第11話 廃村
エリのしもべは合計二体になった。
蜘蛛と猿だ。猿は魔神の都を出てあまりしないところで襲ってきたのを蜘蛛にからめとってもらって侵食し、配下においた。
蜘蛛は糸が便利なのと、生ごみも食べてくれるので手近におき、猿は頭に門柱につけていたような監視デバイスをエリのマテリアルで作ってくっつけて斥候をしてもらっている。
それ以上に増やす機会はままあったが、あまり数を増やすと余計な戦いが増えるというバイフェの意見をもっともだと思ったエリがそれ以上は増やすことをしなかった。サイなど図体が大きく力も強いので、ものを運ばせるのは便利だが隠れることもできないから回避できる争いを回避できなくなる恐れがあった。
バイフェの気持ちとしてはもちろん、この世に魔王のようなものを解き放ちたくないというのがある。今のところ、名前もわからない死都市のアンデッド化したガーディアンをのっとっているが、なんでも殺して浄化させずアンデッド化するのさえ待てば彼女はいくらでも配下を増やせる。おぞましいのは人間でもそれはできるということだ。バイフェにはエリがそのことに気付いているかどうかはわからない。教えてしまうことになるのをおそれて聞けなかったのだ。そしてもちろんエリは気づいていたが、やってしまうと後戻りできないとさすがにわかっていた。
彼らが最初に訪問したのは、もよりの
全滅していることは猿の偵察でわかっていたので、エリはしもべを隠すこともなく、バイフェはマテリアル銃を構えたまま、破壊されて横倒しになった背丈を軽く超える門扉を用心しながらくぐった。
「うええ」
この集落を滅ぼしたアンデッドはもういなかったが、殺された住人がアンデッド化し、わずかに残った衝動や欲求にしたがって思い思いにうごめいていた。再生の過程で衣服はほとんど脱落してほぼ裸。従ってる欲求ももろもろで、何をやってるのか理解した二人がぎょっとするような眺めもいくつもあった。
それでもいろいろ不足しているものを補充しないといけない。特に食糧だ。食欲だけとどめたアンデッドの子供がもう骨だけになった肉料理の残骸をかみ続けている。店頭にあるようなものはあまり期待できなかった。よしんばのこっていたとしても、元がなんだったかもわからないヘドロ状の汚物がべっとりとびちっていたり、そのまま干からびている中に放置されているものが大丈夫とは思えない。
男アンデッドの少なくない数が性欲にはしってそこかしこで女アンデッドを襲っている。襲われているほうはあまり気にせずそれぞれの執着するもの、宝飾品かなにかにむかってじたばたしているだけ。中には男アンデッドを襲っているのまでいて、目をそむけたくなるような眺めになっていた。実際、二人は背中をむけてここを立ち去りたいと感じている。
近づけば彼女らを襲おうとするアンデッドも出てくるので、蜘蛛にそういうのは糸でからみとってもらった。アンデッドは興味の対象にはまっすぐよろめきがちにやってくるので簡単だった。襲ってくる中に女や子供もいたのはバイフェには名状しがたい恐怖を感じさせた。エリはこういうところで何か覚えがあるらしく、ため息をついて糸がまにあわない相手は遠慮なくカナテコて頭蓋を砕いていた。
「エリ、もしかして知ってる人? 」
バイフェの直感はあたっていた。
「ええ、ろくでもない思い出しかないろくでもない人たちだったけどね」
「私怨か」
「もう死んだ人にぶつけても仕方ないけど顔みると思い出すのよ」
それで頭か、とバイフェは苦笑を禁じえなかった。
「侵食したりしないの? 」
「いやあ、それはさすがにちょっとあれじゃない? 後味とか気持ちとか」
浄化に時間がかかることは二人とも認識していたので、口にものぼせなかった。エリがまともな感覚でバイフェはほっとした。
彼女は気付かなかったが、エリはちょっとした実験もしていた。ガスマスクマッチョに投げ込んだものを見直した侵食ウィルスを浄化のかわりに使えないかと糸でとらえたものと、頭蓋を砕いてもう一回殺したアンデッド住人に与えてみたのだ。
目的は厳重に封印された倉庫で達成することができた。大きく頑丈な錠前がおりていたけれど、近くにあった敗れた衣服のベルトから鍵が発見できたので開けるのに苦労はなかった。ベルトの主はで矮賢族でおそらく商人をやっていたのだろう、せっせと小銭をあつめて数えながら元にある底の抜けた壺にためこんでいた。こぼれた小銭を知らずに拾うので、数はかなりの桁数になり、意思のないその顔には満足の笑みが浮かんでいた。
「この人も知ってる人? 」
「そうね。長身族の癖に研究員やってる私が気に食わないってつまらないちょっかいよくかけてきたわ」
エリは殴るかわりにその死者にむかってあかんべえをした。
「殴らないんだ」
「襲ってこないし、生前に嫌味をいわれただけだしね。それに彼の財産をいただいてしまうのにそこまでやるのはちょっと」
保存食、応急手当用のもろもろ、道具いくつか、エリはバックパックを一つもらってそれらを詰め込んだ。かなりの重量になったので力のあるバイフェが背負う。
出発前に、実験の結果を確かめたエリは一件だけしか成果を確認できなかった。頭蓋を砕いてもう一度殺したアンデッドで、死体がぐずぐずになって溶けて骨だけになっていた。そのマテリアルは周辺の小さな生き物に食われて消化されていくだろうと彼女は後で清書しようと心の中に記録する。他のアンデッドはある程度まで崩壊させていたが、再生のほうが優勢になっているように見えた。
たぶん、元気に生きている相手には全く通用しない。エリは推論した。ただし、ひどく痛いはずだ。できたら実験してみたいと彼女はバイフェが知ったらぞっとするようなことを考えていた。
蜘蛛と猿が殺したほうのアンデッドの死体を食べたそうにしている。エリはそれは許さなかった。かわりに、空になった飼い葉おけに首をつっこんでいるやせほそった駄獣のアンデッドを指さした。
「あれなら食べていい」
この廃墟の集落に涼陰津のものたちが戻ってきたのは、エリたちが去った一か月くらい後だった。
エリが撲殺したアンデッドはほぼ回復したものからマテリアルを失いすぎてまだ被膜の中にあるもの、アンデッド仲間に襲われて再び死んでやりなおしをはじめているものなどさまざまだったが、蜘蛛にからめとられた者はほとんどが抜け出せず、まだもぞもぞしていた。中には飢えと渇きで一度死んでそのまま再生にはいっているものもある。
再来した一行はこの町の縁者で、長身族をあつめた小さな軍隊を作ってきていた。まだ魔獣がいるかもしれないし、片づけないといけないアンデッドだらけになっていることわかっていたから。
彼らの目的は町とその財産の回収。町は状態によっては放棄するがそのときには価値のあるもので持ち出せるものを持ち出す予定だった。
蜘蛛に不自然にからめとられたアンデッド、開けられて中を物色された倉庫の存在、彼らは不審に思ったが、究明するつもりはなかった。そんな余裕はない。
邪魔なアンデッドたちは棒や盾でおしやられ、町のすぐ外に作った囲いにおいこまれた。動けないものは投げ込まれ、もういなくなったと確かめられたところで、廃材に炎をつけたものをどんどん投げ込まれて焼き殺された。丸焼けになればマテリアルが激減し、再生は不可能となる。これまで死者が多すぎて、集落の葬送は術者の必要な浄化より手軽な火葬で片づけるようになっていた。
それから彼らは町の再建と、利権の配分について長い話し合いを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます