第20話 塔の町①
エリの聞きこんできた「有益な話」はマボーディ老人の覚えている目的地までのランドマークについてだった。
その一つに塔の町というのがある。いつ、誰が何のために建てたのかわからない堅牢な塔のある町。
「徒歩で四日の集落一つ経由してそこから六日、それくらいのところにそんな町がある]
取次をしてくれた商家の手代はそう教えてくれた。矮賢族ではなく、長身族である。都市出身者ではないだろう。エリについても同じと感じていて、預かった手紙は都市のだれかに報告を行う密書と解釈していた。つまり、エリを密偵の類と踏んでいたのだ。
だから、都市のお偉方の覚えを悪くすることは避けたいと思っていて、それゆえに親切にもなっている。
「情報源はうちって、次回に報告してくれると嬉しいな」
「わかった。そこの町でそう書いてだすよ」
エリは学者バカではあるが世間知らずというわけではない。その程度のことは言う世故は心得ていた。
「あなたの商店の支店かなにかあるかしら」
ない、というのが答えだった。
「あそこはいつからあるのか古い集落でね。王を名乗る長身族が支配しているから、涼陰津は嫌われているよ。それでもうちと付き合ってくれるようなやつはいるが、あんまり素性がいいとはいえない。中は見られる覚悟であずけてくれ」
長身族の首長がいるということに彼女は驚いた。王というのも耳慣れない概念だった。一人の人間が絶対権限をふるう。それは恐ろしいもののように彼女のようには思えた。
「責任重大すぎない? 」
そのほうがうまくいくというのが塔の町の住人の考えらしい。あんまり行きたくはないと彼女は思った。
手代は潜入に近い形でそこに行ったことがあるというので、エリは塔の特徴も聞き出して確かめながらポンチ絵にしておいた。
おそらく、間違いないというのがマボーディ老人の判定だった。それで目的地は決まった。途中の町で通貨の両替ができるという。塔の町では貨幣というものが使われていると聞いたエリは、都市につながっていないなら現物交換に近い形になるよねと自分なりに納得をする。
一行のもとに戻ったエリがマボーディ老人にポンチ絵を見せて確認するとおそらく間違いないということで目的地は決まった。
中継点になる町までは荷駄隊が便乗させてくれるというが、彼らは利用するつもりはなかった。というかできなかった。エリの二つのしもべは今は町から離れた場所で自給の狩りをさせているが、移動となると別々は不都合が多い。
それに、とエリは思う。
「人間は信用できないが、あの子たちは裏切ることができない」
バイフェからすれば魔女的発想だが、いくぶん人間不信ぎみの彼女はそうは思っていなかった。
エリにとってではマボーディ老人とバイフェは人間でないかというと、そもそも彼女はマボーディ老人をウマはあうが信用できる人物とみていないし、バイフェは研究材料と勝手な納得をして要するに二人とも要監視対象としていた。それがこれ以上増えるのは手に負えなくなる可能性が高い。
バイフェもマボーディ老人も同意した。ただし駄獣を二頭必要であると条件をつけた。次の町で換金できそうなもの、現地調達できないものを背中に満載して身動き取れないのは危険だというのだ。二頭を主張したのはマボーディ老人だった。いわく、予備がないとつむことがある、ということ。
旅慣れた老人の言葉に従うことにして、彼女たちはもらった涼陰津の手形を全部ここで使い切ることにした。
長身族の国で使えるわけはなく、この先もおそらくそうなので、換金可能なものにかえることにしたのだ。その中に購入する駄獣も含まれる。
「爺さん一人と女二人じゃ不安だ。ついでがあるからついていってやってもいいぞ」
そんな申し出をする男たちが何人かいた。これを断るのにエリの切り札の蜘蛛と猿を見せるわけにはいかないのでバイフェがいちいち腕っぷしを見せなければならないのが面倒なくらいで、未開地に旅慣れた彼らはさしたる苦労もなく、中継の町までついた。
「面倒だから、誰かつれていってもいいんじゃないかな 」
バイフェの腕比べの時はあくびをしながら、それでも男たちのだましうちを警戒していた老人がぼそりとそんなことを言ったことがある。
「うちの子たち、見せられる相手いるかな」
体重と力の差で抑え込んで勝ち誇ろうとしていた男たちが逆にそれを思い知らされ、ひどく傷ついた顔になっていくのを眺めながらエリも顎肘で疑問を口にした。
彼女も彼女なりに警戒を行っていた。マテリアルを糸状態にして警戒すべき場所に張ってあり、不自然に接近するものがあればわかるようにしてあった。ここまでならマテリアル操作にたけた者なら珍しくない技術だが、彼女はさらに侵食を応用して侵入者に苦痛を与えるとともに情報を持ち帰る仕掛けをほどこしていた。すなわち、生物なら相手のマテリアルを少量奪ってこれを分析するようにしたのだ。詳細まではすぐにわからないが、敵意の有無くらいはすぐにわかる。警戒としてはまずそれで充分であった。
「アンデッドにしてしまえば支配できるじゃろ? 好みの男の死体があれば、ああゆう生きた男の面倒さなしでいいとこどりできんかのう」
屈辱にまみれた顔で、逆恨みの目をこちらに向けながら去っていく最初の挑戦者に老人はため息をついた。
「つっかかってきて恨まれていてはかなわん」
「あんたやっぱり邪悪だね」
(この三人のうちで善人といえるのはバイフェだけだ)
苦々しい笑いをエリは浮かべた。言葉と裏腹に悪くない考えかもしれない、と思ってしまった自分に向けた苦笑だった。
ただ、しもべはただ奉仕してくれるだけというわけにはいかない。蜘蛛も猿も世話はかからないほうだが、見てやらなければならない面倒は少しはある。人間は人間でやはり面倒がありそうだ。
(判断力のあるしもべがほしいな)
今そこで大の男の体を小手返しでくるっと回転させているバイフェが聞いたら目をむきそうなことをエリは思った。
アンデッドになる過程でそのへんはだいたい部分的か全面的に破損してしまう。痛しかゆしだな、と彼女はため息をついた。
中継の集落は太都の末裔の大勢いたあの集落よりやや小規模で、比率は減じたがやはり太都の末裔も住んでいるところだった。
涼陰津の商人はここに倉庫一軒を保有し、三人ほどの従業員を置いているだけでここが彼らの商圏の最果てであるというのは本当のようであった。簡単な紹介状を得ていたエリたちは彼らに仲介してもらって宿を借り、目的地への準備を始める。宿といっても、郊外にある厩舎つきの空き家で駄獣もおいておけるし納屋もあるのでエリのしもべ二体をこっそりおいておくことができた。
その猿と蜘蛛に集めてもらっていた「売れる」採取物を広げて整理し、目的地で売れそうなもの、そうでもないので安くてもここで売ってしまったほうがいいものに仕分け、仲介手数料を払って処分していく。
この集落も少し変わっていて、金として流通しているものが三種類。
まず市井でがは使われていない高額貨幣の位置づけにある涼陰津の手形類、エリたちも世話になっている商店の商品引換券、そして目的地の集落で出回っている硬貨。
信用でいえば手形、商品券、硬貨の順になる。手形は精巧すぎて偽造が不可能なうえに、使われるのも大口の取引に限られるため支払うほうも受け取るほうも慎重に確認するのでよほど大胆で資金力のあるものにしか偽造はできない。商品券は偽造はできるが通し番号と最初の発給先の名前が帳簿管理されているため照合の手間を惜しまなければ偽造はだいたい見抜かれてしまう。手間の分、露見しにくくなっている。そして硬貨は発行元から離れた場所なので確認の手段があまりない。重量、固さ、刻印を綿密に見れば判定は可能だが、明らかにわかるよほど粗悪なものでなければ誰も気にせず使っていた。そのせいで額面評価は一番低いが、その小回りのよさが日常生活での通貨として便利使いされている。
贋金作りがあんまりもうからない仕事と聞いてバイフェはなんでやってんだとため息をつき、エリとマボーディ老人はそれでもその仕事が発生している事情について考察をかわした。
女と老人の一行なので、トラブルは二回ほど起きた。
一つは強盗に押し込まれたこと。犯人はこの集落の塀の中への出入りを禁止された不行跡の流れ者の集団で、日ごろは密猟品を買いたたかれながらおろしている連中だった。五人やってきて、逃げおおせたのは一人。残り四人はバイフェに取り押さえられたり、エリのマテリアルトラップに引っ掛かり、敵意の存在を検知された結果、一時侵食で力が入らずひどい苦痛にのたうちまわっている羽目に落とし込まれた。縄を打って拘束するのは簡単だった。
あと一回はいつもの「親切」な男たちの申し出。これもいつも通りの丁重な対応ですんだ。
商店のものたちは商品の仲介だけでなく、犯人の当局への引き渡しなど親切に対応してくれた。
「ちょっと変だ」
疑問の声がエリ以外の二人から出た。確かに彼らの上司にたっぷりお礼を払ってあるが、だからといってそんなに恩恵を受けると思えない彼らが親身すぎる。
最初からそうだったわけではなく、最初の二、三日が過ぎてから急に親身になりだしたのだから不自然だ。
監視されている。考えすぎかもしれないが、彼らはそう考えることにした。
強盗ももしや、と思ったが流れ者集団とつながりがないのはすぐにわかった。
後で集落の治安担当が自白に基づき彼らの拠点に踏み込んだのだが、そこで見つけたのは何もかも蹴散らされてちらばり、人がおらずがらんとなった拠点。大急ぎで逃げたのかと思えば乾いてどす黒くなっている血の飛び散った跡や、へばりついた体毛つきの組織片など、何かに襲われた跡があった。
そんなことになっていると商店員たちはそれまで知りもしなかったのだ。
「エリ」
バイフェの追及にエリはあっさり白状した。
逃げた一人を猿に追跡させ、人数など確認してから一人も逃がさないように襲撃させたと。なぜそこまで冷徹かつ残酷にことをできたのかわからないとも。
襲撃犯の敵意に影響を受けたのではないと彼女は考察した。
「トラップはもう一考したほうがいいね」
そうね、としかバイフェには言えなかった。
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