第21話 塔の町②
塔の町の言葉は少しなまっているけど、エリたちと同じだった。ボクのいた町とも、爺さんの町とも違う当たり前に地元の人間の町だ。
門番は自分のマテリアルをまとわせた槍を構えてボクたちの入門を拒否した。
「町の者、町の者に招聘されたもののみが入れる。お引き取り願おうか」
中にはいることはできなかったが、そのせいか門前に雑然とした町ができていて、いきなり途方にくれることは避けられたけど。
この門前町の住人は当然だが、よそ者だ。目的は集落との交易もあるが、聞くところでは近郊に「魔獣」と呼ばれる危険な生き物が時折迷い込んでくるのに対処する傭兵とその兵站拠点でもあるらしい。そうでなければ、この閉鎖的な集落がこの門前町の存在を許すわけがない。門前町といっても、普通の集落くらいの大きさはあって滞在に不便はない。塔の町そのものはそれより大きいのだから、かなり立派なものだ。その人口をささえるため、門前町を含めて広く農地がかこっている。
当面の滞在と情報収集ならここでも十分できそうなのだが、市内には入れなかったことを好奇心おばけのエリと爺さんがしつこいくらい残念がる。
彼女らが関心を寄せているのはこの集落のシンボルというべき塔だ。とても古いもので爺さんが眠る前、エリの涼陰津が口を開くより前からあったというのだから相当古い。
不思議な建物だった。似たものを探すとすれば深海のサンゴだろう。本物を見たことはないが、遠い昔の記録ライブラリでみたことがある。ごつごつした樹状のそれに似て、塔はまっすぐにはたたず木のように身をひねり、白にほんのり赤のさしたこぶだらけの枝をのばしていた。窓があちこちに見えていなければ建物だなんて誰も思わないだろう。
「おそらくあれは成長する建物だ」
鼻息のあらい爺さん。
「都市外殻に似てるけどどこか違うよね」
成長する構造物としては成長のしかたが違うがおそらく同じものだと仮説を立てるエリ。
二人とも間近であれを見たいと悶々としてるのが気持ち悪い。
ボクも塔と聞いて、土台の形が丸か四角かの違いがあるくらいで錐みたいなものだと思ってたのでびっくりはしていたし、どちらかというと不気味さに腰が引けていたのだけど。
門前町できいてみると、あの塔に入れるのは塔の町の王族で、それ以外はいかに身分が高かろうとはいれない。はいれば王家の守護獣に殺されるそうだ。
「それって都市ガーディアン」
「違う違う。金属製の化け物だし、だいいち塔は都市じゃない。王家の先祖の魔法使いの遺産って噂だよ」
教えてくれた酒場の常連は涼陰津とかのガーディアンしかしらないようだけど、金属製ならいわゆる魔神の都、ボクのいた都市のものと同類だ。
一方、近隣に迷い込んで人に危害を加えたり、畑を荒らしたりする「魔獣」もまたガーディアンじゃない。最初はどこかの死都市からアンデッドがあふれたのかと思ったけど、決定的に違うのは都市で生み出されるほかに数が増えないガーディアンと異なり、繁殖を確認されているという。迷い込んだ魔獣に子連れがいたそうだ。
それならちょっと見慣れない野獣でしかないのだけど、彼らは人間とみると狂ったように襲ってくるそうだ。先ほどまで捕食しあっていた魔獣が人間に遭遇すると争いをやめてそろって襲ってくることなど珍しくもなく、魔獣対策は危険な仕事でもあった。
そんな危険な連中が町に一斉におしよせてこないか心配になるが、彼らは決まった範囲から外には出たがらないらしい。
そのへんは、かつての敵、太都のガーディアンに似ている。あれは防衛用と侵攻用にわかれていて、防衛用はこのように決められた範囲にいて味方でなければ無差別攻撃を行っていた。少なくとも、ボクはそうレクチャーされた。防衛型が繁殖したかどうかは爺さんに聞いてみよう。
迷い込んだ魔獣の討伐依頼は依頼は夜明けの開門と同時に門前町の広場の掲示板に張り出される。その前に座った塔の町の役人が依頼を受けたものを記録し、記録にない者は町からの所定の報酬を受け取ることができない。
「ただし、町にやってきたばかりの流れ者がいきなり応募するのはやめといたほうがいい」
おごった酒で上機嫌な自称ベテランハンターは酒臭い息をはいて三人をねめまわした。
「なんでかわかるか? 」
「さあ、もしかして利権でも発生してるのかな 」
「正解だよ」
ベテランハンターは我が意を得たりと得意げに笑った。
「魔獣駆除は危険な仕事だ。頼れるリーダーの元に集まった組織が大きいので二つ、わいたり消えたりの小さいのが三つ四つ。平和なときならこいつらの間でせりをやって、それで決まった配分でそれぞれの引き受け係が引き受けと代金受け取りを行うんだ。んなところに割り込んでみな」
わかるだろう、とベテランハンターは肩をすくめ、そして声をひそめた。
「ただし、組織のほうも人手不足になることがあるのでな。臨時雇いを雇い入れることがある。流れてきたやつはまずそこからはじめて、最後にはなじめた組織に加盟させてもらうことだ」
三人にそのつもりはないが、小銭はそろそろ稼いでおきたいところだ。
ただ、残念なことに女性と老人は雇ってはくれないらしい。戦力にならないからだ。
エリはしもべ二体がいないと侵食というあまり穏当ではない能力しかないし、マボーディ老人は義体なので見かけより体力はあるもののバイフェのように戦闘向けの義体ではない。総合して戦力にならないのは確かだった。
「ま、そういうわけで悪いね。俺も窓口なんだがそっちの仕事はまわせねえ。まわせて囮役なんだが、こいつは囚人の償いにやらせるくらい死ぬのが普通のおすすめできない仕事だ」
おごりの酒の三本目をのみほしてベテランハンターはそう言い放った。
少々がっかりの結果だが、好奇心おばけの二人はさらに彼からいくつかの情報を引き出した。
魔獣の縄張りの範囲、縄張りに踏み込むことの危険度、そして魔獣の種類と行動パターンだ。
あまりのしつこさに酔いがさめたと愚痴るベテランハンターに四本目をおごって彼らは場所を移した。
魔獣の縄張りは塔の町を西に一日ほどあるいたあたりから始まっている。そのせいで塔の町の畑は東側に大きく広がっているしこの門前町も東門の前で繁栄している。
魔獣の縄張りはそこから広がっているわけではなく、かなり広いがほぼ円形に収まっていて、大きく南北どちらかに迂回すればさらに西にいくことが可能で、そこまでいけばまた別の王の納める大集落、そしていくつかの都市があるという情報を彼らは得ていた。
魔獣対処の仕事は西の向こう側の集落にもあって、ベテランハンターはもともとはそちらで活動していたらしい。どうしてこっちに来たかは彼なりの事情があるようだが三人の誰も詮索はしなかった。
その西の町は「穴の町」と呼ばれているという。それがマボーディ老人にとっては大きな収穫だった。目的地へのランドマークの一つだったからだ。
「穴の町」は名前の通り、巨大な深い穴が地面に穿たれ、その内壁に人の住み着いたものだ。
「目的地は、穴の町と塔の町の中間にある」
つまり、魔獣の生息地のど真ん中が目的地ということになる。
「なら、防御型ガーディアンかな。爺さんだけは攻撃されないかも」
バイフェの推論に老人はかぶりを振った。
「バイフェさんや、あんたが知ってるのと同じやつかね? わしは知らんぞ」
バイフェはもちろん知らなかった。彼女の知ってる敵は機械と生物のハイブリッドで、もちろん繁殖などしない。魔神都市にせめこんできたガスマスクマッチョは彼女の知らないタイプだったが、敵、つまり太都の侵攻ガーディアンの特徴はもっている。もちろん繁殖などしない。
「防御型ガーディアンも似たり寄ったりじゃぞ」
魔獣のように生物型のみではなく、繁殖もしないという。
「それどころか内臓もろくにない。栄養摂取は専門の設備につないで受ける。自分でできるのは老廃物の排泄だけじゃな。ダメージに強く、回復力はあるが遠征むきではない。こないだ見た涼陰津のガーディアンが近いのう」
じゃあ、魔獣ってなんだ。彼らは首をかしげた。
何より問題は、魔獣の縄張りは危険すぎるので魔獣駆除のハンターたちはその深いところまでは決して足を踏み入れないということだった。
迷宮の魔女 @HighTaka
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