶん十年も育ってないと思う。
その斜面を掘った不安な感じの入口がぽっかり口をあけている。そこからたくさんの何かが出ていった痕跡はあるが、今はは何もいない。
「ここで間違いない? 」
さすがに少し怯んでボクは不愉快な同居人に質問した。地図データが表示され、現在地を赤い点で強調された。まちがってないといういことらしい。ほんとうに腹の立つ同居人だ。
中は薄暗く、灯りはついていないが非常灯はぽつんぽつんとついていて、これくらいの光量があればボクは余裕で視界を確保できる。
「エリは見える? 」
「大丈夫、夜目が使えるから」
「じゃあ、行こうか」
薄気味悪いが、だいたいの場所はもうわかっている。あとは道筋を間違えなければいい。迷路状になってたらどうしよう。
エリとバイフェは用心しながらうすっくらい都市の中を歩いていく。猿が少し先導し、蜘蛛が後ろをかためていた。蜘蛛は警戒のために糸を尻から流している。これにふれるものがあれば反応するのだ。
死都市は都市核を失い、もはや成長をしない都市だが、全部の機能が停止しているわけではなかった。たとえば非常灯がついているところは換気も動いていた。たまにある真っ暗なところでは空気が淀み、いろいろな臭気がこもっている。ひどい場所では明らかに危険そうな色の霧がたなびき、換気のきいているエリアまでうっすら広がっていた。その中に二つ、三つ、死んでは蘇生を繰り返す横たわったままのアンデッドの体があったりして、迂回せざるを得ないこともままあった。
そうやってさまよいぎみに目的地を目指しているうちにエリはこの死んだ都市が彼女の故郷の涼陰津の都と同じ構造をしていることに気付いた。そうなると迂回路も見当がつきやすくなる。
幸い、ほとんどのアンデッドが外に出てしまったらしく、健在なものに遭遇することは滅多になかった。いても、外のものとはちがっていきなり襲い掛かってこなかった。むしろ彼女らを見かけると距離を取り、道をゆずっているようにさえ見える。
「どういうこと? 気味わるいんだけど」
エリには根拠のない直感しかなかった。
「たぶん、迎え入れられてる。悪く言うと誘い込まれてる」
アンデッドの支配者であり、彼らをさしむけた何者かの意向だろうとエリは言う。
それ以上はバイフェも質問しなかった。意図は不明だが、妨害されていないならかえって都合はよいと彼女は考えていた。
緊張を絶やさず歩みを進めるその足が乾いた音のする何かを踏み砕いた。
朽ちた人骨だ。体格は矮賢族くらい小さい。遠い昔の住人か、それとも略奪者のなれのはてかわからないが、かじられた痕跡はしっかり残っていた。歯型は猿のものに見える。
この都市に何があって無人になったのか、エリには察する材料がなかった。記録は都市核にあるはずだが、それは既に奪われ、どこかの都市の都市核を強化することに使われている。その都市の都市核にあたればわかるのだろうが、今のところそれがどこかは何の手がかりもなかった。
ただ、何から何まで彼女の故郷そっくりなのはひどく気になった。まるで自分の故郷が滅びてしまったような、そんな錯覚がエリを不安にさせる。食料飲料のベンダーの配置まで同じで、都市核を失っているせいか受給資格と代価引き落としはエラーとなるがエリの見慣れた食べ物と飲み物は供給された。
「そんなに似てるのかい。ボクのところとはだいぶ違うけど」
魔神の都市とはいろいろ違う。バイフェには不思議でならなかった。
「たぶん、うちの涼陰津と兄弟の都市だと思う」
エリは都市核から先祖が聞き出したという起源神話を両親から聞いていた。もちろん学者一家である。その背景などの両親の考察つきだ。
「都市は、成熟したら子供の都市核をいくつも生み出して蒔くそうよ。その時の兄弟都市ならそっくりになってる。涼陰津の兄弟都市は水中都市と遠い大陸にある都市が確認されているけど、こんな近くにもあったんだね」
そんな話はバイフェは聞いたことがなかった。
「その親となる都市はどこにあるんだい? 」
「それはわからないよ。少なくとも、涼陰津の学会は発見してない。案外、バイフェの故郷のあの魔神の都市じゃないかな」
それはない。バイフェはそう思ったが理由は言わなかった。
何度か、危険な場所を迂回し、ベンダーで補給し、彼女たちはどんどん深部へと入っていった。都市内部で、トイレの機能が生きているのがこれまでの旅で一番助かったといえよう。バイフェの義体は生身とは違うが、廃棄物は発生するのでその排出はあまり見られたいものではなかったし、エリは生身な分、これまで不便も多かった。
それでもエリは警戒を怠ってはいない。蜘蛛に命じて検知用の糸をはりながら進み、距離をおいてでもつけてくるものがあればわかるようにしていた。一度彼女たちを見送った戦闘用のアンデッドたちがついていきていればわかるようにと思ったからだ。あるいは彼女の故郷のガーディアンである小鬼大鬼同様、壁の中に格納されたのが一斉に出てくるかも知れない。ただし、一か所から一斉に出る数はそう多くはなく、数を集めようとすればあちこちから通路を使って集まってくるしかない。そういう意味では、今のところ安全だとエリは判断していた。
都市の構造は中央にらせん状についた階段、リフトがあり、ここを降りていくと層状に都市区画が広がっている。都市区画はさらに分厚い壁で地中とへだてられ、この分厚い壁の中にある都市の仕組みからきれいな水や空気が供給され、また、水やゴミを取り込んで還元する。そのため、壁際は農園区域になってるのが普通だ。その大きさは下に行くほど小さくなり、最も下には核があるだけの広いが小さい区画しかない。
目的の階層まで、中央のリフトまたは階段を降りていけばいいだけに見えるのだが、中央のブロックもいくつもの階層で機能停止、破損で物理的に通れなかったり有毒ガスで死の空間になっていたりしているので、そういう場合には都市区画に入って、縁のほうにある一つ下、または上と連絡する通用階段を使う必要がある。そうしてまた中央に戻って階段を使ったり、もう一つ下に通じる別の通用階段まで移動しないといけない。その途中にもいくつも迂回の必要な個所ができている。
リフトは破損個所がいくつもあるせいで一切動いていなかった。動いていても都市核がないいま、市民認証のできない彼らのために動いてくれたかどうかはわからない。
目的地は都市核を奪われ、がらんどうになっているはずの最下層ではなく、少しだけ上の辺縁にあった。
位置関係がまったく同じという前提なら、そこにあるのは浄水システムや下水処理システム、熱変換システムなどのどれかであるとエリは記憶していた。どれかまではさすがに覚えていない。あと一つ可能性があるとすれば、三つある都市核のバックアップシステムの一つだが、それは都市核の代行をするものでないので機能していないはずだった。
少なくとも、エリはそう聞いていた。他のシステムは都市核の制御がなくても動くが、バックアップは都市核とつながっていないと機能しない。理由は彼女の両親も知らなかった。
だが、そこにあったものは全然違った。
似たものを見たことがあるとすると、地上にあった古木だろう。エリが感銘を受けたその古木は太い三本の幹がからまりあい、ねじくれ、いつしか融合して一本の巨大な幹のようになったものだった。そんなものがどうやって育ったのか知りようがないが、三本は上で別れて枝を広げ、巨大な笠となって空を覆っていた。
真ん前にあるのは、その幹だけを切り取ったようなもの。さらに上の階層に突き抜けているように見えるが、もしそうなら三階層くらいぶちぬいていそうなものが目的地だった。
システムらしいものといえば、壁際にあるキーボードつきのモニターくらい。エリはなんとなくそのスイッチを一つ触れた。
ぽーんと電子音のチャイムが鳴り、モニターに灯がともった。エリには意味不明の文字の羅列が続く。魔神語でもないし、涼陰津の言葉でもない。意味のわかる単語が一つもなく、ただただ多数の文字が流れていくだけである。
「なにこれ」
「敵の言葉よ」
暗い声でバイフェが答えた。
「こんなところで見るとはおもわなかった」
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